第18話「店員にため口のやつって何様なわけ?」
「あの、
「なによ。喋ってる暇があるなら早く探しなさい」
とある日の放課後、ひょんなことから俺は鬼塚に生徒指導室に連行されていた。
この生徒指導室というのは名ばかりで、実際のところ、
「いやぁ、もうかれこれ一時間は経ったし、そもそも本当にここで失くしたのか? そのクジラの背びれキーホルダーとかいうやつ」
「サメの牙ストラップよ! あれは水族館のオープン記念の限定品なんだから! もう二度と手に入らない代物なの!」
食い入るように突っ込んでくる鬼塚。
それに、どうやらいつだったかに聞いた鬼塚が水族館好きだという噂は本当らしい。
「で、それをどうして俺がわざわざ放課後、この薄暗い牢屋にぶち込まれて、半強制的に手伝わされてるわけ?」
「し、しょうがないじゃない! 他に頼れる人いないんだから! っていうか、あんたがコーラ買ってくれたらいいよって言ったんじゃない! 強制とかじゃないし!」
「ちょっと頼みがあるからって気持ち悪いぐらいニコニコしながら頼んでもいないコーラを差し出してくるからついてきてやったんだろ。道中ここに連れていかれるのを察して俺が帰ろうとしたら容赦なく胸倉掴み上げたのはどこのどいつだ!」
ことの真相を丁寧に説明しながら
「うぅ、そうよ、私が悪かったわよぉ……」
「あと三〇分探して見つからなかったら帰るからな」
今回のことはどう考えても自分のやり方に非があると一応自覚があるらしく、鬼塚は素直に謝罪の言葉を吐いた。
この六畳ほどの部屋をすでに一時間も這うようにして血眼で、それも二人係で探している。正直なところ、あと三〇分粘ろうが無いものは無いと思うし、結局なかった時のことを考えると時間を無駄にした感がどうしても否めないので、鬼塚には悪いが潔く諦めてほしいと言うのが本音だ。
サメの牙ストラップ——。それは鬼塚いわく、親指の第一関節程度(鬼塚比)の大きさで、牙というぐらいなのでちゃんと白い色をしているらしいのだが。
「あーもう全然見つからないぃ! あれ大切なやつだったのにぃ!」
「……」
このように一向に見つかる気配がない。
余程愛着があったのだろう、鬼塚は目尻に涙を浮かべながら頭を抱えてぺたりと座り込んでしまった。
だらんと床に垂れた自慢のロングヘアもすっかり夏モードで後ろに一本で繋がれていて、白く細いうなじがなんとも眩しい。
「……なによ」
「いや、夏は結ぶんだなと思って」
「はぁ? キモイんだけど、何処見てんのよ。死ね」
「よし、帰る」
俺がそう吐き捨てるなり、待って待ってと泣きついてくる鬼塚。
この状況からして、誰がどう見ても俺が被害者に見えるということを肝に銘じていただきたい。
というかいくら限定品と言えど、今の時代それぐらいネットを漁ればごろごろ転がっているんじゃないだろうか?
ふとそんなことが頭をよぎったので、いかにもそういうのに疎そうな鬼塚に提案してみる。
「鬼塚、フリマアプリって知ってるか?」
「ふれでぃーまーふり?」
どこのロックシンガーだよ。どんな耳してんだこいつ。
……悪口はすぐに聞き取るくせに。
「フリーマーケットアプリ、略してフリマアプリだよ。アプリに登録すれば、みんな好きなように自分の持ってるものを出品したり、誰かがそれを買ったりできるんだ」
それも知らんのか、と言いたい気持ちを抑え丁寧に説明してやると、自慢のツリ目をリスみたいに丸くした鬼塚がふむふむと頷いている。
「お金はどうするの?」
「コンビニとかでも払えるぞ。メールで番号が送られてくるから、それをコンビニにおいてある機械とかに入力するんだよ。出てきたレシートをレジに持って行くだけ」
「それをピッてするの?」
「そう、ピッってするんだ」
恐らくバーコードリーダーのことを言いたいんだろう、鬼塚は両手でバーコードリーダーを操作するジャスチャーをしながら訊いてくる。
不覚にも可愛いなと思ってしまった俺だが、いかんいかんと邪念を払う。本題はそこじゃない。
「ほら、あったぞ。これだろ? そのサメの牙の限定ストラップ」
自分のスマホにインストールしてあったフリマアプリを起動して、『サメ 牙 ストラップ』と検索をかけてみると、探していた品は意外にもすんなり出てきた。
「ああああ! これよこれ! 欲しい! いくら?」
丸くしたツリ目を宝石みたいにキラキラさせた鬼塚が食いついてくる。
ほぼ毎日と言っていいほどたまごサンドを食べる鬼塚のことなので、何となくこだわりが強そうな印象が強かったがどうやらそういうわけでも無いらしい。
中古品だと伝えた上で飛びついてくると、早速気になったのはその値段だった。
「ええっと……え、えぇ⁉」
俺が商品ページを少し下にドラッグして、その値段を確認してみたのだが。
「ん? どうしたの……げっ」
隣から身を乗り出して覗き込んできた鬼塚が、一気に眉を
それもそのはず、こんな値段は高校生が手を出せる範囲をとうに超えているだから。
「「じゅ、十五万……」」
こんな値段じゃ買えるわけもないし、この無謀な捜索活動はまだ続くんだろうなと絶望し、俺ががっくりと肩を落としていると、隣で鬼塚がスッと立ち上がった。
「……お、鬼塚さん?」
何やら腹をくくったかのように真剣な顔つきで、その眼差しはいつになく鋭い。
「バイトする」
「は?」
「アルバイト! する!」
——こうして、夏休みまで限定の、鬼塚のバイト漬け生活が幕を開けたのだった。
あれから数日。早めに登校してきた俺と海斗がいつものようにオタクトークに花を咲かせていると、疲れ果てて生気を失った、もはやゾンビと化した顔つきの鬼塚が登校してきた。
「い、
「あれはなぁ
渚高校の校則的には、基本的にアルバイトはどんな生徒にも許されている。例外があるとすれば、テストは全て赤点とか、そういうレベルのやつだけだ。
ましてや鬼塚の場合、生活態度、成績、共に先生達からは校内トップクラスの評価と信頼を得ているので、時間的な制約さえ守れるのならと二つ返事で許可が出たらしい。
「おはよう鬼塚、どうだ人生初のアルバイトは」
「……あぁ、おはよう、
鬼の風紀委員長「
「ちなみに、何のバイト始めたんだ?」
「……こんびに」
「そ、そうか……」
見ていてこっちが辛いレベルなので、これ以上の詮索はもうやめよう。そっとしておこう。
そしてその日から一週間、「今鬼塚を怒らせたらヤバい」、みたいな噂が絶え間なく聞こえてくることとなった。
国語の授業でたまたま当てられた鬼塚が沈黙の末、急にたばこの
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