第12話 カズキ、学院へ
学院に入る日がやって来た。
結局、寮の下見はしないままである。
学院での一件の後、本当にパーティが開かれ、セバスチャンが土下座した。
秘蔵の酒を護る為である。
その翌日から、カズキはマジックアイテムの制作を始めた。
学院に入ると、城にはたまにしか帰ってこられない。
エリーを始めとする猫達や、世話をするソフィアや使用人の為に、恩返しと実験を兼ねて、カズキが使っていた魔法をアイテムにすることにしたのだ。
以下、その一覧である。
『 魔法名 効果
ニャンコのかつお節 かつお節を削る
ニャンコの美味しい水 猫の為に美味しい水を作り出す
ニャンコのおもちゃ 運動不足やストレス解消のおもちゃを作り出す
ニャンコのブラシ ブラッシングすると猫がリラックスする
嫌がる子も安心して身を委ねる
ニャンコの清潔トイレ 用を足した後の臭いを消臭する
猫砂を浄化する 交換不要
ニャンコの抜け毛掃除 あらゆる所に付着した猫の毛を取り除く
ニャンコ探知 猫のいる場所を知る 』
以上が、カズキが創り出したアイテムである。
古代魔法を覚えたカズキが真っ先にした事が、これらの魔法を作る事だった。
神話級と呼ばれる魔法の改良などは、大分後になってからの事だ。
これらの魔法の開発と食器の魔剣化によって、使用人の心を掴んだのである。
そして、皆が猫を愛でる時間が増えた。
そんなカズキが学院に入学する事が決まった時、使用人達の落胆は大きかった。
だが、これもカズキの為だと思い、半ば諦めていたのだ。
そんな時に、このサプライズである。
彼らは感動した。カズキはここまで考えていてくれたのだと。
ならば、自分達もなにかお返ししなければ。
そして、カズキが旅立つ(徒歩一時間の学院へ)朝。
王城の正門前の広場に、カズキとフローネ(とナンシー)の姿があった。
二人の前には二頭立ての豪華な馬車がある。
周囲を見渡すと、城で働く使用人が全員集まっていた。
誰かが声を掛けたわけではない。
皆が自主的に集まったのだ。
「カズキ様」
使用人を代表して、一人の若い女性が進み出てきた。
年は20代半ばで、ソフィア付きのメイドをやっている。
カズキが最もお世話になった女性だ。
「お体にお気を付けて」
「あ、ありがとうございます」
カズキは、何故使用人が全員いるのか分からなかった。
その為、若干ビビりながら返事をする。
「これは、使用人一同より感謝を込めて用意させて頂きました」
そう言って手渡されたのは、手触りの良いフカフカのクッション。
カズキが一番喜ぶのは、ナンシーの為に何かをする事だと皆が知っている。
そこで考えられたのが、このクッションだった。
ナンシーはソフィアの部屋にあるクッションでよく寝ていて、それを愛おしそうに眺めるカズキの姿を目にした者は多い。
ならば、私物をほとんど持たないカズキに、クッションをプレゼントしよう、そう考えたのだ。
果たして、カズキは嬉しそうな顔でクッションを受け取った。
「ありがとうございます。大切に使わせて貰います」
そう言って、肩に乗っていたナンシーを促した。
先程から興味深そうにしていたナンシーは、肩からクッションに飛び降りて、丸くなって寝てしまった。
「気に入って貰えたようで、安心しました」
メイドはそう言って、ナンシーを撫でた。
「良かったですわね、カズキさん」
それまで黙っていたフローネもナンシーを撫でながら言った。
「ああ。こんなに嬉しかった事は久しぶりだよ」
カズキがそう答えた時、馬車の方から声が掛かった。
「お二人共。名残惜しいでしょうが、時間でございます」
「分かりました」
そう言って、カズキは周囲を見渡して頭を下げた。
「皆さん、ありがとうございました。また会いましょう!」
そして、フローネと二人馬車に乗り込んだ。
たかだか徒歩一時間の学院に入学するだけなのに、大袈裟な別れの挨拶である。
この状況に、皆が酔っていたのだ。
「では、出発します」
そう言って、馬車は動き出した。
カズキとフローネは馬車の窓から身を乗り出して手を振る。
使用人たちは頭を下げたり、手を振り返したりと様々な反応を返した。
そして、ようやく馬車は正門を抜けていったのである。
・・・・・・ところで、その様子をセバスチャンが上のバルコニーから眺めていた。
「私には誰もあんな事してくれないのに・・・・・・」
「人望の差ですな」
傍にいたアレクサンダーが身も蓋もない事を言った。
馬車が正門を抜けると、御者が声を掛けてきた。立派な鎧を身に纏った貫禄のある男である。
「カズキ殿は人気者ですな」
「驚きました。あんな事をしてくれるなんて・・・・・・」
そう言って御者の方を見たカズキは、目を疑った。
