第79話 いざ、試し斬りの地へ

 王宮のソフィアの私室を辞したカズキは、クリスの願いを叶えるために、【次元ハウス+ニャン】へと場所を移した。


「なぁクリス」

「何だ?」

「どうしてこの剣は、普通のバスタードソードと見た目が変わらないのに、重量が倍もあるんだ?」


 いざ魔力を込めようという段になって、カズキは気になっていた事をクリスに尋ねた。


「俺も詳しくは知らないが、ドワーフの一部に、そういう魔法を使える人がいるらしい。今回発注した剣の代金の五割は、その人を雇うだけで吹っ飛んだ」


 ドワーフとは、人間よりも背が低く、頑強な肉体を持つ種族の事だ。

 彼等は皆、例外なく手先が器用で、その手から生み出される作品は、芸術的な価値が高い事で知られている。

 鍛冶も得意だが、気に入った者の為にしか鎚を振るわないという、頑固な一面もあった。

 クリスは懇意にしているドワーフ経由で、その魔法使いに依頼したらしい。

 腐っても『剣帝』と呼ばれているだけの事はある。普段はアレでも、ドワーフに認められるのは当然の話だった。


「面白い魔法だな。少し研究してみるか・・・・・・?」

「ん? 何か言ったか?」

「何も言ってないぞ」


 クリスが聞き咎めたら発狂しそうな事を呟いたカズキは、注意を逸らす為に、手にした剣に魔力を込める。

 圧縮されて重量が倍になっているからなのか、以前、クリスの剣を魔剣にした時よりも、消費する魔力が大きかった。・・・・・・とはいえ、カズキの持つ膨大な魔力からすれば、誤差の範囲に過ぎないのだが。


「・・・・・・出来たぞ」


 『魔剣』と化したそれを、クリスに手渡す。受け取ったクリスは、具合を確かめるように、剣を一振りした。


「・・・・・・素晴らしい」


 陶然とした顔で、そんな事を呟くクリス。その剣は、彼が思い描いていた、理想の剣そのものだった。





「あれが『時空の歪み』か?」


 クリスが、虚空に生じている直径十センチくらいの穴を見て、ナンシーを愛でているカズキに確認する。


「ああ」


 ナンシーを構うのに忙しいカズキの返事は素っ気なかったが、いつもの事なのでクリスは気にしない。


「なんか、殺風景な所ね? カズキが【次元ハウス+ニャン】を始めて使った時と、同じ印象を受けたわ」

「そうね。扉を境に、全く別の世界に来たように感じる所もそっくりだわ」


 エルザの言葉に、ソフィアが同意する。

 カズキ、クリス、ソフィアとエルザの四人は今、次元屋の地下にある、『時空の歪み』のある空間へと足を運んでいた。

 クリスが新しい剣の性能を試す為にカズキとの手合わせを望んだのだが、「用事があるから」という理由でカズキは断ろうとした。

 だが、カズキはそこで考えを改める。カズキの用事とは、在庫が少なくなってきたチOオちゅーるを調達する事だったのだが、それには一つ問題があった。

 この場所には何度も足を運んでいるのだが、チOオちゅーるを召喚しようと『時空の歪み』に魔力を込めると、その直前に、必ず魔界への門が開いてしまうのである。

 カズキはその度に出現する悪魔を退治しているのだが、余分な魔力を消費させられるお陰で、『時空の歪み』を訪れる頻度が多くなっている事が面倒だと思っていたのだ。

 そこで、新しい剣の試し切りという名目で、クリスを連れてきたのである。

 エルザとソフィアの二人は、単純に好奇心からの同行だった。

 本来ならば、『時空の歪み』のある場所への立ち入りは、次元屋の幹部か、冒険者ランクA以上の従業員だけなのだが、カズキは緊急依頼を受けた時の報酬として、自由に出入りする資格を貰っている。

 他のメンバーは全員がSランク以上という事で、特別にカズキに同行する許可を得ていた。


「ジュリアンに、悪魔には魔法が通用しないって聞いたのだけど、それは全ての悪魔に共通する事なの?」


 エリーを抱いたソフィアが、悪魔との戦闘経験が豊富なカズキに、疑問に思っていた事を尋ねた。


「どうでしょう? 現れる端からしていたので、そこら辺の確認はしていません。まあ、最初に現れた悪魔が一番弱かったので、魔法が効かないのを前提に動いていましたけど」 

「古代魔法文明を滅ぼしかけた悪魔を、『駆除』って・・・・・・」


 悪魔を『駆除』と表現したカズキに戦慄するソフィア。どうやら、カズキの中での悪魔は、台所に出没する黒い悪魔と同列の存在らしかった。


「確か悪魔は、時間を操る魔法を使うのよね? そうなると、私と叔母さんには何が起こっているのかわからなくなるわ。だからどうにかして頂戴」


 クレアを抱いたエルザが、物凄くふんわりとした表現で、カズキに無茶振りをする。

 エルザが付いてきた時点でそう言われる事がわかっていたカズキは、反論することなく素直に頷いた。


「わかった。二人には【フィジカルエンチャント】を掛けておくよ。そうすれば、時間を操られても、何が起こっているのかわかると思う」


 【フィジカルエンチャント】とは、カズキが創り出した古代魔法で、使の全身体能力を大幅に強化する魔法である。

 魔法の使用者の力量によって効果が大幅に変わる為、ソフィアやジュリアンが使用した場合と、カズキが使用した場合では、効果が天と地ほども違う。

 コエンとトーナメントで戦った際にラクトが使った、【フィジカルブースト=アジリティ】の元になった魔法で、古代魔法の場合は副作用が無い。ついでに言えば、他人に使う事も出来ない(筈だった)魔法である。


「・・・・・・そう、それなら大丈夫そうね。それじゃあ私たちは、離れた所から見物してるから」


 色々諦めた表情で、ソフィアはエルザを伴って門のある場所まで下がった。

 それを確認したカズキは、『時空の歪み』に向き直る。


「準備はいいか?」


 必要無いとは思ったが、一応クリスに声を掛ける。


「おう。さっさと始めてくれ」


 果たしてクリスは、準備万端整っているようだった。とは言っても、クリスが持っているのは剣が一本だけなので、準備も何もないのだが。


「じゃあ行くぞ? 気が済むまでやってくれ」


 そう言って、カズキが『時空の歪み』に魔力を込める。

 そこから現れた存在と、クリスの戦い試し斬りが幕を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る