第77話 トーナメント最終戦 フローネVSタゴサク

 試合を終え、人気のなくなった通路を歩いていると、不意にエストが立ち止まった。


「・・・・・・聞きたい事がある」


 その言葉に、少し先を歩いていたマイネも立ち止まる。彼女は、エストが抱いているであろう疑問に心当たりがあった。

 先程の戦いで、最後にお互いの突きが衝突した時、エストの剣は粉々になったが、マイネの剣には傷一つ付いていなかった。

 エストの疑問は、まず間違いなく、マイネの所持している剣についてだろう。

 優れた剣士であるエストが、より良い装備を欲するのは当然の話だからだ。――だが、マイネは間違っていた。


「マイネ、お前はカズキ・スワとパーティを組んでいるという話を聞いたのだが、間違いはないだろうか?」

「へっ? ええ、その通りですが・・・・・・」


 予想と全く違う話に、一瞬、間抜けな返事をしてしまったマイネ。どう説明しようかと考えていたので、肩透かしもいいところだった。


「そうか。ならば教えて欲しい。私と、カズキ・スワの間には、どれ程の力の差があるのかを・・・・・・」


 その真剣な表情から、エストはカズキに手加減されていた事に気付いているようだった。だが、その事を恨んでいる様子はない。実力を隠すのは、カズキに限らず、冒険者なら多かれ少なかれやっている事だからだ。

 マイネに疑問をぶつけたのは、実力が同等な彼女に話を聞けば、自分とカズキとの差を測れるからだろう。


「・・・・・・そうですね。難しい質問ですが、私から言える事は一つ。クリスさんがいなければ、カズキさんが『剣帝』と呼ばれていたのは間違いない、という事でしょうか」

「・・・・・・マジ?」

「マジです」


 マイネの言葉に、エストの目が点になる。それだけでは信じて貰えないと思ったのか、マイネはカズキと手合わせをした時の事を、具体的に話し始めた。


「あなたも気付いているとは思いますが、私の剣はミスリル製の、所謂『魔剣』と呼ばれる物です」


 エストは黙って頷く。


「このトーナメントに臨むに当たって、カズキさんに稽古をつけて貰ったのですが、その時に彼が使用した得物は、そこら辺に落ちていた木の枝でした。その上で目隠しをして、尚且つその場から一歩も動かないという条件で戦ったのに、まるで相手になりませんでした。渾身の力を込めた一撃は軽く受け止められ、木の枝には傷一つ付ける事も出来ず、逆にこの剣が半ばから切断されてしまいました。更には・・・・・・」


