第5話「開☆戦」


 ——翌日。俺はクッキーの感想を伝えるべく、鬼塚おにづかへ接触する機会をうかがっていたわけだが。

「……あぁ? なに? だりーからあっち行ってくんない?」

剣崎けんざきさん、いい加減授業中寝るのは止めなさい。これで何回目?」

「知らねーよ。ウチは鬼塚みてーに暇じやねーの。そんなんいちいち数えてらんないっしょ」

「寝てる暇があるのなら授業を聞けと言ってるの」

 鬼塚VSギャルは朝からヒートアップしていて、気付けば昼休み。

 特段珍しいことではないが、いつもに増して二年A組はめちゃくちゃ居心地が悪く、温度的な問題ではない肌寒さがクラスメイト達の不快指数を上げていた。

 そして昨日思いついたある計画も、当然ながら実行できていない。

「な、なんか今日のあいつら、今にも殴り合いとかしそうじゃないか? 剣崎も朝からの授業全部寝てたし……」

 椅子の背もたれを抱くようにして座りながら、今日はカツサンドを手に持った海斗かいとが言う。

「鬼塚って、やっぱ怖いんだな」

 何の気なしに抱いた感想だったが、海斗からしてみれば違和感の塊だったらしく。

「今更何言ってんだよいつき。そんなの一年前の今頃に言ったセリフだろ……。怖くない紅鬼あかおになんて想像できるか?」

 意外に可愛いぞ? 料理上手いし、笑うと八重歯やえば見えるし。

 もちろんそんなことを言うわけにはいかず、俺は黙ってカツサンドをかじる。——はむっ。

 むしゃむしゃ、ゴクリ。

「んー、まぁ確かにな」

 カツサンドを飲み込んだ後、俺は静かにそう答える。

 机の上にこぼれたキャベツの千切りをちまちま拾いながら、俺は少し間を空けて続ける。

「にしても、剣崎も今日はよく寝るよなぁ。一年の時からそうだったけど、言われてみれば最近多いな」

「朝は割とぴんぴんしてるし、他の連中ともきゃっきゃうふふで鬼塚が来るまではメイクとかしてんのにな……。でもあいつぐらいじゃね? 紅鬼に唯一反抗できるの。一部じゃあ『勇者剣崎ゆうしゃけんざき』とか呼ばれてるぞ。名前も『剣崎優紀けんざきゆうき』とか、男っぽくて強そうだしな。……まぁ本人には言えないが」

 ——『剣崎優紀けんざきゆうき』。二年A組カースト最上位ギャル軍団のかしら的存在。紅鬼に反抗できる強靭なメンタルを持つのは恐らく校内でも唯一こいつだけだ。前々からすごい奴だなと思ってはいたが、海斗によれば、その雄姿は渚高校なぎさこうこう英雄譚えいゆうたんとして細々と語られているのだとか。

 俺も初耳で、思わず口元がゆるむ。

「そりゃ本人には言えないわな。名前こそ男っぽいけど、ほら海斗、よく見てみろ……ありゃすごいぞ。漫画まんがみたいだ」

 言いながら、途中で耳打ちに変え、俺は剣崎優紀のある部分を指した。

「わ、わかるぞ樹。俺も前から思っていたが、あれはかなりのサイズ。とんでもないアニメちちだ」

 ……「アニメ乳」。海斗のわけのわからんネーミングに、思わず吹き出しそうになる。

 剣崎はカースト最上位に君臨するだけあって、ルックスもかなりいい。すっぴんは見たことないが、いつものギャルメイクバージョンはなかなかのもの。校内には男子のみならず、女性ファンも多いのだとか。テレビなんかでよく見るJKモデルには負けず劣らずのいい勝負だ。

 加えてスタイルも抜群。身長はその辺の男子と大差がないぐらいに高い。恐らく一七〇前後といったぐらいだろう。多分流行りの「白ギャル」というやつで、メイクの力もあってかかなりの色白。そして細身で巨乳。ワイシャツは第二ボタンまで開けて着崩しているため、その谷間がよく見えてしまっている。「風紀が乱れるから着崩すな」と毎朝鬼塚に注意されているが余裕のガン無視で常時このスタイルだ。ウェーブのかかった金髪は地毛なのかと疑うほどに奇麗でムラなく染まっていて、ピンクのシュシュでポニーテールにまとめられている。