何故か、第一騎士団の団長がそこにいたのだ。
「どうしてあなたが御者をやってるんですか?」
「カズキ殿に感謝しているのは、使用人だけではない、という事ですよ」
そう言って、外を見るように促す。
そこには、学院への道の両側に、鎧を纏った騎士たちがずらりと整列していた。
カズキが騒がしいのを嫌っている(ナンシーが驚くからだ)事を知っている騎士達は、カズキの姿を確認すると、一斉に冑の庇を上げて、敬礼した。
事情を知らない人々は、朝から騎士団に通りを規制されて迷惑そうにしていたが、その原因となっている馬車を見て納得した声を上げた。
世界を救った大賢者――を召喚したフローネが学院に入学することを、街の皆が知っていたからだ。
カズキの素性を知る者は少ない。
大賢者は人知れず元の世界に帰ったことになっているからだ。
カズキは邪神を倒した後のナンシーとの生活を考えて、あらかじめジュリアン(とセバスチャン)に申し入れていた。
フローネもその事を知っている為、少し強張った表情で手を振っている。
街の者達もそれに応えて手を振った。
カズキの事はお付きの人間だと皆が勘違いしているようで、街の者は誰も注意を払っていなかった。
やがて、馬車が進み、野次馬が途絶えるとフローネは疲れたように手を下した。
「お疲れ」
「お疲れさまでした。姫様」
口々に労いの言葉を掛けられ、フローネはため息を吐いた。
「酷いです。カズキさん」
「ワリーワリー。目立つのは好きじゃないからさ。助かったよ」
「私共も配慮が足りませんでしたな。街中でやる事ではなかった」
「いえいえ。気持ちは嬉しかったですよ」
「そう言って頂けると助かります、カズキ殿。最初は隊長格以上の者だけでお送りするつもりだったので」
それがいつの間にか騎士団全員に知れ渡った為、使用人と同じく総出での敬礼になったのだという。
「カズキさんのお陰で多くの命が助かったのですから、その気持ちも分かりますわね」
「はい。第四騎士団に配置されたものたちには可哀想なことをしましたが、それも殿下が仇を討ってくださいましたので」
「そうですね・・・・・・。それで、あのバカはどうなりました?」
しんみりした空気を変えようと、カズキは気になっていた事を団長に聞いてみた。
「マサト・サイトウですか。奴は昨日の夜に復活しました。殿下やカズキ殿の推測通りに大幅に弱体化していましてな。たいして苦労もなく捕縛することが出来ました」
「それは良かった。これからはどうするんですか?」
「死罪にすることも出来ませんので、強制労働に回す事になるでしょう。・・・・・・食事の必要もありませんし」
「それは良いアイデアですね。今まで迷惑を掛けてきた分、きっちりと働いて貰わなくては」
「私もそれが妥当だと思います」
サラッと酷いことを言う団長。
手を叩いて喜ぶカズキ。
フローネすらも同意した。
それ程、この世界の人々に勇者の一族は嫌われているのだ。
そんな殺伐とした会話をしているうちに、馬車は学院に到着した。
学院の前にもやはり騎士達がいて、馬車を降りたカズキに敬礼をしてきた。
生徒と思しき若者達が、何が始まったのかと遠巻きに注目している。
カズキは肩を竦めて馬車に向き直り、フローネをエスコートして馬車から降りるのを手伝った。
途端、歓声が上がる。
フローネは諦め顔で手を振った。
その隙に馬車に戻ったカズキは、歓声に驚いて起きてしまったナンシーを抱き上げた。
クッションを次元ポストにしまって外に出ると、二人の騎士が申し訳なさそうに近づいてきた。
「カズキ殿。騒がしくしてしまって申し訳ない」
片方の騎士が小声で謝罪してきた。
「いえ——」
言葉を返そうとしたカズキは二人を見て口を閉ざした。
第二と第三の騎士団長がそこにいたからだ。
「もしかして、お二人も?」
「はい。お察しの通りです」
「その節はお世話になりました」
そう言って、二人はカズキに向かって頭を下げた。
「頭を上げてください。ここだと目立ちます」
「「おっと、これは失礼」」
そう言って二人は顔を上げた。
「ここでは目立ちますから、寮の方へ案内します」
「それは有難いのですが、何故お二人が?」
「ジュリアン殿下が、部屋に制服を用意してあるから案内しろと」
「そういう事ですか」
カズキもフローネも、ここへは普段着で来ていた。
城で制服を渡されなかったので、どうするのかと思っていたのだ。
「カズキさん、行きましょう」
近くに来ていたフローネと一緒に寮への道を歩く。
「そういえば、寮の場所も知らなかったな」
「この前来た時は、下見しないで帰ったんでしたっけ」
「ああ。色々あったからな」
その色々で世界の謎をいくつか解き明かしたのだが、カズキにその自覚は無い。
他愛無い話をしながら五分程歩くと、頑丈な建物が見えてきた。
