第13話 波乱の入学式

 カズキとフローネが会場に案内されると、背後の扉が閉められる。

 二人が一番最後だったらしい。

 会場は、寮を出てすぐのところにある広大な運動場だった。

 新入生たちは、運動場の中央に全員集められている。

 その左手に教官と思しき人々がいて、在校生であろう生徒たちが右側に立っていた。

 教官と新入生の間には、何故か使い古された武器や防具が並べてあった。

 反対側の在校生たちは皆、制服を着用せず、各々が自分専用の装備を身に着けているようだった。この後に実戦の授業でもあるのだろうか。

 新入生たちが思い思いに話をしていると、運動場の中央にある一段高い場所に一人の男が現れた。

 金髪で細身の、眼鏡を掛けた二十代後半の美形である。


「静粛に!」


 左手から声が掛かる。

 その声には人を従わせる迫力が溢れていた。

 声に気圧された新入生たちは一斉に口を噤む。


「これより、学院長の挨拶がある! 皆、心して聞くように!」


 その声に中央に視線が集まった。


「新入生の諸君。まずは入学おめでとう。私はこの学院の長を務めているジュリアン・ランスリードという者だ。今年は、大変喜ばしい事があった。そう! 邪神が三人の英雄によって討伐されたのだ!」


 その声に歓声が上がった。

 だが、カズキとフローネは、顔を見合わせていた。


「学院長って、ジュリアンだったのか?」

「私も今知りました」


 フローネも知らなかったのか、驚きの表情でジュリアンを見つめていた。

 そんな二人をよそに、ジュリアンは先を続けた。


「喜ばしい事に、この学院の卒業生から二人の英雄が生まれた! 皆も知っている事だろう。『剣帝』クリストファー・ランスリード! そして、『聖女』エルザ・アルテミスだ!」


 また歓声が上がる。


「彼らはこの学院を卒業後、すぐに旅立った! 彼らがその若さで活躍できたのは、本人の才能もあっただろう! 或いは、異世界より召喚された名もなき大賢者さまの助力もあった筈だ! だが、私はこの学院での三年間が彼らを強くしたのだと確信している! その証拠に邪神の眷属との戦いにおいて、各国の軍は民に犠牲を出す事なく優位に戦いを進める事が出来た! それはひとえに、この学院で学んだ者たちが軍の中核となって戦ったからだ!」


 そこまで言って、ジュリアンは新入生を見渡した。

 そして、最後尾のカズキとフローネを見て、ニヤリと笑った。

 悪戯が成功した時に見せる顔で。


「君たちもそうなれる! この学院で学ぶとはそういう事だ! 各々の夢に向かって三年間頑張ってほしい! そして、成長した姿を見せてくれ!・・・・・・ここにいる二百人の健闘を祈る」


