第85話 弟とゴブリン退治 その二

 冒険者ギルドで依頼を受けたカズキ、カリム、ナンシーの一行は、ゴブリンの脅威に晒されている村へと急行すべく、道なき道(空)を馬に乗って突き進んでいた。

 以前、隣国であるザイム王国との国境沿いの村に里帰りした際、王都への帰路で使った方法である。

 カリムが元々ギルドで受けようと思っていた依頼は、王都近郊の森に出没するゴブリン退治だったが、そこでカズキの学生証を見た受付嬢から、相談があると言われた。

 その内容は、王都から馬車で三日の距離にある人口百人程の村が、ゴブリンの大群に襲われているというもの。

 近隣の村や町からも応援が出ているが、予想以上にゴブリンの数が多い上に、上位種の存在が確認された事で、高ランクの冒険者の派遣を要請されたという。

 王都の本部からもBランクのパーティを三組派遣したが、距離がネック(森や山を迂回しなければならない)となり、どんなに急いで馬を飛ばしても、到着するのに後一日は掛かるという話だった。

 直線距離なら大した事が無いと聞いたカズキは、どうせゴブリン退治だし、と軽い気持ちで引き受けて、現在の状況に至っている。


「にーちゃん!」


 馬に【フィジカルエンチャント】を掛け、空を移動するという方法をとった為、二時間という短時間で村へ到着したカズキ達の目に、今まさに襲撃を受けている村の様子が映った。

 周囲を木の柵で囲んでいるお陰で辛うじてゴブリンの侵入は防げているが、それも時間の問題に思える。

 昼夜を問わぬ襲撃を受けたのか、防御側の疲労が限界に近いのが、遠目で見ても明らかだったからだ。


「なんとか間に合ったか。うん? あの人は確か・・・・・・」


 村の入り口付近に見覚えのある顔とオリハルコン製の装備を見て、カズキが声を上げる。

 そこにいたのは、以前ワイバーン退治の際に出会った、第一騎士団で小隊を率いていた騎士隊長だった。

 更に周囲を見回すと、同じような装備に身を包んだ、彼の部下たちの姿もある。


「成程。彼が防衛の指揮を取っていたのか」


 受付嬢に村との連絡が付かないと聞いていたカズキは、既に村が壊滅している可能性も考えていた。

 その時は疑問に思わなかったが、人口百人程の小さな村に、冒険者ギルドがある筈もない。

 恐らくは、彼が次元ポストを使って、ギルドに依頼を出したのだろう。

 現在、ランスリードの騎士団は、邪神の影響で狂暴化した魔物を退治するために、あちこちに分散して派遣されている。

 当然人手が足りないので、冒険者を雇う事も隊長クラスの裁量として認められていた。

 連絡が付かなくなったのは、単純にその時間が取れなくなる状況に追い込まれたという事だ。


「カリム、お前は騎士たちの援護を頼む。俺は村の周囲を囲んでいるゴブリンを倒してくるから」

「わかった!」


 返事をするなり、馬から飛び降りるカリム。まだ地上まで五十メートルはあるのに全く躊躇わなかったのは、カズキを信じているからだろう。


「【トルネード】!」


 カズキの魔法により無事に地上へと降り立ったカリムは、間髪入れずに魔法を唱え、騎士たちに殺到しているゴブリンを血祭りに上げた。

 カズキと初めてのゴブリン退治に行った時とは、段違いの威力と精度を発揮した魔法は、一撃で五十匹以上のゴブリンを葬り去る。

 驚きと恐怖で動きが止まった後続のゴブリンに、騎士たちが気力を振り絞って突撃した。カリムもそれに続き、剣と魔法で援護しながらゴブリンたちを殲滅する。

 そして数分後、カリムは疲労困憊の騎士たちに休息を与える事に成功した。


「・・・・・・有難う、助かったよ」


 緊張の糸が切れて、その場にへたり込む騎士たちの中、隊長だけはカリムに歩み寄り、感謝の意を伝える。


「気にするな! 困ったときはお互い様だって、にーちゃん言ってたから!」


 村の外周にいるゴブリンを警戒しながら、カリムはそれに応じる。


「それでも礼を言わせてくれ。君の到着があと少し遅かったら、全滅していたのは間違いなかったのだから」

「それならにーちゃんに礼を言ったほうがいいな! もう少ししたら、ここに来る筈だから!」

「そうか。ならば周囲のゴブリンを片付けた後に・・・・・・」


 騎士隊長がその先の言葉を口にする直前に、何の前触れもなく、天から断続的に稲妻が落ちてきた。


「「「何事だ!」」」


 咄嗟に立ち上がって警戒する騎士たちが頭上を見上げると、村の上空に巨大な光球が発生していた。そして、更によく見てみると、その傍らに馬に乗った人影がある。


「馬が空を飛んでいる・・・・・・?」


 誰かが呆けた声でそんな事を呟く。

 そんな周囲の様子を一顧だにせず、馬に乗った人影が合図を送ると、光球から再び稲妻が発生し、村の周囲のゴブリンに降り注いだ。

 断末魔の悲鳴があちこちから上がり、それが収まると、肉の焦げた匂いが風に乗って運ばれてくる。


「「「「・・・・・・」」」」


 余りの事態に、呆然とするしかない騎士たち。


「・・・・・・もしかして、君のお兄さんというのは」


 そんな中、一番最初に我に返った騎士隊長が、カリムに確認を取ろうと口を開いた。

 村の周囲を取り囲んでいた、千にも届こうかという数のゴブリンを、一瞬で壊滅させる程の魔法の使い手。

 そんな事が出来るのは、恐らくこの世界で唯一人だけ。


「カズキにーちゃん!」


 隊長の予想通り、誇らしげな少年が告げたのは、『大賢者』と呼ばれる男の名前だった。

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