 話をするマイネの顔から、段々と表情が抜け落ちて行く。終いには、自分には剣の才能がないのだと、自虐的な事を言い始める始末であった。


「わかった! もういい!」


 マイネが地面にのの字を書き始めるに至って、ようやくエストはマイネを止めた。何故か、自分の事のように胸が痛くなってきたからだ。


「つまり、私の今の実力では、カズキ・スワとは、まともに剣も合わせられないという事か・・・・・・」


 マイネと互角の戦いを演じて、少しは自信を持てたと思った瞬間に、奈落の底に突き落とされた気分だった。

 カズキに関わった人間が、しばしば陥る症状である。


「・・・・・・ここにいたか」


 と、不意に声がして、その場にコエン・ザイムが現れた。彼は、何故通夜か葬式のような暗い雰囲気が漂っているのかと、不思議そうな顔をしながら二人に近寄ってくる。


「コエン? 私たちに用事ですか?」


 声を掛けられた事で正気に戻ったのか、マイネが応答した。


「ああ、学院長から頼まれてな。・・・・・・トーナメントが終わったら、学院長室まで来てくれ、との事だ」

「・・・・・・私もか?」

「そうだ。マイネと互角の戦いをした事を評価しているようだったな。まあ、詳しい話は直接学院長から聞いてくれ」


 エストに答えたコエンは、そう言ってその場を立ち去った。




「それでは、トーナメント最後の試合です! 一般参加から見事、ここまで勝ち上がってきた、勇・・・・・・じゃなかった、タゴサク選手!」


 紹介されて、タゴサクが闘技場の中央へと姿を現す。

 最終戦というだけあって、観客の盛り上がりは凄まじく、怒号のような歓声に、タゴサクはビビりながらの登場であった。


「クリスの奴、今勇者って言いかけたな」

「だね」


 カズキの言葉に、ラクトが相槌を打った。

 トーナメントは、既に魔法戦闘と武器戦闘の部は終了している。

 優勝したのはラクトとマイネ。コエンとエストをそれぞれが降した後は、彼等の相手になるような選手はおらず、圧倒的な力を見せつけて優勝した。


「対するは、今年入学したばかりで既にランキング二位! 一回戦から圧倒的な実力で何者も寄せ付けなかった神聖魔法の使い手! フローネ・ランスリード選手!」


 この国に、フローネを知らない者などいない。故に、彼女が登場した時の歓声は、タゴサクが登場した時の比ではなかった。


「神聖魔法? っちゅうことは、彼女が『聖女』だか? これだけ人気があるのは、それだけ人々から慕われているからに違いねえべ。力を示して、何としても仲間になって貰うだ」


 いつもの勘違いを発動したタゴサクが、ニコニコと観客の声援に答えているフローネに集中する。

 使命感からか、いつしか体の震えも止まっていた。


「よろしくお願いしますね? タゴサクさん」

「おっ、おう・・・・・・」


 不意に笑顔と共に言葉を掛けられて、どもりながら何とか返事をするタゴサク。その顔は赤くなっていた。


「『勇者』と『聖女』・・・・・・。世界を救った後に、結ばれてもおかしくない組み合わせだべ。これは、無様な所を見せられねえな!」


 欲望が、タゴサクの集中力を増大させる。その時、クリスが試合開始を告げた。


「【メガデイン】!」


 試合開始と同時に、タゴサクが呪文を唱える。最高に高まった集中力のお陰なのか、天に向かって掲げた剣に、今まで以上の大きさの雷が落ちてきた。

 タゴサクは今までと同様に、雷を纏う剣を逆手に持ち、腰だめに構える。

 そこまではこれまでと同じだったが、次の瞬間、タゴサクの体の表面を雷が迸っていた。


「出たぁー! タゴサク選手の必殺技、【メガスラッシュ】! だが、今までとは若干、様子が違うようです! 果たして、フローネ選手はこれを防げるのかぁ!」


 タゴサクは、自身に起こった変化を冷静に受け止めていた。


「解る。これが、本当の【メガスラッシュ】なんだ。そう、この技は・・・・・・」


 何故か標準語で話したタゴサクは、フローネを見据えて一歩を踏み出す。

 と、不意にタゴサクの姿が消えた。


「「「「「「えっ?」」」」」


 観客を置き去りにしたタゴサクの姿は、次の瞬間にはフローネの目の前にあった。

 そう、本当の【メガスラッシュ】は、雷を纏って上がった身体能力で高速移動を行い、その剣に宿った破壊力を、直接、相手に叩きこむ技だったのだ。


「行くぜ! 【メガスラッシュ】!」

「「「「「危ない!」」」」」


 フローネへと叩きこまれる一撃を見て、観客達から悲鳴が上がる。これから起こるであろう惨劇に、目を瞑ってしまう者もいた。だが・・・・・・


「【ホーリーシールド】」

「「「「「へっ?」」」」」


 タゴサクの放った必殺の一撃は、えらくあっさりと、フローネによって防がれていた。

 カズキやエルザといった、格上の相手と手合わせを行っているフローネにとって、タゴサクの動きは、見てから対処できる程度のスピードでしかなかったのだ。


「そんな馬鹿な・・・・・」


 呆然としているタゴサクに向けて、フローネのメイスが唸りを上げて襲い掛かる。

 それは、タゴサクの【メガスラッシュ】よりも、速く鋭い一撃。

 攻撃を受け止められ、体勢を崩したタゴサクになす術はない。フローネの攻撃をまともに喰らって、壁際まで吹っ飛んでしまった。


「あら?」


 予想以上の歯応えのなさに、フローネが疑問の声をあげた。様子見のつもりの一撃がまともに入った事に困惑して、罠の可能性を疑い、タゴサクに近付こうとする。

 そんなフローネを審判は制し、タゴサクの様子(生死)を確認しようと代わりに近付くと、彼はまだ息をしていた。


「お、おらの会心の一撃だったのに・・・・・・」


 そう呟いて意識を失ったタゴサクを見て、審判がフローネの勝利を告げた。

 

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