第10話 インフレは始まっていた
ジュリアンとクリスは固まっていた。
カズキから衝撃的な話を聞かされたからだ。
それは、端的に言うとカズキが『魔剣』を作っていた、という事に対してだった。
魔剣とは、魔法金属と呼ばれる物で作られた武器の総称の事である。別に、剣である必要はない。
では、何故『魔剣』という名称になったのか。それについては、文献が残っていた。
それは、時の魔法使いたちが、
「『魔剣』。響きもいいし、なんか強そうだし、カッコいいよね!」
「うむ。それで行こう」
という崇高な理由で名付けられた。
現実逃避気味にそんな事を考えていたジュリアンだったが、クリスの言葉に我に返った。
「カズキ! なんでエルザには作って、俺には作ってくれなかったんだ!」
当然と言えば当然の話であった。
クリスが剣を集めているのは、カズキも知っていたのだから。
だが、カズキの返答は意外な物だった。
「ん? クリスも手入れが面倒だったのか?」
手入れが面倒。訳が分からない言葉だ。
何故魔剣の話でそんな言葉が出て来たのか。
嫌な予感がして、ジュリアンはカズキに聞いてみた。
「カズキ。どういうことか説明してくれ」
カズキは、なんでもない事のように答えた。
「エルザねーさんが、敵を撲殺した後に手入れが面倒だから何とかならないか? って言うから」
「・・・・・・それで?」
「この世界に来て魔法を覚えた時に、色々試したんだけどさ」
その気持ちは理解できた。出来る事が増えたら試したくなるからだ。
「食事の時に、使ってたナイフに魔力を込めたりして遊んでたんだよ」
「・・・・・・・」
「そしたらさ、切れ味が良くなってさ」
「・・・だろうな」
それは、さっきクリスが魔力を操って魔法を切り裂いた話に似ていた。
魔法を斬れるのだから、切れ味もよくなるだろう。
もっとも、カズキは魔法を使っていると誤解していたようだが。
「そんな感じで色んな食器に同じことをしてたらさ、メイドさんが言うんだよ」
「・・・・・・何をだ」
雲行きが怪しくなってきた。
「俺の使ってる食器だけは、手入れしなくても水で流せば綺麗になるけど、何かしましたか? って」
城で使っている食器は殆どが銀製である。それが大量にあるので、手入れが大変な筈だ。
それが、カズキの食器だけがそのような状態なら気にもなるだろう。
しなくて良い事が増えるのは、誰しも嬉しい筈だからだ。
「それで考えたんだ。今までお世話になった恩返しをしようって」
「まさか・・・・・・」
「うん。城中の食器全部に魔力を込めた」
「「・・・・・・」」
いつの間にか、城中の食器が魔剣になっていた。
正確には魔食器と言うのだろうか。
カズキの言葉に二人は呆然としている。
今まで製法が分からなかった魔剣が身近な所で使われていたのだ、仕方のない事であろう。
そんな二人をよそに、カズキは話を続けた。
「えーと、なんだっけ? そうだ、ねーさんの話だった」
「「・・・・・・」」
「ねーさんってさ、たまに料理とか作るじゃん?」
「「・・・ああ」」
エルザは料理が得意だった。
城に来た時に、気が向いたら腕を振るっている。
その腕前は城のコックも認める程だ。
「その時に話を聞いたらしくてさ、じゃあ自分の装備にも魔法掛けろって」
「「・・・・・・・」」
想像以上に酷い話だった。
ついでに魔剣を作ったと言っているのだから。
だが、カズキの話はまだ続いた。
「それで魔法を掛けたら、じゃなかった。魔力を込めるだっけ? 魔力を込めたらさ、なんか軽くなったんだよな。それが面白くて、ねーさんの装備に片っ端から魔力を込めたんだよ」
「「・・・・・・」」
知らぬ間にエルザは全身が魔法の装備になっていた。
面白いからという理由で。
「それで、その時は暗かったから魔法で明かりを作ってたんだけど」
「「・・・・・・」」
「初めて使った魔法だから、消し方が分かんなかったんだよ」
「「・・・・・・・」」
「そしたら、ねーさんが、『こうすれば消えるんじゃない?』とか言い出して」
「「・・・・・・・」」
「メイスで殴りつけたら光が消えたんだよ」
