第8話「ペンダコはマジでできる」

 溜まっていた今シーズンのアニメの消化と、学校からの課題に時間を費やしていると、休日はあっという間に過ぎ去り、月曜日。

「学校で化粧をするなと言ってるの。聞こえないの?」

 教室に入るなり、鬼塚おにづかがギャル軍団の一人の胸倉を掴み上げている光景が飛び込んで来る。

 珍しく俺より早く登校していた海斗かいとは、まじまじとその成り行きを見届けていた。

 海斗は俺が教室に入ってきたことに気づき、あくびをしながらこちらへとやってくる。

「おっすーいつき。見ろよあれ、今日もバッチバチ」

「おっす海斗。はは……まぁいつものことだろ」

 今はその場に剣崎けんざきがいないだけマシな気がする。

 鬼塚VSバーサス剣崎の場合、剣崎が容赦なく口答えするので、仲裁ちゅうさいが入るまでヒートアップし続けるというのがだいたいのパターン。

 と、いうわけで今回は。

「はやくしまいなさい。さもないと捨てるわよ?」

『——チッ、わーったよ……』

 鬼の手から解放され、言われるがままメイク道具を片付け始めるギャル。

 しかしながら、反省したというわけではないのだろう。

 風紀委員長『紅鬼あかおに』の面倒を避けるために一時的に引いたというだけで、今度は見えないところでやるはずだ。

 机の上を片付けながらも鋭い目つきで鬼塚を見上げ、鬼塚もまた動じることなく、仁王立ちで見下ろしている。

 ——鬼塚さん、そりゃみんな逃げますって。そんな顔してたら。

 事態はなんとか収束し、鬼塚も自分の席へと戻る。

 教室にはぞろぞろとクラスメイト達が入ってきて、その中にはギャル軍団のメンバーがちらほら。たった今制裁を加えられていたギャルの周りに連中が群がりはじめ、鬼塚を指しながら嫌悪の眼差しを送っている。耳打ちで何かを話し合っているが、その表情を見るに鬼塚の愚痴でも話しているんだろう。

