第3話 なんだかわからない怖いモノ


、というのはね、、ということだからね。だから人は知ることで、知ろうとすることで、恐怖を克服してきたのだね』


 私がまだ小さい頃のことを思い出す。


 おじいちゃんの家で泣いた私に、おじいちゃんがそんなことを言っていた。


 まだ私が小学校に上がるか上がらないかくらいの歳の頃。夏休みに、田舎のおじいちゃんの家で、私はおねしょ寸前で目を醒ましたのだ。深夜。おじいちゃんの家のお手洗いは田舎の家らしく、家の隅っこの、庭に面した細くて暗い廊下の突き当りにあった。


 廊下を歩くたび、みしり、と床が軋む。

 夏でもひんやり冷たい床板からは、妙な悪寒が足元から這い上がってくる。



 庭では鳥だか蛙だか虫だかが大合唱していた。



 人工の明かりのない墨汁を流したような闇の中から響く生き物たちの声は、どこか呻きような響きをもって、まだ幼かった私の心を揺さぶった。つまり泣いた。


 泣きながらようやく辿りついたトイレは和式。

 しかも汲み取り式。

 昭和の家だから仕方なかったとは思う。


 けれど、深夜の、昭和前半型のトイレは、小学生未満のお子様にはインパクトが強すぎた。視覚、聴覚、嗅覚を激しく揺さぶられたのを、今でも覚えてる。


 私は不慣れな体勢で用を済ませると、また恐ろしく真っ暗な廊下を覚束ない足取りで戻っていった。あてがわれた寝室――客間に戻る手前、居間にぼんやりと明かりがついていることに気が付き、私はそっと覗き込んだ。


 おじいちゃんが座って、テレビを見ていた。


 今思うと、別に何かの番組を見ていたのではなくて、ただテレビをつけていただけだったのだろう。


 おじいちゃんは私に気付くと、手招きをして私を膝の上に座らせた。テーブルの上のティッシュで無造作に私のぐちゃぐちゃになった顔を拭きながら、冒頭の言葉を口にしたのだ。


 当時はわからなかったけれど、なんとなくその言葉は私の中に残っていた。


 そして今、私の背後には、その、「なんだかわからない怖いモノ」が居るのだ。


 はっきりと、





 見える形で、








 自動車が、

 私の後ろを、









 ついてきている――

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