第7話 『剣帝』クリストファー

 クリスが軽く踏み込んで剣を一閃すると、マサト・サイトウの首が飛んだ。


「あれ?」


 首を刎ねたクリスが疑問の声をあげた。

 やったのは自分なのに、何故か驚いている。


「まさに神速の一撃。流石は剣帝だな」


 カズキが茶々を入れた。


「いや、お前は剣帝って言いたいだけだろ」

「何故分かった! 流石は——」

「それはもういい」


 カズキの言葉を遮ってクリスは溜め息を吐いた。

 そして、首を傾げて言った。


「わざと・・・・・・、じゃないよな?」

「ああ。全く反応できてなかったみたいだな」

「新兵でも反応出来る速度だったはずだが」

「そうなのか? ・・・・・・この国レベル高いな(国王アレなのに)」


 カズキは答えながらマサト・サイトウの様子を観察していた。

 すると、首なしの死体が立ち上がって転がった首を探すように歩き始めた。


「キモッ! なんだあれは」

「まるでゾンビだな・・・・・・。いや、首なしの騎士だからデュラハンか」


 デュラハンとはアンデッドの一種である。

 お行儀よく家の扉をノックして、開いたら、驚いた家人が扉を閉める前に足を隙間に突っ込み扉が閉まるのを防ぐ。その上で家の中をじろじろと見て一人を指差し、親指で喉を掻っ切る仕草をして恐怖に怯える顔を堪能する。その後一礼し、一年後にまた来ます。と言ってから扉を丁寧に閉じて、首の無い馬が牽く馬車に乗って帰っていく。建付けの悪い扉は修理までしてくれるという、不気味な魔物である。(魔法学院研究部刊・世界の魔物辞典・第三巻より)


「ぐるぐる同じところを回っているな。クリスは見たことあるのか?」

「あの状態は見た事が無いな。この前のは目に見えるレベルじゃなかったし」

「あー、アレね。アレはどうなったんだっけ?」

「お前が跡形もなく燃やしちまったからな。その後の事は確認しないで帰ったんじゃなかったか?」

「おー、そうだそうだ。よく覚えてるな」

「何でお前が覚えてないのかが不思議だよ」

「仕方ないだろー。帰る事しか考えてなかったんだから」


 様子を見ながらそんな会話をしていると、ようやく首を見つけたデュラハンは、大事そうに首を拾い上げた。すると、全身が黒くて禍々しい煙に包まれる。その煙が晴れた時、そこに黒い棺桶が置いてあった。死体は見当たらない。


「なあクリス。死体はやっぱりあの中かな?」

「そうだろうな。文献にあった通りだ」

「文献? そんなのがあるのか?」

「ああ。初代勇者が体を張って戦っていた時の記録が残っている」

「マジで? 誰が記録したか知らないけど、怖かっただろうなぁ」

「まったくだ。目の前で死んだ勇者が起き上がってウロウロしてたらトラウマ物だ」


 そんな話をしていると、学院の校舎の方から足音が聞こえてきた。

 金髪で細身の、眼鏡を掛けたイケメン。

 今回の件の仕掛人であろうその男が、一人でこちらに歩いてくる。

 ランスリード王国の第一王子ジュリアンその人であった。


「二人とも、ご苦労だったな」


 そして、辿り着くなりそう声を掛けてきた。


「ジュリアン。何故ここに?」

「マサト・サイトウをここに配置したのは私だ。お前達が学院に行くと昨日話していただろう? 今日はフローネは用事がある。あのクズを始末するのに危険な目に合わせる訳にもいかない。その点、お前達だけならば、万に一つも危険な事はない。ほら、今日しかないだろう?」


