第9話 大賢者は語る

 カズキとジュリアンが魔法の話で盛り上がっていた時、それは起こった。

 まず、何か重いものが、具体的には蓋が閉まる音がした。

 次に、音に振り向いた二人の前で黒いなにか、具体的には棺桶が宙に浮いていた。

 最後に、それは凄いスピードで街の方へ飛んで行った。


「「あ」」


 二人は話に夢中で、当初の目的を忘れ去っていた。

 そして、もう一つ忘れていた。クリスの事を。

 彼は鉄格子から出ていた。その足元には人一人通れそうな穴がある。

 穴を掘って出て来たのだろうか、土に塗れていた。

 ジュリアンはその様子を見て言った。


「クリス。石畳を壊すのは感心しないな」


 酷い言い草である。

 クリスは無言で何かを投げつけた。軽く投げたように見えたのに物凄いスピードだった。

 ジュリアンを狙って投げられたそれを、カズキが代わりに受け止める。

 ベチャッ、と音がして赤い液体が辺りに飛び散った。

 手の中にあるモノを見て、カズキが抗議の声を上げた。


「キモッ。なんて物を投げつけるんだ!」


 それは、血に塗れた心臓だった。


「うるせえ! 人の事放っておいて、何言ってやがる!」


 クリスが言い返す。怒るのも当然の話だ。

 自慢の剣を折られた挙句、鉄格子に閉じ込められて、囚人のような扱いを受けたのだから。

 だからといって、心臓を投げるのもどうかという話だが。


「クリストファー。お前がそういう趣味だったなんて・・・・・・。兄は悲しいぞ」


 ジュリアンが沈痛な表情でそう言った。わざとらしく涙を拭う仕草をしながら。

 話が進みそうにないので、カズキは魔法で手についた血を洗い流しながらクリスに聞いた。


「それで? なんで心臓を投げてきたんだ?」

「さっきお前が首をこっちに投げただろ? あの後に体が起き上がってこっちに来たんだ」

「そうなのか」

「そうだ。鉄格子の周りをぐるぐる歩いた後に、穴を掘って中に入って来た」

「全裸でか?」

「ああ。・・・・・・なんであいつ全裸だったんだ?」

「俺が燃やした」

「お前の所為か! おぞましい物をみせやがって」

「検証途中だったからな」


 実際には何もしていないけど。心の中でそう思いながらカズキは答えた。

 ジュリアンも話に加わった。


「それがどうなって心臓を投げつける話になる?」

「八つ当たりで・・・・・・」


 そこまで言ってから、クリスは咳払いした。そして、言葉を変えて言い直す。


「襲い掛かって来たから、返り討ちにしたんだが、その時に心臓の辺りが光ったような気がしたんだ」

「成程。八つ当たりで切り刻んでいたら、心臓が光った。だから抉った。と、そういう訳か」


 クリスの言葉をわざわざ言い直してから、ジュリアンは心臓を見た。


「今は光ってないようだが・・・・・・」


 ジュリアンの言葉にカズキが指摘した。


「心臓から魔力を感じるな」

「・・・・・・そんな事がわかるのか?」


 魔力とは魔法を使う時に消費される。要はエネルギーの様な物だ。

 保有する魔力が多い程、多彩な魔法を使えるようになる。


「ジュリアンはわかんねーの?」

「わからん」


 ジュリアンは驚かなかった。さっきからいろいろ有りすぎて、感覚が麻痺しているのかもしれない。

 発動していない魔法を感知する事は出来ない。故に、魔法使い同士であっても、相手の力量は分からないのだ。

 詠唱時間や魔法の威力、精度を見て、初めて魔法使いの実力が分かる。

 それすらも、誤魔化そうと思えばいくらでも可能だ。

 最終的には、経験や勘によって判断することになる。

 魔法の込められた『マジックアイテム』と呼ばれる物も、発動して初めてそれとわかるのだ。

 カズキの言った事が事実なら、古代魔法を習得すれば分かるようになるのだろうか。

 興味が湧いたジュリアンは、またも話を脱線させた。


「私の魔力もわかるのか?」


 気になったら確認しないと気が済まない質なのだ。優秀な魔法使いに多い傾向である。


「わかるよ」


 カズキはあっさり答えた。


「邪神と私では、どちらが強い?」


 我ながら馬鹿げた質問だと思ったが、好奇心に負けて、つい聞いてしまった。


「ジュリアンの方がちょい上かな」

「・・・・・・何だと?」


 カズキの返答は予想外だった。

 俄かには信じ難い話だ。

 だが、カズキに嘘を言っている様子はない。


「本当なのか?」

「ああ」

「そうか・・・・・・」


