第96話 コカトリスの美味しい倒し方
「【ウィンドカッター】!」
ラクトが放った魔法を、鶏っぽい魔物が軽やかに躱す。
「また外した! 他の魔法を使えれば一撃なのに!」
「やるなよ? そんな事をしたら跡形もなく吹っ飛んでしまうからな」
イライラが限界に達して、高威力の魔法を放ちかねないラクトに、エストが制止の言葉を掛ける。
「わかってるよ!」
帰ってきた答えは、今にもやらかしそうな、切羽詰まったものだったが。
「・・・・・・やれやれ」
溜息を吐きながら、ラクトの魔法を躱した鶏っぽい魔物の姿を追っていると、そいつは自分に飛び掛かってきた。それを予想していたエストは、動きを見極めて右手に握った剣を鋭く振るう。
「クケェ・・・・・・」
その斬撃は鶏――コカトリスの首に見事に命中。コカトリスは鶏っぽい悲鳴(?)を上げて頭と胴体が泣き別れになった。
普通はその時点で終わりだが、コカトリスは違う。一見すると鶏が大きくなったような姿だが、その尾は蛇になっていて、鶏の頭を失っても行動する事が可能なのだ。
それを知っているエストの剣が、鶏の頭を失ったコカトリスに再度振るわれる。地面に落ちるまでの間に二度の斬撃を受けたコカトリスは、頭と尾を切り離されて、ただのデカい鶏に成り下がった。
「・・・・・・ふう。胴体を傷つけずに倒すのは、中々に骨が折れるな」
魔物特有の生命力で、切り離された後も動き続ける尾を、手にした剣で串刺しにして止めを刺す。それで漸く落ち着いたエストは、周囲に動くモノがいない事を確認し、溜息を吐いて独り言ちた。
冒険者ギルドを後にした一行は、最初の標的をコカトリスに定めた。
彼等の拠点である魔法学院から、徒歩で二日と近い場所に、コカトリスが棲息する森がある。そこでコカトリスが異常繁殖しているという話を、ギルドマスターから聞かされたからだ。
魔物としてのランクはDと、カズキは勿論、その他のメンバーにとっても大した脅威にはならないが、それが群れているとなれば話は別である。
その鋭い嘴には石化の能力を備えており、尾は猛毒を持つ蛇。それが集団で襲い掛かってきた場合に対処できる者はそう多くない。範囲攻撃が可能な、実力のある魔法使いを擁する冒険者のパーティ。――ランク的にはBランク以上のパーティでなければ厳しいだろう。
そんな話をしたマスターの思惑と、カズキ達の望みが一致した結果が、今の状況である。余談だが、依頼が出る前に横からかっさらったので、報酬は出ない。単位は出るらしいが。
「さて、ここは片付いたな。次の場所へ移動しよう」
二十匹程いたコカトリスの胴体を避けるように包丁を突き刺し、ボタンを押して【コキュートス】のマジックアイテムで氷漬けにした後、カズキ謹製の【次元倉庫】に放り込む。
結局一匹も倒せずに不貞腐れているラクトと分担し、頭と尾を焼却処分した二人は、森の奥へと歩を進めた。
パーティを四つに分けて、それぞれ東西南北から森へと侵入。最終的に森の中央で合流する予定になっているからだ。
「【ウィンドカッター】!」
途中で遭遇するコカトリスを(エストが)倒しつつ、森の中央部を目指す二人の耳に、まだ年若い少年の声が響いた。
史上二番目のスピードでBランクへ昇格した、『聖女』エルザと『大賢者』カズキの弟、カリムである。
「そうそう、魔法を当てるのが難しかったら、相手の動きを止めればいいの。気持ちはわかるけど、カズキの真似をするのはもう少し後になさい?」
「わかった!」
カリムにアドバイスをした女性は、そう言いながら、自分に向かってきたコカトリスに同じ魔法を放った。
発生した二つの真空の刃により、同時に首と尾を切り離されるコカトリス。それだけでも相当の使い手だとわかるが、コカトリスを襲った悲劇はそれで終わりではなかった。
頭と尾を切り離された次の瞬間に冷気が吹き荒れ、一瞬にして氷漬けになっていたのだ。
「・・・・・・まあ、及第点かしらね。頭と尾を飛ばすのと同時に冷凍するのが理想なんだけど。やっぱり、カズキのようには上手くいかないわね」
「あれで納得しないんだ・・・・・」
一部始終を見ていたラクトが、呆れとも感心ともつかない声で呟く。彼の目には、全く同時に起きたようにしか見えなかったからだ。
「カズキと比べるとどうしてもね。いくらあの子が天才・・・・・・というか変態? だからって、同じ人間なんだから、私に出来てもおかしくないはずでしょ?」
ラクトの呟きに答えたのは、現ランスリード国王、セバスチャンの妃にして、女性初のSランク冒険者、ソフィアその人であった。控えめに言っても、超大物である。
そんなソフィアがコカトリス
魔物を
「とても同じ人間だとは思えませんが、まぁ気持ちはわかります」
ソフィアの言葉に同意したのはエストだった。
何故、彼等がこんな会話をしているのかと言えば、コカトリスは仕留め方次第で、味が変わってくるという特殊な魔物だからである。
