第86話 カズキ、村の柵を補強する
神話級魔法【トール】でゴブリンを一掃したカズキは、襲撃の所為か人気のない村の中央にある広場へ降り立ち、馬に水と新鮮な野菜を与えてから、村の入り口を目指して歩き始めた。
「にーちゃん!」
村の入り口が見えてきたところで、カズキに気付いた少年が、名前を呼びながら走り寄って来た。
この世界に来てから出来たカズキの弟で、名前をカリムと言う。
ついでに言えば、村の入り口付近で、魔法を使ってゴブリンを蹂躙したのも彼である。
「怪我はないか? カリム」
「大丈夫!」
「それは何よりだ。・・・・・・上から見ていたが、剣も魔法も、見違える程に上達してるな」
「ホント!?」
「ああ。良くやったな、カリム」
「みゃー」
そう言って、カズキとナンシーはカリムの頭を撫でた。
「うん!」
カズキ(とナンシー)に褒められて、カリムが誇らしげな顔をする。
「カズキ殿!」
血と、肉の焦げた臭いの漂う殺伐とした場で、ほのぼのとした兄弟の交流をしていると、カズキの名前を呼びながら二人(と一匹)に近付いてくる男がいた。
ランスリード第一騎士団所属の騎士隊長、名をウェインと言う。
「ワイバーン調達の時以来ですね、ウェインさん。ご無事で何よりです」
「それもこれも、カリム君とカズキ殿のお陰です。本当に、有難う御座いました。・・・・・・とはいえ、まだ終わったわけではないのですが」
穏やかな表情をしていたウェインが、一転して深刻な表情になった。
「ゴブリンはあれだけではないという事ですか?」
「仰る通りです。そもそも、我々がこの村に来た理由は、この辺りで目撃情報があった、ゴブリンキングの討伐が目的でした。尤も、この村を拠点にして周囲の捜索にかかろうとした矢先に、襲撃を受けてしまいましたが」
ゴブリンキングとは、ゴブリンの上位種の中でも上から二番目(一番はエンペラー)の強さを誇る猛者である。
数百~数千の群れを率いる事が出来る存在で、冒険者ギルドでの格付けでは、単体ではBランク。群れを率いている時はAランク相当に分類される事が多い。
ちなみに、Bランクの魔物と一対一で戦って勝つことが出来れば、Aランク相当の実力があると評価される。
以前、故郷でカリムと一緒にゴブリン退治に行った時は、ゴブリンナイトとゴブリンソーサラー(共にDランク)がいたのだが、カズキには見分けが付かなかった。
カズキの実力からすれば、AランクでもDランクでも誤差の範囲に収まってしまうからである。
「襲撃にゴブリンキングとやらが参加していなかったという事ですか。ならば、一刻も早く、ゴブリンキングを討伐しないといけませんね」
「はい。・・・・・・そこで相談なのですが、キングの居場所を突き止めるのに、協力して頂けないでしょうか?」
ウェインが調査要員として雇っている冒険者も村の防衛に参加していたのだが、重傷を負っている為、暫くは動くことが出来ないという。
それなりに腕利きを雇っているのだが、カズキによって装備をオリハルコンに替えられた騎士団とは、怪我の程度が違ったらしい。
「それは勿論構いませんが・・・・・・。条件が一つ」
「条件? それは一体・・・・・・」
カズキが引き受けてくれたことに安堵の表情を浮かべたウェインだったが、続く条件という言葉に困惑させられる。
ワイバーンの肉を無償で提供してくれる程の度量の広さを持つカズキが、条件を出してくるとは思いもしなかったからだ。
「簡単な事です。ウェインさんは、休まずにこのまま周囲の探索に出るつもりだったでしょう? 気持ちは分かりますが、休憩をとって下さい。疲れを引き摺ったままでは、いざという時に思わぬ不覚を取るかもしれませんよ?」
「・・・・・・わかりました」
考えている事を見抜かれたウェインは、素直に休息をとる事を決めた。
訓練や任務などで徹夜になる事も珍しくはないが、今回のように一昼夜戦い続けた事は無い。
その責任感の強さから気力だけでここまで踏ん張っていたが、カズキにはお見通しだったようだ。
「・・・・・・後はお願いします」
眠っている間の事は心配しないでくれという、カズキの心強い言葉に甘える事にしたウェインは、部下が村の中央にある広場に設置してくれた天幕に入って横になると、物の数秒で意識を手放した。
ウェインが休んだのを確認して、カズキとカリム、ナンシーは、住人や冒険者の様子を見ようと、村の中を歩き始めた。
「死者は出てないが怪我人が多数。村の被害は少ないが、外にあった畑はゴブリンに荒らされて全滅か。そんなに裕福な村じゃなさそうだし、ゴブリンのせいで森に獲物がいない。・・・・・・あれ? この村詰んでね?」
冬を越すどころか、明日食べる食料さえも怪しそうだった。
「・・・・・・どーすんの? にーちゃん」
同じ結論に至ったのか、カリムがそんな事を聞いてくる。
「うーん、村をどうするかはジュリアンに任せて、俺達は目先の事を優先しよう。まずは壊れた柵の修復と、食い物の用意だ」
「わかった!」
「みゃー!」
カリムとナンシーは元気よく返事をすると、【次元ハウス+ニャン】の中へと姿を消す。
猫達に好きな食事を提供する為に、様々な食材がストックされているからだ。
「さて・・・・・・」
食事の用意を二人に任せる事にしたカズキは、その場に膝を着いて、とある魔法を使った。
空腹を覚えたウェインが目を覚ますと、天幕の外が何やら騒がしかった。
「・・・・・・何事だ?」
とは言っても、ゴブリンによる再度の襲撃があったという感じではない。むしろ、王都で催される祭りの最中のような賑やかさだった。
疲れと空腹でボーっとする頭では、何が起こっているのか想像もつかない。それでも状況を確認しようと、騎士隊長になってからの習慣からか、無意識に身支度を整え、天幕の外に出た。
「あっ! たいちょーさんが起きた!」
まず最初に聞こえてきたのは、若年ながらも高度な魔法を操る、カリムという少年の元気な声。
次いで気になったのは、どこからか漂ってくる、食欲を刺激する良い匂い。
「おはようございます、隊長」
天幕から出て来たウェインに気付いたのか、副隊長が近づいてくる。
「おはよう。・・・・・・早速だが、状況を教えてくれないか? 私はどのくらい眠っていた?」
挨拶もそこそこに状況を確認しようとする隊長に、副隊長が苦笑を浮かべながらも答えた。
「隊長が眠っていたのは、およそ半日といった所です。まあ、我々が起きたのも、つい先程の事ですがね」
「半日? 襲撃が終わってから、そんなに経っているのか・・・・・。その間に、ゴブリンの襲撃はなかったのだろうか?」
「そのような話は聞いていません。・・・・・・ですが仮にあったとしても、気付かないでしょうね。この状況では」
「どういう事だ?」
謎めいた言葉に首を傾げていると、副隊長が黙って遠くを指さした。
「・・・・・・あれは?」
それが何であるのか知っているウェインだったが、敢えてそう口にした。それ程信じられない物がそこにあったからだ。
「・・・・・・見ての通り、城壁です。襲撃で壊れてしまった木の柵の代わりにと、カズキ殿が一瞬で作り上げたそうです」
副隊長の言葉に、ウェインの顔から表情が抜け落ちた。
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