 そう言ってジュリアンは下がっていった。

 沸きあがる歓声。

 置いてけぼりのカズキとフローネ。

 二人を見てニヤニヤ笑うジュリアン。

 在校生から感じる殺気。


「ん?」


 妙な気配を感じたカズキは、在校生の方に注意を向けた。

 その数、ざっと五十人。

 彼らは全員、新入生を意識している。


「なんだ?」

「カズキさん。どうしました?」


 カズキの様子に気付いたフローネが声を掛けた。

 それには答えずにフローネに逆に聞いた。


「フローネって、戦えたっけ?」

「いえ、護身術は習っていましたが・・・・・・」


 二人がそんな話をしていると、ジュリアンに代わって壇上に上がった教官が言った。


「では、これより最初の授業を始める!」


 その言葉に新入生たちから驚きの声が上がった。


「いきなりだな。ますます胡散臭い」


 カズキはフローネを振り返った。


「装備は持っているか?」

「はい。盾だけですけど・・・・・・」

「なら、出しておいた方が良い」


 訳が分からなかったフローネだが、素直に従って次元ポストから小型の盾を取り出した。

 カズキはそれに魔力を込める。


「やっぱりそうか。フローネ、俺の傍を離れるなよ」

「え? 何が始まるんですか?」

「あっちの奴らが魔法の詠唱をしているようだ」

「詠唱ですか? 私には聞こえませんが・・・・・・?」

「間違いない。魔力光が漏れ出しているからな」


 二人が話をしている間に教官の説明が始まった。


「授業内容は、上級生とのサバイバル戦だ! これから一時間、上級生の攻撃を凌いでもらう! 反撃は自由だ! 気絶した者は失格。相手を殺しても失格だ! では、始め!」


 開始の合図と同時に魔法が新入生たちに降り注いだ。

 あちこちで悲鳴が上がり、吹き飛ばされて気絶したものが続出した。

 そこに、武器を構えて上級生が突撃してくる。

 全員、目が血走っていた。


「くらえ!」

「悪く思うなよ! 俺の将来の為だ!」

「私達には後が無いのよ! これに負けたら退学なんだから!」


 などと、口々に好き勝手なことを言いながら、近くにいる生徒に襲い掛かってきた。

 手加減する気は欠片もないらしい。


「フローネ、大丈夫か?」

「はい。お陰で助かりました」


 フローネは開幕の魔法を無事に防いでいた。

 その後の突撃も魔法を駆使して上手く凌いでいる。

 カズキがわざわざ警告しなくても問題はなかったようだ。

 だが、他の生徒はそうはいかなかった。

 周りを見ると、すでに三割位の生徒しか残っていない。

 残った生徒も制服の所為で動きを制限されて、血に飢えた上級生の餌食になっている。


「さて、どうしようか。フローネは問題なさそうだし」


 戦えないと言っていた割には、まだまだ余裕がありそうだった。

 攻撃魔法は盾と神聖魔法で全て防いでいたし、接近戦にも慣れているように見える。

 とは言え、それはフローネだけの話だ。

 なにせ、上級生の数は全く減っていない。

 五十対六十。数の上では優勢だが、士気と練度の差で、新入生は分が悪い。

 カズキが考えている間にも、新入生は数を減らしていった。


「退学がどうとか言ってたな。もしかして、毎年同じ事をしてるのか?」


 襲ってくる上級生を適当にいなしながら考えていると、残っている新入生たちが反撃を始めようとしていた。


「皆、こっちだ! このままでは各個撃破される! 今は力を合わせて上級生を撃退しようじゃないか!」


 そう叫んだ生徒の周りに上級生が殺到した。

 そして、タコ殴りにされて教官に運ばれていった。


「・・・・・・何がしたかったんだ。あいつ」


 乱戦状態でわざわざ自分の居場所を声高に叫ぶなど、よほど自分の腕に自信があったか、それともただの馬鹿か。

 だが、そのおかげ、と言って良いかは分からないが、上級生の隙をついて残りの生徒たちがこちらに集まってきた。


「姫様!」

「フローネ様! ご無事ですか!」


 アピールの為か、やたらと大きな声で叫んでその場に跪こうとする者もいた。

 そして、後ろから上級生に攻撃されて地面のシミになった。


「馬鹿ばっかりだ・・・・・・」


 教官に運ばれていく二人を見ながら、カズキが呟く。

 他の者はその二人を無視して、置いてあった武具を装備した。

 数はさらに減って、約三十人。相手は未だ五十人。

 魔法で終わらせようと思っていたカズキは、成り行きを見守る事にした。

 自分でやれば一番早いが、それではフローネのためにならない。――などと殊勝なことを考えたわけではなく、大勢の前で気付かれないように魔法を使うのが面倒になったからだ。


