第78話 クリスの剣、完成

 トーナメントも終わり、いつもの日常が戻って来たカズキは、ソフィアに呼ばれて、王宮の彼女の私室でお茶をしていた。

 彼のパーティメンバーである、ラクト、マイネ、フローネの三人は、基礎体力向上の為に、カズキの弟であるカリムと共に、騎士団の訓練に参加している。

 トーナメント終了後にジュリアンに呼び出された、コエン・ザイムやエストも一緒だった。

 邪神が討伐された今、各国は勇者に対する攻勢を強めようとしている。だが、Aランクの魔物相当の強さを持つ勇者を退治するのに、少なくない数の犠牲者が出るのが現状だった。

 その状況を率直に二人に伝え、勇者を倒せる力を身に着けることを、ジュリアンは要請したのである。

 二人はそれに応え、その結果、カズキのパーティメンバーに加わる事になった。間近でカズキを見る事で、得られる物が多いと思ったのがその理由である。


「カズキッ!」


 久しぶりに会う、王宮の猫達との時間。どこを見ても、視界に猫がいる至福のひと時を、その大声と共に勢いよく開けられた扉の音がぶち壊した。


「ニャー!」

「フシャー!」

「ニャッ!?」


 突然の大声に驚いた猫達を、ソフィアとカズキが宥める。お陰で猫達は落ち着きを取り戻したが、元凶となった人物はその事に気付いていなかった。


「聞いてくれよ! ついに新しい・・・・・・」


 またも大声を出したその男は、自分に向けられた強烈な二つの殺気を感じて、その先を言う事が出来なかった。


「・・・・・・申し訳ありませんでした」


 部屋を見回して、殺気を向けられた理由を一瞬で理解した男は、即座に行動に移った。

 綺麗なフォームで床に膝と両手を付き、そのまま勢いよく頭を下げる。その際、ゴンッ! という鈍い音がしたが、気に留める者はいない。

 これこそ全面降伏の証。即ち土下座である。


「あらあら、クリス君の土下座って、国王様にそっくりなのね」


 そう言って拍手したのは、カズキの母親にして、ソフィアの姉、リディアだった。

 そして土下座しているのは、この国の第二王子にして、世界最強の剣士、『剣帝』クリストファーその人である。

 とはいえ、今の彼の姿は、『剣帝』というイメージから人々が想像する姿とは余りにもかけ離れた、情けない有様だったが。


「・・・・・・それで? さっきは何を言いかけたんだ?」


 カズキがそう声を掛けたのは、猫達が落ち着いて、暫く経ってからの事だった。

 その間、ずっと土下座をし続けていたクリスは、その言葉に恐る恐る顔を上げ、カズキとソフィア、そして猫達の顔色を窺ってから、漸くその言葉を口にした。


「・・・・・・実は、つい先ほど、注文していた剣が完成したとの連絡を受けまして」


 その言葉に、当初の勢いはなかった。あるのは、目上の人物に対する畏れの感情である。


「ふーん、それで?」


 カズキの返事は素っ気ないものだった。それでもクリスはめげない。


「連絡を受けた私は、早速その剣を引き取って参ったのです」

「ふーん」


 やはりカズキは興味なさそうだった。ついでに言えば、ソフィアとリディアも同様の表情をしている。


「そこで、かねてからの約束通り、この剣を『魔剣』にして貰いたいと思い、参上した次第でございます」


 そう言って、クリスはカズキに完成したばかりの剣を、鞘に収めたまま両手で国王に捧げるかのように手渡した。


「・・・・・・成程」


 受け取ったカズキが納得の表情を浮かべる。クリスは鞘や柄に施されている見事な装飾にも触れてほしそうな顔をしていたが、カズキは一切感心を向けなかった。


「ねえカズキ。私にはクリスが今まで使ってきた剣と余り変わらないような気がするのだけど、何か違いがあるの?」


 受け取っただけで何かに納得した様子のカズキに、ソフィアが疑問の声を上げる。

 クリスの愛用する剣は、片手でも両手でも使える、所謂バスタードソードと呼ばれている物で、彼は自分のコレクションの中から、気分によってその日に携える剣を変えていた。

 見る人が見れば違いがわかるのだろうが、ソフィアは剣に興味がないために、説明されてもよくわかっていなかったのである。


「はい。簡単にいうと、この剣は『魔剣』にする事を前提に作られています。ダマスカス鋼を魔剣にするとアダマンタイトになりますが、その際、重量が半分近くになってしまいますよね?」

「ええ、それは知っているわ。でも、剣は軽いほうがいいんじゃないの? マイネさんやエスト君も、装備を魔剣にして貰って喜んでいたし、私も昔は苦労したわ」


 ソフィアの言う通り、武器に限らず、装備は軽いほうが大半の人間には喜ばれる。特に冒険者は徒歩での移動が多いため、あの手この手で軽量化を図る。魔法学院で次元ポストを狙う生徒が多いのは、そういう理由もあるのだ。


「ええ、普通はそうなのですが、こいつは違うんでしょうね。恐らくですが、こいつの力を十全に発揮するには、軽すぎる剣でも駄目なんでしょう」


 そう言いながら、カズキはクリスに剣を返した。ナンシーが膝に乗りたそうな顔で、カズキを見上げていたからである。


「ミャー♡」


 膝に飛び乗って来たナンシーを、カズキはゆっくりと撫でる。既に、クリスの頼み事は頭から抜け落ちていた。


「・・・・・・」


 こうなると梃子でも動かないのがカズキクオリティである。それを熟知しているクリスは、溜息をひとつ吐いて、空いている席に座る。

 満足したカズキがクリスの頼みを思い出したのは、それから二時間後のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る