 カズキの疑問に、ジュリアンは悪びれもせずにそう言った。


「何が『ほら』ですか。つまり、いい機会だからあのカスの始末を俺達に押し付けよう。と、そういう事ですか?」

「その通りだ。お陰で楽が出来た」


 クリスの質問にも、やはりジュリアンは平然としている。


「でも、あの程度の雑魚なら、わざわざ俺達じゃなくても良かったんじゃない?」


 クリスが疑問を口にした。


「クリス。剣帝モードが解けているぞ」


 ジュリアンは疑問に答えずに謎の単語を口にした。

 クリスが頬を引き攣らせながら兄に尋ねた。


「・・・・・・剣帝モードって何?」

「剣帝モード・・・・・・。それは他人がいる時に『兄上、兄さん』などと、お上品な単語を口にしたり、敬語を使ったりする。その上、謁見の間の時のように、カズキから親父を庇ったりするような偽善者めいた行動を行う時のお前の仮の姿」

「あー、あれかー。あの時にクリスが庇ったのも剣帝モードが発動してたのかー」

「そうだー。主に周囲への印象操作の為に使われることが多いなー」


 二人とも何故か棒読みである。そして目が笑っていた。

 さらに、ジュリアンのナレーションが入る。


「カズキは疑問が解けたようなスッキリとした顔をしていた。おかしいとは思っていたのだ。あの場にはエルザがいた。やりすぎればエルザが止めに入る事はクリスには分かっていた筈だ。なのに、敢えて庇ったのはそういう理由があったのか、と」


 そして、二人してクリスを見ると、俯いて肩を震わせていた。怒りのあまり口が利けないらしい。


「クリスで遊ぶのはここまでにしておいて話を戻すとしよう。マサト・サイトウはアレでも勇者の子孫だ。鍛錬などしなくても生まれつきの強さを持っている。並の騎士では歯が立たない」

「あれ? さっきクリスは『新兵でも反応出来る速度だった』とか言ってたけど」

「あいつが新兵の教官をしていたのは五才の時だ。同じような感覚で剣を振ったとしても当時と今では実力の桁が違う。校舎で見ていた教官たちは誰もクリスの動きが分からなかった」


 どうやら魔法で覗いていたらしい。


「成程。つまりクリスは変態ということか」

「それを言うなら天才ではないのか? ・・・・・・いや、教官が目で追えない速度で動いたのだから変態と言っても過言ではないか。・・・・・・深いな」


 また遊び始めた二人に、キレたクリスが声を荒げた。


「深くねえ! 俺が変態ならお前も同類だ! カズキは見えてたじゃねえか!」

「ソンナコトナイヨー」


 カズキは目を逸らし口笛を吹いた。


「興味深い話だが時間が無い。最初のカズキの質問に答えよう。何故ここに来たかという話だが」


 クリスで遊んで満足したのか、ジュリアンは自分の目的を話し始めた。


「文献から勇者の能力についてはある程度判明しているが、の時に攻撃されるとどうなるか? という事を検証した者はいない。実はいくつか不可解なことがある。初代勇者はたいして強い男ではなかった。言ってみれば、死に戻りの能力があるだけのただの人だ。勿論、実戦を経験して少しづつ強くなってはいただろうが」


 ジュリアンは一度言葉を切って二人を見つめた。


「お前達のような一部の変態ならともかく、今の勇者の子孫達は、生まれつき強大な力を持つ。そこに例外は無い。これはどう考えてもおかしい事だ。何故勇者だけが強いのか。その秘密がを調べれば解るかもしれない」


 二人は話を聞いて納得した。何故ジュリアンがわざわざここまで足を運んだのか。

 確認の為にクリスが口を開く。


「つまり、その秘密が分かればゴミ共を弱体化できるかもしれない、という事か。・・・・・・変態は余計だが」

「そうだ。今まで奴らを野放しにしてしまっていたのは、邪神と戦える存在がこいつらだけだ、というのもあったが、単純に力で敵わない、という理由が一番大きかったからな。そういう訳だから、二人共、協力してくれ」