「「・・・・・・・」」
「そんな事があったから、後でクリスの剣にも魔法を掛けようかなーって思ってたんだけど」
「「・・・・・・!」」
「嬉しそうに剣を研いでるし、自力で魔法消してたし、じゃあいいやって感じで・・・・・・」
ようやく真相が分かったが、二人は黙ったままだった。
「二人共、どうしたんだ?」
カズキに声を掛けられて二人は再起動した。
ジュリアンは、ある予感を覚えた。自分達は根本的な勘違いをしているのではないかと。
それを確認するために質問をする。
「カズキ。クリスが剣を集めている理由は知ってるよな?」
「ん? 趣味だろ」
「なるほど」
予想通りの答えだった。
カズキは何も知らなかっただけなのだ。
普段のクリスを見ていれば、そうとしか思えないだろう。
問題はエルザだが、まさか自分の武器が魔剣に変化しているとは思っていないに違いない。
そもそも、魔法金属は希少な物だ。見た事がある人間が圧倒的に少ない。
知識のない者が見ても分かる筈がないのだ。
知識のある自分が、魔剣と化した食器を見て分からなかったのも仕方がない事であろう。
どこの世界に食器が魔剣かもしれない、などと考える人間がいるだろうか。
カズキは、魔法金属や、魔剣の存在自体を知らないだろう。
問題は、カズキが魔剣を作ってしまった。それだけだ。
魔法金属の作り方が分かれば、クリスの問題も解決する。
九割以上の好奇心で、ジュリアンは声を掛けた。
「カズキ、魔法金属の作り方を教えてくれないか? クリスの魔剣を作りたい」
「魔法金属ってなに?」
予想通りの答えが返って来た。
「魔力を帯びた金属の事だ。これで武器を作ると、エルザのような事が出来る。それが魔剣だ」
「いいけど。いっぱい作ったからコツも掴んだし」
「・・・・・・何を作ったって?」
「魔剣?」
「ギャー!」
その時、何処からか悲鳴が聞こえてきた。
クリスだった。
二人は、それを無視して話を進めた。
「その魔剣はどうした?」
「騎士団で使ってるよ」
また悲鳴が聞こえた。
「・・・・・・なんでそうなった?」
頭痛を堪えているかのような表情で、ジュリアンが問う。
「ねーさんの装備って城の保管庫にあっただろ?」
「ああ。そうだったな」
エルザの防具は邪神と戦うために新調された。だが、そんな嵩張る物を自分の部屋に置きたくない、と言う理由で城に保管されていたのだ。
「その時に、団長さんがたまたま装備の確認に来ててさ」
「・・・・・・それで?」
「興味深そうに見てたから、ねーさんの装備が軽くなったって話をしたんだ」
「・・・・・・・」
「そうしたら、自分のにもやってくれって言いだしてさ」
また悲鳴。
「そうしたら、フルプレートが半分位の重さになって」
フルプレートとは、全身を覆う金属製の鎧のことだ。非常に重く、転んだら起きられないという代物である。通常は馬に乗って使うものだ。
「ついでだから、他の装備にもって事になってさ」
悲鳴の代わりに、すすり泣く声が聞こえた。ような気がした。
「結局、保管庫のは全部やったかな。お礼にってかつお節を一杯くれたし。ソフィア様も、ナンシー達も喜んでくれたから、すげー得した気分だよ」
まさかの話である。かつお節と魔剣がトレードされていたのだ。
しかも、魔剣の価値を知らないカズキは得をしたと喜んでいる。
カズキは城の中での人気が異常に高い。
その理由が分かった瞬間であった。
そして、邪神の眷属との戦いで、ランスリード軍の損害が異様に少なかった理由も分かった。
第四騎士団以外は驚異の死者ゼロである。
第四騎士団は団長がマサト・サイトウだった。騎士団といってもほぼ全てが私兵で、大半はごろつきで装備もバラバラ。当然、カズキの恩恵は受けていない。
この馬鹿が派手に騒いで、渋々騎士団として認めるしかなかった。という経緯で設立された。勇者の末裔に逆らえなかった為だ。
そして、貧乏くじを引かされたお目付け役の若い騎士達を含むすべてが戦死した。
それ故、今回の処分となったのである。
ふと、静かになったクリスを見てみると、立ったまま灰になっていた。