「フローネ、任せる」

「わかりました!」


 カズキの言葉に頷いたフローネは、自分の成長を促すためと思い込み、張り切って指示を出した。

 もちろん勘違いである。


「皆さん! 魔法使いの方はこちらに! 他の方は防御と足止めに徹して下さい! 相手の魔法は、私が何とかします!」


 フローネの言葉に皆が即座に従った。

 敵は連携など全く考えずにバラバラに攻撃を仕掛けてきている。

 前衛が足止めしている間に、魔法使いたちが上級生を一人づつ狙い撃ちにしていった。


「おお。流石のカリスマ」

「ホントだねー」


 カズキの独り言に答えが返った。

 茶色い髪をした、線の細い少年である。

 彼は、開幕の魔法から今に至るまで、フローネの近くにいた。

 開始の合図と同時にダッシュして、間一髪で防御魔法の範囲に滑り込み、その後はフローネの邪魔にならないように動いて自分の安全を確保していた。

 一時間という制限時間の中で、どうすれば自分の身を護れるかを考えて、フローネに目を付けたのだろう。

 彼女が女神の神託を受けて、大賢者を召喚したのは有名な話だ。

 エルザには及ばないが、神聖魔法を使いこなす事も広く知られている。

 フローネは気付いていないようだったが、当然のようにカズキは気付いていた。


「ねえ、君の名前は?」

「カズキだ。カズキ・スワ」

「僕はラクト・フェリン。ラクトって呼んで」


 そう言って握手を求めてくるラクト。

 カズキは握手に応じながら、「乳酸菌みたいな名前だな」と失礼なことを考えた。


「俺もカズキでいい。それで、何の用だ?」

「うん。カズキってさ、今日の朝、フローネ様と一緒の馬車で来なかった?」

「見てたのか・・・・・・」

「うん。騎士団の人たちが門の前に整列してたからさ。誰か身分の高い人が来るんじゃないかって噂になってたんだよね」

「・・・・・・」

「そうしたら、最初にカズキが降りてきたでしょ? その時に、カズキに向かって敬礼してたように見えたんだよね。それで、君は何者なのかなって思ってさ」

「考え過ぎじゃないか? 俺はただの護衛だよ」

「そうなの? でも、今もフローネ様を呼び捨てにしてたし、さっきも指示とかしてたよね。フローネ様も素直に従ってたみたいだし」


 カズキは考えた。本当の事を言ってもいいのだが、恐らく信じないだろう。

 大賢者は元の世界に帰ったことになっている。

 適当な事を言って切り抜けてもいいのだが、ラクトは頭が良い。

 嘘をついても見破られる気がした。

 そうなると、二人の関係を説明する言葉が出てこなかった。

 悩んでいるカズキをよそに、ラクトは続けた。


「ひょっとして、婚約者、とか?」

「違う。そんなんじゃない」

「じゃあ何? どっかの王子様とか?」

「何でそうなる」

「だって、その剣とか凄い良い剣だしさ。そんなのただの護衛が持ってる訳ないし」

「目敏いな・・・・・・」

「それに、その腕輪。それ次元ポストの発動体だよね? ボタンが付いてるし」

「随分詳しいな」

「実家が商売やってるからね。うちで取り扱ってる物だし」

「これを取り扱ってるって事は、次元屋か?」


 次元屋とは、各国の王都にある店の名前だ。

 由来は、「次元ポストの販売をするから次元屋でいいか」という安直な理由による。

 商品は、次元ポストを始めとしたマジックアイテムが多く、王族や貴族、大商人などが主な客層である。

 他にも、初代勇者を召喚した時の影響でできた『時空の歪み』と呼ばれる物から、たまに零れ落ちてくる謎のアイテムの販売も行っている。

 あくまで謎アイテムなので、何があっても買い手の自己責任だ。

 カズキも、機会があれば行ってみようと思っていた店である。


「まあね。うちの店は冒険者からの買取が多いけど、自分達で調達すれば元手が掛からないからって、若いうちは冒険者として活動するのが決まりだからさ」

「それで学院に?」

「そういう事。ここを卒業すると、冒険者になった時の扱いが違うから」

「そうなのか?」

「うん。ここって、世界中のエリートが集まる所だからね。ジュリアン殿下も言ってたけど各国の軍の偉い人って、殆どがここの卒業生だし」

「成程、それでか。ねーさんとかクリスは冒険者として活動してたっけ。関所は通行証を見せるだけで素通りできたし、ギルドで情報料を払わなかったし、宿は格安でいい部屋に泊まれたし、飯も美味いものが出てきたし、他にも色々あったな。あれは偉いからじゃなかったのか」

「まさしくその通りだね。それを目当てに学院に入る人も多いよ? 入学すれば学費も免除だしね」

「マジか! 凄いな!」

「まあ、卒業が難しいんだけどね。多い年で四十人位かな。卒業生が一人も出ない年もあるし」

「それも凄いな。じゃあ、あいつらはどっちみち駄目じゃね?」

「多分ね。ついて行けなかったからこんな事になってるんだろうし」

「そっかー、大変なんだな。・・・・・・頑張れよ? ラクト」

「他人事みたいに言うね。・・・・・・ところで、気になった事があるんだけど」

「なんだ?」

「さっきクリスって言ってたのって、クリストファー殿下の事?」

「ああ」

「じゃあ、ねーさんって・・・・・・」

「エルザ姉さん」

「・・・・・・うそ」

「ホント」

「じゃあ、フローネ様の護衛に選ばれたのって・・・・・・」

「内緒だぞ?」

「わ、分かった」


 カズキはラクトの勘違いを利用する事にした。

 話の流れでそうなったが、実に都合のいい展開である。

 実際、エルザはカズキの姉だと公言しているのだ。

 直接本人に確認されても何も問題は無かった。

 問題があるとすれば髪の色だが、この世界では親子や兄弟でも髪の色はバラバラなので、気にする者はいない。

 知らないのは、カズキだけである。


「あのー、カズキ様?」


 いきなり敬語を使いだしたラクト。


「なんだ?」

「カズキ様はお二方と一緒に旅をなさっていたのですか?」

「ああ。・・・・・・なんでいきなり敬語?」

「いえ、英雄のお二人の身内の方に粗相があってはいけないと」

「やめれ。そんな言葉遣いされたら、背中が痒くなる」

「よろしいので?」

「ああ」

「あ~良かった。敬語って、疲れるんだよねー」

「同感だが、態度が変わりすぎだ」

「ごめんごめん。商人の癖みたいなものさ」

「ああ、金になるかもしれないからか」

「そういう事。まあ、何かあったらよろしくってことで」

「その内行こうと思ってたから、丁度良かったな」

「まいどー」


 などと、二人が親睦を深めている間に戦況は変化していた。

 こちらの魔法使いたちは魔力切れを起こし、壁になっている生徒も疲労が蓄積して明らかに動きが鈍かった。

 対して、相手は退学が掛かっている。その気迫に衰えはない。


「まずいな。フローネが持たない」

「そうだね。お一人では限界が近いかな」

「ラクトは魔法で援護してくれ。俺が突っ込む」

「了解。・・・・・・何で僕が魔法使いだって分かったの?」

「装備を取りにいかないで、余裕そうな顔してるから」


 本当は古代魔法を使える副産物だが、面倒なので適当にそれらしい事を言って誤魔化した。


「流石だね。じゃあやりますか」

「おう」


 そう言って、二人は戦場に足を向けた。

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