『マジうぜーわ』、『死ねよ』、そんな単語だけ鬼塚に聞こえるようにわざわざ大きく発しながら、ギャル軍団は俺たちの横を通り過ぎて教室を出ていく。

 その時、俺は通りすがりざまに聞いたあるセリフにハッとする。


『——また閉じ込める?』


『いいねぇ! 今度はどこにしよっか』


 やっぱり、こいつらだったか。

 あの日、鬼塚を理科準備室に呼び出し、鍵をかけて閉じ込めたのは。

 まぁあれだけうるさく言われていれば、なにかしらやり返したくなるのも当然の話か。

 鬼塚の意外過ぎる二面性を唯一知る俺としては、なんとか回避させてやりたいところだが、面倒ごとに巻き込まれるのもまた同じぐらい嫌なわけで。

「なんだかなぁ……」

 そんなため息交じの俺のぼやきを、海斗が聞き逃すわけもなく。

「おうおう樹、まーた『紅鬼ファンクラブ』の顔つきだな」

 なんてことを言いながら、からかいの眼差しを向けてくる。

 先週の金曜は一日中これだった。

 そう思われても仕方ないのは自覚しているので、なんとも言い返しがたいのが現状で。

「——そんなんじゃねーけどさ」

 俺がそう返すと、海斗は「ははっ」と笑った。

 そのまま、俺は鬼塚の席へと向かう。

 ぼんやりと窓の外を眺めたままの鬼塚の背中が、なんだか今は小さく見えた。

「おはよう鬼塚」

 背後から声をかけられてびっくりしたのか、鬼塚の両肩がビクンと跳ねる。

「——お、おはよう影山かげやま君。どうしたの?」

 そして案の定、教室内の空気は凍り付き。

「……あー、ちょっと飲み物買いに行こうぜ。おごるからさ」

 居心地が悪すぎるため、俺は鬼塚を教室の外に連れ出すことにした。

「……こ、校則違反」

 ぼそりと呟いた鬼塚。

 俺の前では普通の自分でいようとしてくれているためか、困惑しつつもそのまま大人しく後ろをついてくる。

 その様子を、海斗は今日も遠くから不思議そうに眺めていた。


 ——ガコンッ。

 俺は自販機の取り出し口へ手を突っ込み、出てきた飲み物を鬼塚に投げ渡す。

「ほらよっ。いちごミルク」

「つ、つめた! あ、ありがとう……。で、でもお金の貸し借りは校則違反」

 まったく、相変わらずいちいち固いやつだ。

 見ねた俺は言い返す。

「借りるのが違反なら返せば帳消しだな。明日俺にいちごミルク買ってくれよ。まぁ120円なら何でもいいけどさ」

 すると鬼塚は、珍しく素直で。

「……わかったわよ」

 ぷいっとそっぽを向き、プシュッ——。早速いちごミルクの缶を開けた。

 そのままそっと缶に口をつけ、少しだけいちごミルクを口に含んだ後、コクリと小さく喉を鳴らす。

「美味しいか?」

「……ふんっ」

「そうか、よかった」

「んな! 何も言ってない!」

 ギリッ八重歯やえばをむき出し、ほんのり顔を赤くして威嚇いかくしてくる鬼塚。

 どうやら今日も機嫌が良いらしい。

「で、どうだったよ、『魔剣花回廊まけんはなかいろう』は。面白かったか?」

 俺が本題を切り出すと、鬼塚は途端にぱあっと明るい表情を見せ。

「うん! とっても面白かったわ! 『リズ』っていう女の子はヒロインなのよね? なのに途中で死んじゃうから、びっくりしちゃった。せっかく生き返ったと思ったら記憶がないみたいだし……」

 どうやらしっかりハマってくれたらしい。

 これは俺としても、うれしい限りで。

「うんうん、だよなぁ。俺も『ヒロインが序盤で死ぬ』っていう展開は今まで見たことなかったからマジでビビったよ」

「……そうなの? 影山君たちが好きな本はてっきり全部こういう感じなのかと思ってたけど、そうじゃないのね」

「まぁかなり珍しいよ。だからこそヒットしてるんだろうけどな。言うて俺も海斗に勧められて知ったんだけどな」

「へぇ、日村君が……」

 そう言って鬼塚は、また少しだけいちごミルクを飲む。

「話してみるか?」

「ひ、日村君と?」

「おう」

「……い、いいわよ! 余計なお世話!」

 ぷいっ。——またしても鬼塚はそっぽを向く。

「今ちょっと間があったけど」

「き、きき、気のせいよ! うっさい!」

 まったく、素直じゃないやつだ。

 こういう時の対鬼塚フレーズというものが、実は既に俺の中にはあって。

「じゃぁいっか別に。鬼塚が嫌なら、無理にとは言わないよ。余計なことして悪かったな」

 こっちが素直に引き下がる素振りを見せる。これに尽きる。

 すると案の定鬼塚が、何かを言いたげな顔で俺を睨む。

 いちごミルクの小さな缶をキュッ、と大事そうに両手で持ちながら、微かに頬を赤らめ。

「……に、逃げない?」

 上目遣いで、そんな心配を口にする。

 こういう鬼塚を見ていると、なんだか虐めたくなってくるもので。

「んー保証はないなぁ」

「なっ! なによそれっ! もういい! 知らない! 教室戻る!」

 怒る鬼塚を、俺はなんとかなだめる。

「冗談だって。海斗はそんな奴じゃないから安心しろ」

「ふんっ! どうだか……」

 ——ゴクゴク、ゴクリ。

 どこかいぶかし気な表情を浮かべた後、鬼塚は残ったいちごミルクを一気飲みする。

 正直な話一対一だと逃げられるとは思うが、まぁそんなことは言わないでおく。

 少し間を置いて、鬼塚が続ける。

「で、でも、その……今は別にいい。か、かか! 影山君がいるから! 今はいい!」

 耳の先まで真っ赤にしたかと思えば、そんなことを口にした鬼塚。

「……お、おう」

 かと思いきや、今度は急にムキになって。

「べべべ、別に! あんたがすす、す、すすす好きとか! そ、そういうことじゃないから! いい⁉ 勘違いしたらぶっ殺すから!」

 デレた後はとがらなければいけない——、この辺を本能でやってのける鬼塚はまさにツンデレのかがみと言っていい。

「別に勘違いはしねーよ……」

「う、嘘! 絶対嘘! 今ニヤニヤしてた! 鼻の下伸ばしてキモイ顔してた! ばっかじゃないの! わ、私先戻る!」

 めちゃくちゃな言いがかりをつけた後、鬼塚はくるりときびすを返し、スタスタと教室の方へと歩いていった……かと思うと。

 ——ピタッ。くるり。スタスタスタ!

 顔を赤くしたまま、もう一度自販機の前へと戻ってきて。

「……?」

「……缶、捨てるっ!」

 ポイッ——カランッ!

 飲み終わったいちごミルクの缶を投げ入れ、再び教室の方へと歩いていく鬼塚。

 最近何となく思ったことだが、鬼塚はちょっと抜けているところがある。

 そういう一面をどうして誰にも見せようとしないのか、そんな疑問が浮かび上がってくるのはいつものことで。

「教室まで競争しようぜ」

そんな鬼塚を、俺は走って追い越す。

「あ! ちょ! 走るなぁ! 校則違反! ……ちょっと! 影山くんってば!」

 自分が置いて行かれるのはやはり寂しいのか、鬼塚は早歩きでついてくる。


 その日の放課後。

 俺は鬼塚に、生徒指導室で千字超えの反省文を書かされたのだった。


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