「……樹、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」

「おう。待ってるわ」

 海斗は不自然に前かがみのまま、そそくさと教室を出て行った。

 胸元の主張が強すぎるおかげで、今日も剣崎の白いワイシャツにはうっすらと下着の柄が浮かび上がっている。

 視線を逸らし、俺は足を組み替えて前傾姿勢ぜんけいしせいを取り、残りのカツサンドを一気に頬張る。

「オタクに優しいギャル」みたいなテーマのラノベがめちゃくちゃエロいぞ、と昔海斗と語り合ったことがあるのを何となく思い出していた、その瞬間ときだった。


 ——ドガァン‼


 凄まじい物音が二階中に響き渡り、クラス全員の視線が物音の方向へと注がれる。

 他のクラスからは野次馬もぞろぞろとやってきて、辺りは一気に騒がしくる。

「……なにしてくれてんの? どっか行けって言ってんのがわかんねーのかよ優等生」

「いいから来いって言ってんの。授業もまともに聞けないバカは話が通じないから厄介ね。サルでももう少しお利巧りこうだと思うんだけど」

 どうやら鬼塚が剣崎の机を蹴り飛ばしたらしい。二人の周りには剣崎のものとおぼしき教科書やノート、筆記用具などが散乱している。

 居眠り一つでそこまでするのか、こいつ。

「おい樹、戻ってみればなんか大変なことになってんな。何がどうしたんだ。紅鬼のやつ、もうちから解放かいほうを使ったのか?」

 戻ってきた海斗は、今度はしっかり直立のまま二人の方を見つめ、目を丸くする。

「見ての通りだ。鬼塚がマジギレして剣崎の机を蹴り飛ばした。おかげで野次馬がすごい」

 ——今日は鬼塚に接触しない方がいいな。日を改めよう。

 心の中で冷静に悟った俺は視線を正面へと戻し、ひっそりと耳だけを傾けた。

「つーかさ、机、直してくんない? 他人の物蹴り飛ばすとか、風紀委員のやることじゃなくない? それこそ風紀乱れてんのわかんねーのかよ。バカでサルなのはあんたっしょ。ウチが寝てるよりもあんたが暴れてる方がよっぽど周りに迷惑じゃん?」

「好きなように言ったらいいわ。私はただルールを守れって言ってんの。組織に属する人間ならできて当たり前のことよ。それがなにもできてないからサルの方が利口だって言ってんの」


「いいから机、直せって」


「嫌よ。自分で直して生徒指導室に来なさい」


 ——これは過去一のドンパチ。

 聞いてるだけでも冷汗が止まらない。

 がしかし、このままでは一向に収集が付かない気もする。

 鬼塚を説得しながら剣崎の机を直し、片づけを手伝ってやり、丸く収める。そうやって中立の立ち回りで上手くこの場を収められる人間がこの場にいるとしたら。

 あの鬼塚を黙らせる——、つまりは鬼塚を言いくるめられる立場にあるやつだ。

 鬼塚が反抗しづらい相手、もっと言えば、よっぽど鬼塚と親しいか、逆に鬼塚の弱みとかを握っている相手。まぁ前者はいないとして、後者もなかなか厳しそうだ。

 ……いや、待てよ?

 俺は一昨日理科準備室にいる鬼塚を助けて、鬼塚は半泣きで腰を抜かしていて、不可抗力ではあるが抱き寄せてしまって。

 さらに昨日は手作りの激うまクッキーと昼のたまごサンドあーん事件があった。

 いや、「あーん」は盛り過ぎだが……。

 鬼塚の弱みを握っているうえで、現段階で一番親し気な奴。


 ——お、俺じゃね?


 なんて考えていたら、見て見ぬフリというのも妙に釈然しゃくぜんとしなくなってしまい。

 ——ガタン。

 俺が立ち上がり、二人へ注がれていた視線は一瞬にして俺へとシフトする。

「……? おいどうした樹」

 頭上にはてなマークを浮かべた海斗が、顔を引きらせて聞いてくる。

 まぁ見てろって、俺の雄姿をよ。

 決意を固め、俺は睨みあう二人の方を見つめる。

 すると二人もじっと俺の方へと鋭い視線を向けていて、その形相はまるで鬼そのもの。

「……と、とと、トイレ行ってくるわ」


 ——ごめん。やっぱ無理。

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