見た目は完全に要塞である。
「ここって校舎じゃないのか?」
カズキの疑問にフローネが答えた。
「校舎はこの寮を抜けた先にあります。とは言っても、私も校舎まで行った事は無いのですが」
「そうなのか?」
「はい。校舎に入れるのは、学校の関係者と卒業生だけ、という決まりですから」
「なるほどなぁ。まあ、それはあとでいいか。そういえば、自分の部屋が何処かも知らないんだけど」
「こちらです。カズキ殿」
そう言って、団長たちが先に立って歩きだした。
寮に入ると、大勢の人間がいた。真新しい制服を着ている所を見ると、新入生だろうか。
皆、一様に緊張した顔をしていて、寮の入口とは反対側の扉に誘導されていた。そちらに校舎があるのだろう。
団長たちは左手にある階段を上っていった。カズキ達もそれに続く。
階段を上った先には、大きめの通路が真っすぐ伸びていた。左右を見ると、同じつくりの扉が等間隔に並んでいる。その通路の突き当たって右側の扉がカズキの部屋だった。
フローネはその隣の部屋だ。
「こちらです」
団長に促されて扉を開けると、中には先客がいた。
「遅かったわね」
エルザだった。くつろいだ様子で、椅子に座って紅茶を飲んでいる。
部屋の広さは、カズキの感覚で十二畳位であろうか。一人で住むには十分な広さだ。
何故か、右側の壁に扉が付いている。
「何してんの?」
そう言いながら、次元ポストからクッションを出して、備え付けのベッドの上に置く。
ナンシーはカズキから降ろされて、クッションに飛び移った。
団長たちは部屋には入らずに、扉に手を掛けて言った。
「カズキ殿、我々は外で待機しております」
カズキが頷くと、静かに扉が閉じられる。
「取り敢えず、着替えたら?」
エルザはカズキの質問に答えずに、クローゼットを指差す。
見ると、真新しい制服がハンガーに掛かっていた。
色は紺色で、上は魔法使いが着ているようなローブそのものである。下は同色のズボンで、動くとローブの裾がひらひらして非常に邪魔だった。
「なんか、スゲー動き難いんだけど」
「そんなの着るのは最初と最後だけよ。そんな服装で戦えるわけないし」
「なら、何のために?」
「『魔法学院』だから、魔法使いっぽい制服が良いとか言ったみたいよ。創立者達が」
「馬鹿すぎる・・・・・・」
「まあ、似合ってるからいいじゃない。大賢者って感じがするわ」
「勘弁してよ」
そんな会話をしていると、部屋の中にある扉がノックされた。
「どうぞー」
と、エルザが返事をした。
扉を開けて入ってきたのはフローネであった。
やはり、カズキと同じ格好で、下はスカートを履いていた。
足元にはクリーム色の毛の長い猫がいる。
エリーの生んだ子供で、ナンシーの姉妹である。名前はクレアだ。
「何で部屋が繋がってんの?」
カズキが疑問の声を上げた。
「面白いからよ」
エルザは耳を疑うような事を言った。
「まあ、それは半分冗談だけど、フローネの護衛という名目で入学したんだから、それなりの措置が必要でしょ? ここと隣の部屋は、初めからそういう意図で造られているし」
「なるほど」
それだけでカズキは納得した。
考えてみれば、城での生活と大して変わらない事に気付いたからだ。
「じゃあ、ねーさんはクレアを連れてきただけ?」
「そういうことね。ところで、そろそろ行った方が良いんじゃない?」
「もうそんな時間か。フローネ、行こう」
「はい」
そう言って扉を開けると、団長が三人に増えていた。
「お二人共。よくお似合いですぞ!」
「「ありがとうございます」」
否定するのも違う気がして、二人は礼を言った。
「時間がないので、手短に。カズキ殿、これを受け取って下さい」
そう言って、第一騎士団長は全長1メートル程の銀製の剣を手渡してきた。
「・・・・・・これは?」
「我々騎士団からの感謝の気持ちでございます。カズキ殿は剣も扱えるとの事なので、この学院で必要になるかと思い、用意させて頂きました」
「いい剣ですね。有難く使わせて貰います」
「それは良かった。ジュリアン殿下に相談した甲斐があります」
その言葉で、銀製だった理由が分かった。
「お引止めして申し訳ありませんでした。時間が迫っています。お急ぎを」
「そうでした。急ごう、フローネ。皆さんもありがとうございます」
「こちらこそです。・・・・・・ご武運を」
そう言って三人の団長は敬礼した。
カズキも答礼して、フローネと歩き出す。
この時、カズキは気付いていなかった。
何故、入学式に出席するだけなのに「ご武運を」などという言葉が使われたのかを・・・・・・。
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