第6話 勇者の一族

 ランスリード王国の郊外に一つの施設がある。

 ランスリード魔法学院。通称学院である。

 学院の設立は約四百年前。当時、この世界は突然現れた邪神によって滅亡の危機に瀕していた。

 ある日、窮地に陥った人々にある神から神託が降る。異世界より勇者を召喚し、その力で邪神を討伐せよ、と。

 神託に従って勇者は召喚された。姓はサイトウ、名は伝わっていない。

 だが、勇者は弱かった。何故なら彼は、カズキと同じ現代日本人。戦いの訓練も受けていないただの人だったのだから当然の話である。

 そこで、神はある能力を勇者に与えた。

 その能力とは、という、どこかで聞いたことのある能力であった。

 しかも、ご丁寧に所持金が半分になるという、嬉しくないオプション付きである。

 この能力で勇者に経験を積ませ、いずれは邪神を倒せるといいな~、とゲーム感覚で付与した能力であった。

 勇者はゲームをやった事がない真面目な青年だった。そして、正義感が強かった。

 その為、何の縁もないこの世界で、何度も死にながら懸命に戦った。

 だが、現実はゲームのように甘くなかった。

 この世界にレベルという概念は無い。幾ら魔物を倒したところでレベルが上がって強くなる、などと言う事はなかったのだ。

 それでも勇者は努力した。しかし、力及ばず、ついに心が折れてしまった。

 だが、勇者の戦った時間は無駄ではなかった。彼が稼いだ時間で、邪神出現直後から研究されていた、封印の魔法が完成したのである。

 封印の魔法によって邪神の脅威は去った。だが、滅びた訳ではない。

 そこで、いずれ復活する邪神に対抗するための人材を育成する、という目的のもとに、各地から人材を集め、教育する施設を作ろうという話が持ち上がった。

 比較的被害が少なかったランスリード王国が土地を提供し、郊外に専門的な施設が作られた。

 そして、世界中から有望な若者が集められ、戦闘に必要なあらゆる技能を持つ人材の育成が始まった。

 一年が経った頃、問題が起こった。

 教育を受けていた若者が、故郷から来た親戚に聞かれたのが発端だ。


「何処で修業してんの?」


 そう聞かれた若者は愕然とした。

 自分達の修業してる場所に名前がないのだ。何処?と聞かれても、あっち、あそこ、あの建物としか答えようがなかったのだ。

 この問題は直ちに担当教官に持ち込まれた。

 教官も驚愕した。言われるまで気にしていなかった事に。

 そして、視察に来ていた各国の王達に報告した。

 国王達は絶句した。『まさか、そんな初歩的な事を忘れていたなんて』と。

 そして、会議が招集された。議題は勿論『あそこの名前どーしよっか?』である。


「これは由々しき事態ですな」

「ああ。早急に解決しなければならない事案だ」

「我々にはカッコいい名前を付ける義務がある」

「同感だ」

「では、始めよう」


 こうして会議は始まった。公務は全てそっちのけで、部下に丸投げである。

 そして、この馬鹿馬鹿しい会議は一晩経っても決着は着かなかった。


「もうランスリード王国にあるからランスリード訓練学校でよくね?」

「いや、学校よりも学院のほうがカッコいいと思わないか?」

「ランスリード訓練学院か・・・・・・。訓練がダサいな」

「防衛学院では?」

「それもちょっと・・・・・・」

「閃いたぞ! 魔法学院ならどうだ!」

「魔法学院か・・・・・・。イケてるではないか」

「うむ。なんとなく強そうだしな」

「賛成だ」

「では、正式名称は『ランスリード魔法学院』で決定ということで」

「「「異議なし!」」」


 こうして正式名称が決まった。魔法だけ学ぶ訳でもないのに魔法学院と付いたのは、国王達の徹夜明けのテンションのせいである。





 魔法学院への道すがら、由来についてカズキが尋ねると、クリスからこんな答えが返って来た。

 謁見の間での騒動から三日後の事である。

 寮の下見と、寮生活に必要な物の買い出しを兼ねてクリスと二人で街へ出てきたのだ。

 ナンシーは珍しく連れていなかった。気持ちよさそうに眠る姿を見て、断腸の思いで泣く泣く諦めたのである。


「この世界の王様ってバカばっかりなのか?」


 クリスからこの話を聞いたカズキは、物凄く失礼なことを言った。


「そんな事は無い・・・・・・ぞ?」


 クリスの言葉が途中から歯切れが悪くなった。

 気になってクリスを振り返ると、立ち止まって何かを見ている。そこには、とあるクジの当選結果が店先にデカデカと貼りだしてあった。


――――――――――――――――――――


種別      回数・記録・理由  

          払い戻し

   

