第11話 検証してみた
落ち込んでいるクリスを後目に、ジュリアンは鉄格子の残骸に歩み寄った。
「見事に切断されているな。凄まじい切れ味だ」
「ああ。まるで、素振りでもしてたかの様だった。切った感触が感じられなかったからな」
嬉しそうにクリスが言った。
その表情は無邪気そのものだ。
「これでクリスの問題は解決したわけだが・・・・・・」
ジュリアンはカズキを見た。
「ん? どうした?」
「カズキ、この事を知っている者は・・・・・・、沢山いるな。だが、魔剣だと気付いている者はいない筈だ」
「だろうなー。俺も今知ったし」
「魔剣を作れるのは黙っておけ。トラブルの元だ。この事を知った奴がお前に危害を加え・・・・・・られる奴はいないな。あれ? 問題ない?」
「いや、あるだろ」
クリスが珍しくツッコミを入れた。
「そうだな。周りが騒がしくなるのは嫌だろう? アレクサンダーには口止めをしておかなければならんが」
「なんで?」
「謁見の間でお前が作った壁を回収していただろう。今頃気付いてるかもしれない」
アレクサンダーとは、宮廷魔術師の筆頭である。彼を始めとした魔法使い達は、あの後から姿を見せなかった。
主であるセバスチャンを放置して、この三日間部屋に籠ったきり一度も出て来ていないらしい。
「あれか。謁見の間を壊したから怒られると思ったんだけど。マグロ節くれたんだよな」
「何を貰ったかと思えば。お前はつくづく安上がりな奴だな」
「そうか? 元手がゼロだぞ?」
「・・・・・・もういい」
カズキの価値観は、猫が喜ぶかどうか、それが基本だ。魔剣を大量に作り出しても、「かつお節を貰って得したな」と本気で思っている。
「まあ、お前がいいならそれでいいか」
ジュリアンはそう言った。カズキが気付かない所は、周りがフォローすればいいだけの話。そう思ったからだ。
クリスもそう思ったのか、それともただの好奇心か、ジュリアンを見てから話を変えた。
「それで、材質は分かったのか?」
「いや、分からない。見た目が変わらないからな。文献では、金属の特性で判別する、とあったが」
「特性?」
カズキが尋ねた。
「ああ。今のところ、確認されているのは三つだ。『ミスリル』。これは魔法との相性が良い、マジックアイテムによく使われる。ダマスカス鋼より硬い。『オリハルコン』。ミスリルより硬い。『アダマンタイト』。オリハルコンより硬い。以上だ」
「なんだ、その適当な説明は」
「ミスリルしか見た事が無いからな。仕方ないだろう」
クリスの問いにジュリアンはあっさりと答えた。そして続ける。
「幸い、カズキがいる。検証は可能だ」
「分かった。何をすればいいんだ?」
カズキも興味が出て来たらしく、協力的な事を言った。
内心で、「猫の護身用にミスリル製の首輪を作ろうかなー」と考えているが。
「まずは、これに魔力を込めてくれ」
そう言ってカズキに手渡したのは、鉄格子の残骸だった。
「分かった」
受け取って、無造作に魔力を込めると、すぐに出来上がる。
その間、約五秒。
「魔法金属って、こんなに簡単に作れるんだな」
クリスが言った。
「そんな訳ないだろう。カズキが規格外なだけだ」
ジュリアンは心外そうに言った。
「簡単に作れるなら、もっと普及してると思わないか?」
「ごもっともで。兄貴でも無理なのか?」
「無理だ。私の魔力ではせいぜい一日に一グラムが限界だ。その後三日は魔法も使えないだろう」
「マジで? ひくわー」
クリスがカズキを見て、わざとらしく言った。
「そうか。それ返せ」
カズキが不機嫌そうに返した。
「嘘! 嘘だって! んも~、カズキちゃんったら冗談通じないんだから~」
「「イラッ」」
カズキとジュリアンは、わざわざ口に出した。
気色悪いにも程がある。
「お前のコレクション全部没収して、売り払ってやる」
「部下への褒美が必要だったから、丁度いいな。問題は、コレクションよりもいい武器が大量にある事だけだが」
「俺が魔力を込めればいいだろう?」
「それで行こう。一本毎にかつお節と交換でどうだ?」
「契約成立だな」
二人は固い握手を交わした。
「やめてくれ! この通りだ!」
クリスは、セバスチャンかと思うような綺麗な土下座を決めた。
「ちっ、こんな事ならドゲカルチョにクリスを追加しておくんだった」