理由は定かではないが、頭と尾を切り離すタイミングが短ければ短い程美味しくなると、初代勇者の残した書物には記されていたのだ。内臓を傷つけると、毒まみれになって食べられなくなるという厄介な事実と共に。
問題は、これを読んだカズキが、次に起こした行動にあった。
「ふーん。じゃあいっちょ試してみるか」
そう言ったカズキが、森の外延部にまで溢れかえって群れを成していたコカトリスの、一番手前にいた二匹に向かって無造作に近づく。かと思えば、すぐに戻ってきた。
「さて、試してみるか。あ、こっちが同時に切り飛ばしたやつで、こっちが時間差をつけたほうな」
「わかりました」
「「「「「「・・・・・・」」」」」」」
いつの間にか手にしていた二匹のコカトリス(処理済み)の一匹を、フローネが受け取って塩を振る。カズキも同様に、もう一匹のほうに塩を振った。
他のメンバーは、その様子を黙って見ているだけである。今の一瞬に、何が起こったのかわからなかったからだ。――フローネもそうだったが、処理済みの丸鶏を見た瞬間に、反射的に動き出していた。食欲が驚きを上回った瞬間である。
「・・・・・・今の一瞬で、二匹のコカトリスを仕留めた、のか?」
呆然としていたコエンが、ポツリと呟く。
「恐らくは。・・・・・・エストは見えましたか?」
「全く見えなかった。剣を抜いた気配すら感じられなかった」
「やはりそうですか」
コエンに答えたマイネが、エストに確認を取る。カズキを除けば、彼らの中で一番剣の腕が立つのがエストだからだ。
「なぁ、ラクトにーちゃん、コエンにーちゃん。今、にーちゃん魔法使った・・・・・・よな?」
「多分な。コカトリスの胴体に生えていた羽を処理するのに使ったのだと思う」
「僕もそう思う。本当に一瞬だったから、確証はなかったけど」
「「それな!」」
三人の意見が一致したところで、ソフィアへと視線を向ける。答え合わせの為だ。
「三人共、良く気付いたわね。今使った魔法は二つよ。羽と内臓を火で燃やして、その匂いを風で浄化したわ」
「「「二つも!」」」
「気付いただけでも上出来よ」
と、それぞれがカズキの動きを分析していると、脂の焼ける香ばしい香りが漂い始めた。
「ミャー」
「ニャー」
「ニャッ」
それに反応した猫の親子が、待ちきれないといった様子で、フローネの焼いているコカトリスの前に陣取り、盛んに鳴き始めた。
「おー、どうやら本当に味が変わるみたいだな。こっちのコカトリスには目にもくれないぞ」
「本当ですね! とっても美味しそうです」
フローネが相槌を打つが、その視線は目の前のコカトリスから離れない。
「本当はじっくり焼きたかったが、仕方ないか」
その様子に苦笑したカズキが、自分が焼いているコカトリスを魔法で一気に温めると、一人と三匹の視線が移動した。目の前のコカトリスも気になるが、カズキが焼いている方からも、美味しそうな匂いが漂ってきたからだ。
「こっちを先に味見しよう。美味しいものを先に食べると、こっちが無駄になりそうだからな」
そう言いながら、魔法で切り分けるカズキ。猫達の分は、食べやすいように魔法を使って温度を下げた。
「ミャー!」
そこに真っ先に飛びついたのは、フローネの相棒、クレア。それと同時に、フローネも切り分けられたコカトリスに手を付けた。
「美味しいです!」
「フニャー!」
一人と一匹は、そのまま脇目も振らずにがっつき始めた。
それを見越していたカズキは、予め取り分けておいた分を他のメンバーとナンシー、エリーに手渡し、自分も口に入れた。
「うん、普通に美味いな。高級な鶏肉って感じだ」
一口食べたカズキが、フローネが食欲に負けて放置した、もう一つの方にも魔法を掛ける。余った分は、物足りなそうなフローネとクレアが仲良く分け合った。
「さて、本命だ」
先程と同じようにしてコカトリスの調理を完了させると、待ってましたと言わんばかりに、フローネとクレアが詰め寄ってくる。一人と一匹で四分の三以上を食べた筈だが、まだまだ物足りないらしかった。
「ほい、熱いから気をつけてな」
そんな滾っているフローネとクレアに、本命のコカトリスを手渡すと、二人同時にかぶりつく。
「「!」」
反応は劇的だった。一口食べた後は、二人共一心不乱になったのだ。
「これは期待がもてそうだ」
二人の様子を見ていた他の者も、似たような反応を示した。一口食べるなり、皆、無言になったのだ。
「お、さっきよりも全然美味い。ロック鳥並だ」
カズキも一口食べて笑顔になる。そして、あっという間に完食して、物足りなそうな例の二人に、再び残りを手渡した。
「さて、検証再開だ。魔法で倒した場合と、時間経過による味の変化も調べないとな」
結論として、同時に首と尾を切り落とし、瞬時に冷凍すれば味が落ちない事実が判明した。
ただ倒すだけなら簡単な筈のコカトリス調達ミッションが、Sランク冒険者でも苦戦する、超高難易度のミッションへと、変貌した瞬間である。
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