 ジュリアンは嬉しかった。自分の努力が認められた事に。

 クリスが嬉しそうにジュリアンに近づいてきた。そして、肩を叩いて言ってくる。


「おめでとう。これで兄貴も立派な変態だな」


 実にいい笑顔だった。根に持っていたらしい。

 ジュリアンは視線を逸らして話を戻した。


「マサト・サイトウの心臓から魔力を感じた話だったな」

「強引に話を戻しやがった」


 クリスの言葉を黙殺してジュリアンは続けた。


「カズキ、どういう魔力か分かるか?」

「うわー。無かった事にしようとしてるよ」

「クリス、黙れ。どうだ?」


 カズキは少し考え込んでから違う話を始めた。


「こいつらってさ、魔法を使わないよな?」

「そういえばそうだな。初代から数代の間は使っていたらしいが」


 カズキの言葉にジュリアンは頷いた。


「こいつらは魔力が結構高いんだよ」

「・・・・・・そうなのか?」

「ああ。身体能力強化の魔法ってあるだろ?」

「ないぞ」

「えっ」

「そんな便利な魔法はない」


 カズキは訳が分からなかった。何故なら使っている男を知っているからだ。

 そう、その男とは・・・。


「嘘だろ? クリスが使ってるじゃん」

「「は?」」


 兄弟二人の声がハモった。


「どういうことだ?」


 当のクリスがカズキを問い質した。

 自分が魔法を使っている、などと言われても自覚がないのだから当然の話だ。


「クリスってさー、戦ってる時とか急に速くなったり、剣で魔法を消したりするだろ?」

「ああ。それがどうした」

「あれは魔法を使ってるだろ?」

「違うな。あれは気合いだ」


 噛み合わない会話をする二人。

 ジュリアンは二人の会話を聞いて頭が痛くなってきた。

 それは、自分の弟が余りにも非常識な事をしでかしている事に対してだ。

 ジュリアンは溜め息を吐いてクリスに教えてやった。


「クリス。それは魔法だ」

「違う。気合いだ」

「違わない。ただの剣で魔法は消せない」

「ただの剣じゃない。ダマスカス鋼で作った名剣だ」


 ダマスカス鋼。それは簡単に言うと、超一流の職人だけが作れる錆びにくく、頑丈な金属の事だ。

 クリスのコレクションは、全てダマスカス鋼に限定されている。

 現存する技術では魔剣は作れない。そもそも、材料となる魔法金属自体が希少なのだ。

 運よく見つかっても、今度は加工法が分からない。

 それ故、クリスの剣探しは迷走しているのだった。

 ジュリアンは、クリスの勘違いを正すべく説明を始めた。


「いいか、クリス。魔法には魔法でしか対抗できないんだ」

「俺は出来る」


 クリスは頑なだった。魔法が使えないからこそ剣一筋でやってきたのだから。


「話を最後まで聞いてくれ。確かにダマスカス鋼の剣はいい剣だ。だが、魔剣ではないんだ」

「でも現に!」

「話を最後まで聞けと言っただろう。・・・・・・お前は剣で魔法を消す時に魔法を使っているんだ」

「俺は魔法を使えない。そもそも魔法には詠唱が必要だ」


 クリスの言う通りだったが、ジュリアンはカズキと話をしていたので知っている。

 それは・・・・・・。


「クリス、お前が使っているのは古代魔法だ」

「そんな訳ないだろ」

「本当だ。そうだろう? カズキ」

「古代魔法ってなに?」

「そこからか・・・・・・」


 ジュリアンはカズキに説明していなかった事を思い出した。


「簡単に言うと、勉強して覚えるのが現在使われている魔法だ。さっき私が使ったやつだな。これは、詠唱が必ず必要だ」

「そっかー。研究中じゃなかったのか」

「そうだ。そして、カズキが使っているのが古代魔法だ。詠唱はいらない」

「なるほど」


 ざっくりした説明だがカズキは納得した。


「理解してもらったところで、さっきの話だ。カズキ、クリスは魔法を使っているんだよな?」

「ああ。身体能力強化の魔法だな。俺が使うのとは少し違うけど」

「だが、俺はそんな物を習った覚えはない」

「なに言ってんだ? 自分で作ったんだろ」

「「は?」」


 カズキの言葉を聞いて、再び兄弟二人の声がハモった。

 意味が分からない。作ったとはどういう事なのか。

 カズキも困惑していた。自分の常識が通用しない事に。

 そして、面倒臭くなったカズキは画期的な解決法を二人に提示した。

 手のひらを上にして魔法を発動。するとそこに、細長いものが現れた。

 水晶である。資料室にある物と質感がよく似ていた。