ジュリアンは舌打ちして、妙な事を口走った。
「・・・・・・なんでドゲカルチョが出てくる?」
「私が運営しているからだ」
衝撃の事実であった。
「そんな事してたのかよ・・・・・・」
「ああ。でなければ皆、不敬罪で捕まっている」
「それもそうか」
発端は、やんちゃしていた頃のジュリアンが仲間内で始めたことである。
知らない間に規模が大きくなり、収拾がつかなくなった事で公営化に踏み切った。
セバスチャンの意向は全て無視である。自業自得なので、誰も同情しなかったからだ。
カズキとジュリアンがそんな話をしていると、当事者になりそうなクリスが額を地面に擦りつけた。
「頼む! この通りだ! 四六時中監視されるのは勘弁してくれ!」
セバスチャンの動向は国民全ての関心を集めている。なので、護衛と称した監視役が常時張り付いているのだ。彼らは、本当に命が危うい時以外は基本的に監視しかしていない。
「さて、貴重なものが見られたことだし、検証を続けるか」
「そうだな」
「うぅ。また遊ばれた」
クリスは涙目である。
「クリス。泣いてないで協力しろ」
「そのままでもいいけどな。俺が剣を使えばいいし」
「それもそうか。クリス、剣だけ貸してくれ」
そう言ってジュリアンは剣を取り上げてカズキに手渡した。
「カズキ、その剣でこの棒を斬ってくれ」
「あいよ」
ジュリアンが鉄格子だった物をカズキへ向かって放り投げる。
カズキが剣を一閃すると、棒は真っ二つに切り裂かれた。
「へー。凄い切れ味だな」
「ああ。少なくとも、これがオリハルコン以上である事が確定したな」
「多分だけど・・・・・・。これがアダマンタイトだろうな」
「だろうな。魔法との相性がいいとは思えん」
クリスを置いて、検証は進む。
「次は銀食器だったか。確かここに・・・・・・」
そう言いながらジュリアンが目の前の空間に手を伸ばすと、手首から先が消えた。
これは、数少ないマジックアイテムの一つで、世界中のセレブが愛用する『次元ポスト』と呼ばれる代物である。
大きさは、縦横20センチ、奥行き30センチ位のもので、その名の通りただのポストである。
特筆すべきは、このポストを持っていて、尚且つ、それぞれのキーワードを知っていれば、距離に関係なく荷物のやり取りが出来る事である。
謎の多い空間魔法の研究につかわれている物だが、研究費用の捻出の為に、一部を除いて売りに出されている。
何とも本末転倒な話だが、金が無いと優雅に研究など出来ないのがこの世の仕組みだ。
カズキ達の旅にも使用された。手ぶらで旅を出来るのは、色々なメリットがあるからだ。
ごそごそとポストの中を探っていたジュリアンは、やがて、目当てのものを見つけた様だった。
「これでいいか」
ジュリアンは銀製の指輪を取り出した。
幼い頃に城の宝物庫からこっそり持ち出した物で、今の今まで忘れていた為か、すっかり黒ずんでいた。
手入れする気は毛頭ないので、実験の為にそのままカズキに手渡した。
「じゃあ、やってくれ」
「おう」
カズキは返事をして魔力を込めた。
程なく完了する。
「これは・・・・・・」
「ああ。ミスリルだな」
「そういえば、これと同じだな」
カズキはそう言って、手首にはめているブレスレットを見た。
それは、次元ポストの発動体で、表面にボタンが付いていた。これを押すと魔法が発動する仕組みになっているのだ。
「ふむ。ミスリルが魔法と相性がいい、という事が証明されたか」
「そうだな。今日初めて知った事実だ」
「カズキは何も知らなかったからな、無理もない」
「この腕輪を渡された時も、そういうものだ、で納得してたしな」
「まあ、時間はある。これから研究すればいいさ」
「そうしよう。ククク」
カズキが不気味な笑みを浮かべていたが、ジュリアンは見なかった事にした。
そして、カズキから指輪を取り上げると、魔法で水を作り、洗い流した。
「黒ずみが落ちたな。これはメイドたちが喜ぶわけだ」
「それ、どーするんだ? 魔法とか込めてみようぜ」
「やり方は分かるか?」
「いや、さっぱり。駄目元でやって見れば?」
「そうしよう。簡単な魔法の方が良いな。【ライト】にするか」
【ライト】とはその名の通り、光を作り出す魔法である。
ジュリアンは指輪に魔法を込めるイメージを思い浮かべながら、【ライト】を発動した。