自分が求めて止まない魔剣が、騎士団では普通に使われていたのだ。無理もない話である。
「クリス。そんなに落ち込むなよ。今作ってやるから」
「本当か!」
一瞬で復活するクリスであった。
「この剣でいいか?」
カズキは折れた剣を指差していた。
「治るのか?」
カズキは、クリスの問いに答えずにジュリアンの方を見た。
「ジュリアンが直すか?」
「・・・・・・どうやって?」
「覚えた魔法に無かったか?」
ジュリアンは暫し考え込んだが、思い当たる魔法は無かった。
「いや、無いな」
「おかしーな」
カズキは首を捻った。
「水晶は作れるよな?」
「ああ」
ジュリアンは手の中に水晶を生みだした。
「どういうことだ?」
「恐らくだが・・・・・・。私の魔力では使えない魔法なのだろう。どうやら、使えない魔法を覚える事は出来ない仕組みになっているのだと思う」
「なるほどなぁ」
カズキは納得したが、ジュリアンは悔し気な表情だった。
「じゃあ、俺がやるか」
「・・・・・・ああ。頼む」
ジュリアンは悔しさを抑えてカズキに頼んだ。
だが、諦めた訳ではない。彼は、そういう男だった。
ジュリアンの視線を感じながら、カズキは折れた刀身をくっつけて魔法を使う。
すると、剣はあっさりと元通りになっていた。
折れる前と寸分違わぬ剣をクリスに見せる。
「どうだ?」
穴が開く程に細部まで見ていたクリスは、最後に剣を振って感触を確かめた。
「直ってるな」
「よし、じゃあ次だ」
ジュリアンはカズキの魔法を見て、自分の勘違いに気付いた。
魔力の多寡ではなく、精度と制御力の問題だと。
ならば、自分にもいつか使えるはずだ。
そう決意を新たにしていたジュリアンだったが、カズキの次の行動に度肝を抜かれる事になる。
「この剣に使われている材質は、初めて使うな」
「ダマスカス鋼だからな。そうそう手に入るものではないぞ」
クリスが得意げに解説するが、ジュリアンは真相を知っていた。
単に、クリスが全て買い占めてしまっただけである。
他の国にはある筈だが、少なくとも、この国で持っているのはクリスだけの筈だった。
「まあいいか。じゃあやるぞ」
気負いも見せず、カズキは受け取った剣に無造作に魔力を込め始めた。
その途端、ジュリアンは震え始めた。
自分では到底及ばない程の魔力がカズキから放たれ、剣全体に広がっていく。
古代魔法を習得して、初めてカズキの実力が分かった気がした。
ジュリアンが戦慄している間に、作業は終了していた。
カズキの様子に変化はない。息一つ乱れていなかった。
自分には逆立ちしても無理な芸当だ。
なのに、当のカズキは鼻歌交じりにやってのけた。
敵わないな・・・・・・。
ジュリアンは素直に敗北を認める事にした。
そして、好奇心が疼き出した。
「「カズキ、見せてくれ!」」
声が重なった。
二人共、子供のように目が輝いている。
「ほら」
カズキは、クリスに剣を手渡した。
「どうだ? クリス」
ジュリアンはクリスに感想を求めた。
クリスは難しそうな顔をして言った。
「軽くなってるな・・・・・・」
そう言って、ジュリアンに手渡してきた。
「本当だ。剣の重みが感じられない」
「だろ? これが魔法金属なのか・・・・・・。見た目は変わってないから、実感が湧かないな」
「だが、魔力は感じる。間違いなく『魔剣』だ」
「そうか、兄貴も変態になったから、魔力が分かるのか」
「変態は余計だ。材質が気になるな・・・・・・。クリス、試し斬りだ。あの鉄格子を斬ってくれ」
「ああ」
返事をして鉄格子に向き直った。そして、無造作に剣を横に薙ぐ。
すると、音もなく鉄格子は切断された。
クリスは、続けざまに剣を振り回す。すると、瞬く間に鉄格子はこま切れになった。
口元に不気味な笑みを浮かべながら、クリスは振り返った。
「ククク。俺は力を手に入れた! カズキよ!」
「それは、さっきジュリアンがやったばっかりだ」
「最後まで言わせろよ・・・・・・」
面倒臭そうな顔でカズキに言われて、クリスはがっくりと肩を落とした。
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