第4話「最近のJKはすごい」


 その日の夜。夕飯のカレーを家族の中で誰よりも早く食べ終えた俺は、そそくさと自室に戻るなり、卓上ライトのスイッチに手を伸ばした。

 カチリ——。深いオレンジ色が、ゆっくりと暗がりを照らしていく。

 いつもならこの光景に眠気を誘われ、気づいたら夢の世界にいたりするのだが、今日はそうはいかない。

 卓上ライトの真横にある真新しい文庫本を手に取り、その最初のページをぺらぺらとめくってみた。

 ——「魔剣花回廊まけんはなかいろう」、海斗かいとがくれた新作のライトノベルだ。

 鬼塚おにづかに没収され焼かれることもなく、こうして堪能できているのはまさに不幸中の幸いというやつで。

 そんな昨日のあれこれを考えていて、今更ながらに抱く疑問が一つ。

 昨日の放課後、鬼塚は二年A組の隣の理科準備室に閉じ込められていた。


 あれは一体、誰の仕業なのか。


 理科準備室は基本的に一部の教員しか立ち入らないし、科学関係の教材や資材を保管するだけの場所であるため、外側のドアノブにしかロックが付いていないのだ。

 そして鬼塚は、「放課後理科準備室に来て」というメモを受け取り、部屋に入った後、何者かに鍵をかけられたらしい。

「……どう考えても嫌がらせだよなぁ」

 そうとしか考えられない。

 鬼塚紅音おにづかあかねという女は「紅鬼あかおに」と呼ばれ、うちの学校では誰もが恐れる鬼の風紀委員長だ。

 しかし実際のところ、全員が全員怖い怖いと怯えているわけではない、という話なのだろう。

 言い方は悪いが鬼塚は敵が多い。というか敵しかいない。それも、見てきた限りの話だが自ら敵を作りに行くというスタンス。本人はその学校生活を「楽しんでいる」と言っていたが、どう考えてもただ強がっているようにしか思えない。

 どうしてそこまでしてたかだか「校則」を徹底させるのか、甚だ疑問ではあるが……まぁそれはいいとして。

「ふわぁ……」

 プロローグを読み終わったあたりで、早くも睡魔に襲われる。

 しかも余計なことを考えていたせいか、頭の中ではさっきから、鬼塚が武装して魔剣を振り回している。

「魔剣花回廊」は主人公の「レンリ」という少年が、異世界のとある花畑に飛ばされてしまうところから話が始まる。花畑がとても奇麗なのにそこら中には死体が転がっていて、レンリはその様子に発狂する。そして何体かはまだ生きていて、レンリが襲われそうになったところに、「リズ」という赤髪の女剣士が助けに来る。そしてあちこちから湧き出て来る敵を、リズが次々に斬り伏せていくのだ。

 なかなか読み応えのありそうなダークファンタジーだ。

 しかもこれを、俺と同じ現役の高校生が書いているらしい。それも女子高生が、だ。俺の想像する女子高生というのは毎日友達と連れションして、顔が良い男の話で盛り上がり、放課後は毎日大して美味しくもなさそうなタピオカなんとかを飲み歩く、「痩せたい」が口癖の生き物だ。それが何をどう間違ったらラノベの新人賞なんかを受賞するんだろう。

 キャラクターのデザインも俺好みで、ここから先が非常に気になるところではあるが、今日は限界な気がする。

 きっとこの作品のヒロインはリズなんだと思うが、今俺の頭の中ではリズが鬼塚に変わってしまっているわけで……。

 あれがメインヒロインとか、どう転んでもそれはないだろう。

 心の中でぼそりと突っ込みながら、俺はふと思い出す。

「そういえば……」

 ごそごそ——。帰宅してすぐハンガーにかけた、制服のポケットを漁る。

「よいしょっと、あった」

 出てきたのは、赤いリボンで縛られた小さく透明な包み。

 今朝、鬼塚からもらった手作りクッキーだ。

 女子の手作りのお菓子を食べるのは人生初。そう考えると、少し緊張した。

 リボンをほどき、ランダムで中から一枚取り出してみる。——こんがりと焼き色が付き、奇麗に成形された星形のクッキーはなんとも美味しそうだ。

「……いただきます」

 ——サクリ、と軽やかに砕ける音がして、バターの香りが口いっぱいに広がる。

 もぐもぐ、ゴクリ。

「あいつ、料理上手いんだな……」

 ぱくり、ぱくり。

 美味すぎて手が止まらない。

 気が付くとクッキーはあっという間になくなっていた。

「めちゃくちゃ美味いじゃん……」

 こうして俺はあの鬼塚にあっけなく初めてを捧げ、あっけなく胃袋を掴まれてしまった。


 鬼塚クッキーに感動した後、すぐに風呂を済ませた俺だったが、さっきの眠気はすっかりどこかへ消えてしまっていることに気づき。

「あ、そうだ」

 再びラノベに手を伸ばし、プロローグの続きから読み始める。

 ヒロインのリズはもうちゃんとリズだ。今は俺の脳内では、鬼塚と言えば料理上手な女の子。細剣二刀流で返り血まみれになるリズとはちゃんと区別がつく。

 読み始めてから二時間経つか経たないかという頃、物語はすでに一巻の最終章。

 内容がめちゃくちゃにおもしろかったためか、そのままあっさりと読み切ってしまい。

「——現役女子高生作家『花蓮』、恐ろしいな」

 心の声がつい漏れてしまった。というのも、それぐらい感動したからだ。

 こんな名作を産んだどこぞのJKに、感謝の意を表したい。

 となればますは……。

「『最高だったぞ』、と。これでいいか」

 俺はスマホを手に取り、海斗にメッセージを一通飛ばす。

 鬼塚のクッキーに続き、「魔剣花回廊」にもどっぷりとハマってしまった。

 ——ピロリン♪

 起きていたのか、海斗からの返信は思いのほか早かった。

『だろー? 明日、もっと聞かせてくれ!』

 俺がハマってくれたのが嬉しいのか、海斗も上機嫌なのが文面から感じ取れる。

 こういうオタク友達がもう何人かいたら、多分もっと楽しいのかも知れない。

 なんとなくそんなことを考え、俺はあることを思いつき。


『これ、読ませたいやつがいるんだけど』


 そう海斗に返信し、俺は通学用のリュックにラノベをしまい込んだ。


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