すると、魔法を使った時の様に魔力が消費された。
だが、何か起こったような感じはしない。
「失敗か?」
ジュリアンの言葉にカズキが指輪を取り上げて観察する。そして、声を上げた。
「ボタンが付いてるな」
「ボタン?」
「ああ。ポチっとな」
カズキがそう言ってボタンを押すと、魔法の光が灯った。
「・・・・・・点いたな」
「どうなってるんだ? 何故にボタンが?」
「ボタンが付くと成功なのか?」
「そのようだが・・・・・・。達成感が全然ないな」
「謎の親切設計だな。台無し感が半端ない」
「古代魔法・・・・・・。てきとー過ぎる」
「まあ、成功したから良しとしようぜ?」
「そうだな。考えようによっては誰でも使えるという事だしな」
ジュリアンはそう言って気持ちを切り替えた。
そして、さっきから静かだったクリスの姿を探した。
クリスは鉄格子の残骸(オリハルコン)で何かをつついていた。
カズキも気付いて、クリスに声を掛けた。
「クリス。何してるんだ?」
「心臓がまた光った」
「「マジで?」」
「マジで」
クリスは頷いた。
「どういうことだと思う?」
カズキの問いに答えずに、ジュリアンは魔法を詠唱して発動した。
「【ライト】」
「なにしてんの?」
「実験だ」
そう言って、今度は古代魔法で【ライト】を発動。
すると。
「光ったな」
「古代魔法に反応してる?」
「そのようだな」
「どういうことだ?」
「・・・・・・ミスリル」
「ん? なんだって?」
「ミスリルの特性は?」
「魔法と相性が良い。成程、そういう事か」
「・・・・・・どういうことだ?」
ジュリアンとカズキの話が分からなかったクリスが聞いた。
「つまり、この心臓にミスリルが混じっている。かもしれない」
「何で自信なさそうなんだ」
「初めての事だからな」
ジュリアンとクリスの会話をよそに、カズキは心臓をジッと見つめていた。
そして、いきなり魔法で燃やした。
後に残ったのは、紙のように薄い小さな金属製の板だった。
「なんだこれ?」
「ミスリル製のようだが・・・・・・」
そう言って、ジュリアンは指先程の大きさの板をつまみ上げて疑問の声を上げた。
「マジックアイテム・・・・・・、なのか?」
「ボタンは?」
「無いな」
そう言って、ジュリアンはカズキに板を手渡した。
受け取ったカズキは、なんとなく魔力を込めてみた。
途端、魔力が消費されて、勝手に魔法が発動した。
「成程な」
「何か分かったのか?」
ジュリアンの問いにカズキは頷いて、解説を始めた。
「結論から言うと、これは『身体能力強化』の古代魔法が使える」
「さっき言ってたやつか」
クリスの言葉に頷いて、先を続けた。
「そうだ。欠陥品だけど」
「どういう事だ?」
ジュリアンも声を上げた。
「これは、魔法だけが込められていて、魔力は外部に頼っている」
カズキの解説に、理解したジュリアンが言った。
「そういう事か! つまり、こいつらが魔法を使えないのは・・・・・・」
「そうだ。これに魔力を取られて、他の魔法を使う余裕が無いからだな」
「こいつらが生まれつき強いのもそのおかげか」
クリスも納得してそう言った。
「ああ。問題は、何故こうなったか? という事なのだが」
「流石にそれは分からないだろうな。初代が何かしたかもしれねーけど」
「いいんじゃね? これで一応弱点が分かったし」
ジュリアンとクリスの話を聞いていたカズキが言う。
そして続けて、こう言った。
「こいつらと戦う時は、骨も残らないように燃やし尽くせば良いってことだ」
「お前だけだ。そんな事が出来るのは」
「ジュリアンも出来るじゃん。【レーヴァテイン】で一発だ」
「・・・・・・成程」
ジュリアンは納得した。
そしてクリスは気付いた。
「それ、本国の勇者も弱体化してるって事か?」
「「ホントだ!」」
三人はテンションが上がって凄い勢いで辺りを片付け始めた。
「よし! 帰るぞ! 今日はパーティーだ!」
「親父秘蔵の酒も開けようぜ!」
「酒か・・・・・・。この世界では成人だから、俺も飲む!」
魔法まで駆使して数分で片付けると、光の速さで王城めがけて走り出した。
寮の下見という目的を忘れたまま・・・。
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