「「わかった」」


 二人は揃って同じ返事をしてから棺桶に向き直った。

 棺桶はまだそこにあったが、少し宙に浮いている。

 それを見たクリスが焦った声を出した。


「まずいな。時間が無い。このままだと飛び去ってしまう」

「飛ぶのか?」

「ああ、このまま上昇して、一定の高さになると高速で屋敷に飛び去る筈だ」


 カズキの疑問に答えたクリスは棺桶に斬りつけた。

 そして、カーン、と甲高い音がして剣は弾かれる。


「痛え! 手が痺れた! とんでもなく固いぞ!」

「魔法障壁だな。カズキの魔法ならいけるか?」

「難しいな。手段を選ばなければいけるけど」

「どういうことだ?」

「あの障壁は一定以上の威力を持った攻撃を、周囲に拡散して逸らす事で防ぐみたいだ」

「という事は・・・・・・」

「魔法を使うとここら辺が吹っ飛ぶ」

「それでは使えないな」


 ジュリアンの質問に答えながら、カズキは一つの疑問を抱いた。

 『棺桶なんだから普通に開くんじゃね?』と。

 そして注意深く観察すると、棺桶の上部に切れ込みが入っていた。それは棺桶を一周しているようだった。


「なあ、これ普通に持ち上げれば開くみたいだぞ」

「本当か?」

「ああ。ほら」


 クリスに答えて、カズキはそれを指でなぞった。微かに凹凸を感じる。

 クリスは膝をついた。


「「やーい。クリスの慌てんぼー」」


 カズキとジュリアンは、クリスに追い打ちをかけてから棺桶に向き直る。

 そして、二人で持ち上げようとしたが、重くて動かなかった。


「重いな。びくともしない」

「クリス。いじけてないで手伝ってくれ」


 ジュリアンは膝を抱えているクリスに声を掛けた。

 渋々立ち上がったクリスを加えて再チャレンジしたが、やはり動かない。


「さて、困ったな。・・・・・・こうなったら抉じ開けるしかないか」


 ジュリアンが言った。クリスの剣を見ながら。


「それしかないな」


 カズキが言った。やはりクリスの剣を見ている。

 クリスは二人の視線を受けて後退り、踵を返して駆け出した。

 そして、ジュリアンに足を引っかけられた。

 しかし、流石はクリスである。鮮やかな身のこなしで体制を立て直すと、そのまま明日へと走り出した。

 何故かカズキは追ってこなかった。一番危険な男が何もしてこない事に怪訝な表情を浮かべながらも、これ幸いと距離を稼ごうとする。だが、背後から聞こえてきた声にピタリと足を止めた。


「さて、始めるか」


 嫌な予感がして振り返ると、カズキが笑顔で手を振っている。その後ろでジュリアンが見覚えのある剣を棺桶に突き刺していた。

 腰に手をやると、慣れ親しんだ感触が無い。あの一瞬でカズキに掏られたのだ。ジュリアンを囮に使って。

 クリスはカズキの魔法を警戒していた。それ故に見事に裏をかかれたのだ。

 呆然とするクリスをよそに、作業は淡々と進められた。

 梃子の要領でゴリゴリと容赦なく剣を使っていると、蓋が少し浮き上がった。カズキとジュリアンはここぞとばかりに力を込める。すると、遂に蓋は開いた。同時に、パキーンと澄んだ音がして、クリスの剣が半ばから真っ二つに折れていた。


「「・・・・・・」」


 二人は沈黙した。そして、恐る恐るクリスを振り返る。

 クリスは無表情だった。そして、次第に全身が震え始める。

 震えが止まった瞬間には姿が消えていた。少なくともジュリアンにはそう見えた。

 だが、カズキは違ったらしい。即座に左手でジュリアンの腕を掴んで、無造作に放り投げた。


「空が近いな・・・・・・」


 瞬く間の出来事に理解が追い付かない。ジュリアンは自分の視界一面に広がる空を見て現実逃避気味に呟いた。そして、自分が信じられない程高くまで飛ばされたことを知った。目算で二十メートルはある。

あとは落下するだけだった。

 ジュリアンも魔法は使える。カズキを除けば世界有数の実力だ。それ故、この状況でも落ち着いていられた。

 カズキもそれを知っている。だからこそ、こんな真似をしたのだろう。


「【ウィンド・ランディング】」


 たった一言。それだけで魔法は発動した。落下の速度が遅くなる。

 効果を確認して地上に目を向けると、そこではクリスが鉄格子の様な物の中に閉じ込められていた。

 やはり剣を持たないクリスでは分が悪かったのか、勝負は呆気なくついたようだった

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