デイリー       一回        

       酒場でツケを払えず土下座  

          1.1倍


ウィークリー     四回 

       酒場でツケを払えず土下座  

          256倍


レコード    記録更新 7分26秒           

         大賢者様激怒

         4678倍   

 

――――――――――――――――――――


 クリスは気まずそうに目を逸らした。

 カズキは興味深そうに眺めている。


「これがエルザ姉さんの言ってたやつか」

「エルザがなんだって?」

「俺のお陰で儲かったとかなんとか言ってた」

「いつの間に・・・・・・」

「レコードの倍率がすごいな。大賢者様ってのはそんなに怖い人なのか?」


 惚けた事を言っているカズキに、クリスは教えてやった。


「お前の事だ」

「何が?」

「大賢者はお前の事だ」

「嘘だろ?」

「本当だ」


 カズキは絶句した。まさか自分が大賢者などと御大層な呼ばれ方をしているとは思いもしなかったのだ。


「聞いてないぞ」

「今言った。似合ってるじゃないか」


 クリスは笑いを堪えながら言った。

 その時。たまたま通り掛かった女性がクリスを指さし大声で叫んだ。


「あっ! 剣帝様だ!」


 その声に人が集まってくる。カズキは咄嗟に店の中に退避した。


「ホントだ! 剣帝様、握手して下さい!」

「パレード見ましたよ!」

「ありがたやありがたや・・・・・・」

「あら~ん。近くで見ると凄くいい男ねぇ」

「うちで採れた野菜だぁ! 持ってってくれ!」

「エルザ様を紹介して下さい!」


 老若男女問わず、クリスに人が殺到してきた。・・・・・・一部変なのもいたが。

 クリスは無駄にイケメンなスマイルを振り撒きながら、一人一人に対応していた(スキンヘッドの大男に抱き付かれた時は悶絶していたが)。

 そして三十分後。ようやく解放されたクリスは、恨めしそうな顔で店の中を睨んでいた。隠れるカズキをしっかりと見ていたらしい。

 カズキはニヤニヤ笑いながらクリスに近づいて肩を叩いた。そして一言。


「お疲れ。剣帝様」

「お前なあ・・・・・・」

「どうした? 剣帝様」

「・・・ぅるせえ」

「ん? 聞こえねえぞ。剣帝様」

「うるせえ!」


 クリスはキレた。カズキは楽しそうに笑っている。そして、店主は怒っていた。


「店の前で遊ばれると迷惑なんですがねえ」

「「申し訳ありませんでした!」」


 二人は脱兎のごとく逃げ出した。





 二人が足を止めた時、巨大な門の前に立っていた。 

 門は開いていて、通り抜けると左端には頑丈な小屋がある。守衛の待機する詰所だろう。

 クリスが詰所に足を向けると、そこに一人だけいた男が、身構えてこちらを制止してきた。


「止まれ! ここはランスリード魔法学院だ! お前らみたいな貧乏人の立ち入りは許さん!」


 その男はクリスの顔を知らないのか、それともただの馬鹿か、今にも剣を抜きそうな雰囲気である。

 だが、二人は気にした様子もなく、のほほんと会話をしながら近づいて行った。


「なあ、学院の門番があんな高圧的な態度でいいのか?」

「良い訳ないだろう。・・・あいつ学生も威嚇してるかもな」

「責任感という感じでもなさそうだしなぁ。俺様がこの世で一番偉い! と思い込んでるとか?」

「ありそうだな。腐った貴族の子弟に多いタイプだ」

「おっ。よく見ると騎士団の制服に似てるの着てるな」

「カズキ、ビンゴだ。我が国最低最弱の戦力を誇る第四騎士団の隊長様のようだな」

「あいつら全滅したんじゃなかったっけ? なんでここにいるんだ?」

「上が戦死したから繰り上がりで隊長になったんだろう。あいつら、数だけはいるからな」

「なるほど。予備役の穀潰しが、隊長になって調子こいてるという訳か」


 二人は男の目の前まで来ても話を止めなかった。寧ろ、わざと聞こえる様に話している。

 何故か、詰所からは誰も出てこなかった。周囲にも人の気配がない。関わりたくないのか、或いは・・・・・・。