「カズキ、何をした?」


 ジュリアンが呆けた顔をして聞いた。

 だが、カズキはジュリアンに答えずに水晶を突き出した。


「二人共。これに触ってみ?」


 二人は恐る恐る水晶に触れた。

 すると、物凄い勢いで、頭に何かが流れ込んでくる。

 ジュリアンはめまいを覚えてその場に蹲った。

 クリスは平然としている。


「カズキ、何も起きねーぞ」

「あれ? おかしいな。魔法が頭に浮かんでこないか?」

「さっぱりだな」

「ジュリアンはどうだ?」


 カズキがジュリアンに声を掛けたが、返事はなかった。

 クリスは心配そうな表情でジュリアンに声を掛けた。


「兄貴。大丈夫か?」


 ジュリアンは反応しない。

 仕方がないので肩を揺さぶってみると、物凄い力で跳ね除けられた。


「兄貴。一体どうしt」


 そこまで言いかけた時、ジュリアンが立ち上がった。

 口元に笑みが浮かんでいる。


「フハハハハハ! これが古代魔法か! 我はついに力を手に入れた! この力があれば世界を征服することなど容易い! カズキよ! よくやった! 誉めてやろう!」


 狂ったように笑うジュリアン。

 クリスは、兄の突然の変貌に驚きながらも、飛びすさって身構えた。

 そして、カズキは・・・。


「ジュリアン。楽しいか?」


 と、半眼で声を掛けた。

 途端に笑い声が止んだ。そして、ニヤリと笑うと言った。


「うむ。満足した。それにこういうのはお約束だろ?」

「それもそうだな」

「遊んでただけかよ・・・・・・」


 クリスは肩を落として呟いた。

 この二人はいつもこんな調子だった。

 こうやってクリスをからかって楽しんでいるのだ。


「さて、遊んでないで話を戻そう」


 自分でやっておいて平然と口にするジュリアン。


「カズキのお陰で色々分かった。クリス、お前が使っているのは、正確には魔法ではない」

「だから言ったろ?」

「まあ聞け。お前が魔法を斬るときに、何かイメージしてるだろう? 剣に気合いを乗せるとか」

「ああ、その通りだ」

「そして、カズキの言った『急に速くなる』時には、速くなった自分をイメージしてるだろう?」

「なんで分かるんだ?」


 クリスは不思議そうな顔をしていた。


「簡単な話だ。お前は自分の魔力をコントロールして身体能力を上げているんだ」

「良くわかんねえけど。じゃあ魔法を斬るときは?」

「剣を体の一部と認識しているはずだ」

「・・・・・・確かにそうかもな」

「カズキが魔法を使っていると誤解したのは、魔力を操っていたからだろうな」

「そういう事か」


 知識のないカズキには、魔力を操っているクリスが魔法を使っている様に見えたのだろう。

 何故なら、普通の人間はクリスのような真似ができないからだ。

 そして、古代魔法は実にいい加減な魔法だった。

 適正と一定以上の魔力保有量があれば誰でも使えてしまう。

 クリスは魔力は高いが適正はない。だが、彼独自のセンスだけで魔力を操ってしまったのだ。

 正に変態の所業である。


「あれ?」


 不意にクリスが声を上げた。


「どうした?」


 ジュリアンの問いに、クリスは首を傾げたまま言った。


「エルザも魔法を砕いてたぞ?」

「砕く?」

「ああ、メイスで」


 メイスとは、簡単に言えば鉄製のこん棒の事である。中でもエルザが使うのは、モーニングスターという種類だ。先端に棘を付けて星の形に見立てた、それはそれは禍々しい武器である。


「エルザらしい武器だが・・・・・・」


 失礼なことを言って、ジュリアンはカズキを見た。


「エルザも魔力を操れるのか?」

「出来ないぞ」

「じゃあ神聖魔法か?」


 神聖魔法とは、神に仕える者が使う魔法の事だ。

 本人の資質と信仰心に応じて、神が力を授けると言われている。

 主に、癒しや防御の魔法に特化しているのが特徴だ。

 エルザは高位の司祭だ。『聖女』と呼ばれる彼女なら、そんな芸当も可能な筈だった。

 だがカズキは首を振った。


「出来るけど普通に魔法を使った方が早いだろ」

「それもそうか。じゃあ、どういうことだ?」

「俺が作った」

「・・・・・・もう一度言ってくれないか」

「俺がねーさんの武器を作ったと言ったんだ」


 今日何度目かの衝撃に、ジュリアンとクリスは絶句したまま固まってしまった。

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