第87話 再襲撃?

 カズキの造った城壁は、村の中央にある広場を中心に、半径二キロメートルに渡って円を描くように聳え立っていた。

 ゴブリンの襲撃によって踏み荒らされた、村の周囲の畑も城壁の内側に取り込む念の入れようである。

 どう考えても、木の柵を補強したとかいうレベルの話ではない。それどころか、王都を取り囲んでいる城壁よりも堅牢そうに見えた。


「たいちょーさん!」


 表情の抜け落ちた顔で城壁を見回しているウェインの元に、カリムがトレーを持ってきた。

 その上には、大皿にたっぷりと注がれたスープと、柔らかそうなパン、山盛りになった唐揚げと、止めに分厚いステーキが載っている。

 カリムに呼びかけられたのと、何よりも食欲を刺激する匂いに、ウェインは我に返った。


「腹減ってるだろ!? いっぱいあるから、遠慮なく食ってくれ!」

「・・・・・・ありがとう、カリム君」

「足りなかったら、おかわりもあるからな!」


 礼を言って受け取ったウェインに、カリムはそう返事をして立ち去った。


「・・・・・・これは、ワイバーンの肉か?」


 一口食べると止まらなくなり、気付けば一心不乱に食べていたウェインが、最後に残ったステーキを食べ終えたところで我に返った。


「まとまった肉が、ワイバーンとロック鳥だけしかなかったそうですよ?」


 ウェインが食べている間に、二人分のおかわりを貰いにいっていた副隊長が帰って来た。


「ロック鳥? この唐揚げか? というか、ロック鳥って食べれたんだな・・・・・・」


 副隊長におかわりを渡され、礼を言った後に、唐揚げを一つ摘み上げるウェイン。


「私も初めて知りましたが、癖になる味ですよね」

「そうだな。ワイバーンに勝るとも劣らない味だ」


 そんな話をしながら、衰えない食欲でおかわりもペロリと平らげる二人。

 空腹が満たされ、ようやく人心地ついた二人の元に、カズキがナンシーを連れてやって来た。


「これはカズキ殿。危ない所を救ってもらったばかりか、貴重なワイバーンとロック鳥まで提供して下さった事、誠に感謝しております」


 そう言って頭を下げるウェインと副隊長。


「そこまで大層な事をしたわけではないので、気にしないで下さい。それよりも、ウェインさん達が休んでいた間の事を報告したいのですが」

「・・・・・・お願いします」


 邪神を倒すような英雄にとって、ワイバーンやロック鳥の調達など、大した事がないのだと理解したウェインは、カズキの言葉に当初の目的を思い出した。


「とはいってもゴブリンの再襲撃は無かったので、壊れてしまった木の柵の代わりに、魔法で創り出した壁を設置した位ですね。まあ今後の事を考えて、範囲を広げる事はしましたが」

「今後の事ですか?」


 全長十二キロメートルにも及ぶ城壁を見て、多少という言葉の定義が自分のような凡人と、英雄であるカズキでは違うのだろうと、ウェインと副隊長は納得する事にした。そうしないと、話が進まない気がしたからだ。


「ええ。ゴブリンキングを捜索している間に、すれ違いで襲われても防壁があれば持ち堪える事が出来るでしょう? それに、各地を転戦している騎士団にも、安心して休める場所があった方が、色々と助かるかなと思ったので」


 移動が多い彼らが安心して休息を取ろうと思ったら、王都やリーザのように人口が多い場所しかない。

 そういう街には騎士団が駐屯している上に、周囲を防壁で囲まれているからだ。

 逆に、今回のような小さな村などに立ち寄った場合は、彼ら自身が村の防衛に回る事になる。当然、完全な休息などは望めない。だが、そこに強固な防壁があれば?


「成程・・・・・・。確かにそれは助かります。この規模の防壁があれば、近隣の町や村に何かあった時の避難先としても使えますし」

「そう言って貰えるなら、造った甲斐があります。とはいえ、応急的に造った上に素人が考えた物なので、色々と不備があるかもしれません。良ければ実際に見て貰って、アドバイスを頂きたいのです」

「「私どもで良ければ喜んで」」


 カズキの要請に応えて、ウェインと副隊長は村の入り口側の防壁を目指して歩き始めた。




 カズキが素人考えで造ったという防壁は、高さ三十メートル、幅二十メートルという、途方もない規模の物だった。

 防壁の内部には、詰所として使う為なのか、広めの空間が確保してある。そこに備え付けてある階段を上ると、防壁の頂上に出られるようになっていた。

 ウェインたちの想像の、遥か斜め上を行く出来栄えである。


「ああ、表面上は石造りに見えますが、実際は総オリハルコン製になっています。脆い防壁なんて、意味がないですからね」


 それって難攻不落というのでは? と顔に書いてあるウェインと副隊長に気付かず、カズキは防壁(村壁?)の頂上へと続く階段を上っていく。そこにはカズキと同じ黒髪の少年がいて、金属製の杖を弄っていた。


「カリム、ゴブリンの様子はどうだ?」


 カズキが声を掛けると、少年カリムが振り向いた。姿が見えないと思っていたら、こちらに来ていたらしい。


「今の所は、二十~三十匹位の群れが数十分毎に様子を見に来る感じかな。近寄って来ないから、にーちゃんの言いつけ通り、片っ端からコレで燃やしてるところ」


 カリムはそう言って、金属製の杖を示した。カズキが創ったマジックアイテムで、【レーヴァテイン】が込められた代物である。


「そうか。・・・・・・ゴブリンはどっちから来たかわかるか?」

「正面にある森から来てるみたい。あっ、また来た!」


 そう言って、カリムが杖の側面にあるボタンを押す。すると、剣の形をした炎が現れ、ゴブリンに向かって高速で飛んで行き、見事に命中。哀れなゴブリンたちは、超高熱の炎に焼き尽くされ、跡形もなくなってしまった。


「・・・・・・再襲撃は無かったって、カズキ殿は言ってませんでしたっけ?」

「・・・・・・襲われる前に殲滅しているから、襲撃とは思っていないんじゃないか?」


 副隊長の言葉に、ウェインが答える。今日一日だけで、カズキに対する理解が深まった気がした二人だった。

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