 そんな事をカズキが考えていると、顔を赤くした男が剣を抜いていた。そして、雑魚特有の台詞を口にした。


「貴様ら! サイトウ子爵家当主のマサト様に向かってそのような口を聞いて、ただで済むと思うなよ!」


 それを聞いた二人は合点がいった。

 サイトウ子爵家の歴史は古い。初代勇者の子孫であり、そして今では世界中の人々に嫌われている勇者の末裔である。

 初代は立派な人物として後世まで伝わっているが、子孫は最早ただのクズである。

 邪神には勇者の血筋の者しかダメージを与えられない、という謎の仕様になっていた。

 この世界の人々には分からない事であったが、邪神を生みだしたのは、勇者を召喚させた神だった。

 どこか他の世界から来たその神は、この世界の神が全て眠りについているのを良い事に、遊び半分で邪神と呼ばれる存在を作り、やはり遊び半分で召喚させた勇者と戦わせて、その様子を見て楽しんでいたのである。

 もし初代が死んでも(寿命には逆らえない)、子孫に同じ能力(呪い)を授けて、その様子を観察し続けようという迷惑極まりない遊びであった。

 だが、一つ誤算があった。邪神が封印されてしまったのだ。

 他の世界から来たその神には、邪神がいつ復活するのかが分からなかった。

 こりゃヤバイ。逃げよう。と決心した神は、邪神を放置してこの世界から逃げてしまった。

 途方に暮れたのはこの世界の神々である。目覚めた一柱の神が事態を把握した時には、元凶はすでに逃げた後。

 邪神をどうにかしようにも、この世界の仕組みに結びつけられていて手出しできなかったのだ。勇者の呪いも同様である。

 この世界の運命は、勇者の子孫達に委ねるしかなかった。

 だが、いつの頃からか、勇者の子孫は増長し始めた。


「俺らがいなくなったらお前ら困るだろ?」


 と言い出した子孫の一人が、大きめの街を支配して国として独立してしまったのだ。

 その名も、『勇者国家サイトウ』という、そのまんまな国名である。

 そして、それに同調した各地の勇者の子孫達も好き勝手暴れ始めた。

 ランスリード王国のサイトウ子爵家もそのひとつである。

 つまり、目の前の馬鹿はその一人と言う事だ。

 だが、邪神は倒した。もう遠慮する事はない。

 二人は視線を交わして頷いた。こいつは自分の置かれた状況に気付いていない。


「つまり、こいつは死に戻ってからここに配属されたと」

「ああ。確か降格された筈だが。・・・・・・成程。繰り上がった訳ではないのか」

「誰かの作為を感じるな・・・・・・。人の気配が無い事も含めて」

「ああ。恐らくあの人だろうな」

「勇者の血筋ってことは、殺しても死なないんだよな?」

「ああ。こいつが神殿で祈る筈がないから、戻る先は自分の屋敷だろう」

「そっちは手配済だろうな。ところで、こいつ何やったの?」

「ああ。こいつの愚かな指揮の所為で、有望な若者が大勢死んでいる」

「他にも色々な妨害してきたのもこいつか?」

「ああ。散々足を引っ張ってくれた。こいつの所為で戦争が長引いたからな」

「本国の勇者には意趣返しをしたが、こいつにはまだだったな」

「ああ。あっちはまた念入りにお礼するとして、今は目の前のこいつだな」

「・・・・・・さっきから、『ああ』ばっかりだけどそんなに恨みがあるのか?」

「ああ。殺さないと気が済まないレベルだ」


 カズキとクリスは話しながら目の前の男を睨みつけた。

 カズキはこの世界に来てまだ二年しか経っていない。にも関わらず殺る気満々である。本国の勇者と旅をした時の記憶が怒りを増幅させていた。

 マサト・サイトウは得体の知れない恐怖を覚えた。馬鹿なこの男は、目の前にいるのが、剣帝と大賢者だという事を知らなかった。

 勇者以外は人ではない。そう思っている人間が、王族の顔など覚えている筈もないから、当然の事かもしれないが。

 マサト・サイトウに、そこから先の記憶はなかった。

 クリスが視界から消えて、気付いた時には自分の屋敷に戻っていたのだから。

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