第50話 バニング伯爵領

 馬達もひと段落したので、また道程を進む。

 山道を降り、私達は目の前の大きな町を目指した。

 砂漠のオアシスのような立ち位置の町だったが、雰囲気はどちらかというと、中東よりも東側にある国々の、ああいった山間部にあるような町のイメージであった。

 町に入ろうとすると、やはりどこでもあるが門と門番の方がいらっしゃって。

「身分証を見せて貰えるか」

「こちらで」

 今日の御者はアシンさんだ。

「ふむ。ん、後ろは人が乗っているのか?」

「ええまあ。冒険者でしてね、そこそこ人がいるんで荷馬車を」

「なるほど。ん? んん~?」

 門番さん……ざっと顔を見て、とある人物の顔を見て首をひねる。

 そう、ギンシュだ。

 ギンシュは真っ赤になりながら必死に顔を見られないようにしている。

 いや無駄でしょその赤髪めっちゃ目立つから。

「ま……まさか……お嬢!? お嬢ではないですか!?」

 ビクン! と反応するお嬢ことギンシュ。

「やっぱりだ! お嬢だ! お嬢が帰ってきたぞぉおおお!!」

「なにっ!?」

「本当か!?」

 城門からわらわら出てくる兵士達。えっどゆこと!?

「お嬢お帰りなさいませ! お待ちしておりました!」

「元気にやってましたか!?」

「母君様は壮健でいらっしゃいますか!?」

 よってたかって質問攻めだ。

「あぁ……もうバレてしまった……だから余り来たくはなかったのだ……」

 ギンシュちゃん頭抱えてる。

「なんか……すごいね」

「ですぅ」

 荷馬車は動けなくなってしまった。

 後ろに若干並んでる人達にも申し訳ないなぁとか思ってたら、並んでる人達からも

「お嬢が帰って来たって本当か!?」

「お嬢! お帰りなさいませ!」

とか人がやってきた。えっどんだけお嬢人気なの!?

 しまいには万歳三唱が始まった。うそだろ……ここ、まだ町に入っていないんだぜ……?

「こんなことならミレイやリンドゥーの顔を誤魔化す魔道具をつけておくんだった……まさかここまですぐにバレるとは……」

「いやその赤髪は目立つでしょ」

「なんだい、アンタは自分がどれくらい人気なのかも分かってなかったのかい?」

 呆れた顔で突っ込むシグさん。

「流石にここまでとは……」

「よっし決めた!」

「エリィ!? どうしたのだ!?」

「アシンさん! この幌って頑丈に出来てる?人乗れる?」

「え? まあ多少は、っておい何する気だ!?」

「パレードみたいにするの!」

「エリィ、それでは分からんぞ!?」

「向こうから来る前にこちらから見せつけてやるのだ!」

「良く分からんがろくでもないことになりそうなことだけは分かるぞ! っておい何をする!?」

 私はギンシュを後ろから羽交い絞めにして持ち上げ、そして【風魔法】を使って荷馬車の外に飛び、そして幌の上まで運んで、ゆっくりと下ろした。

「じゃあギンシュちゃん、そこでにこにこしながら手を振って」

「う、嘘だろぉエリィ!? こんな所にいたら皆に見られてしまう!」

「一人一人挨拶してたら終わらないから! これでゆっくり進むから大丈夫!」

 私はそう言い残してアシンさんの座る御者台へ。

「アシンさんゆっくり進んでね。私は声上げるから」

「嬢ちゃんってよぉ、こういう時は見境がねぇよなぁ」

「私は一番楽な方法を使ってるだけ。さっさとご実家訪問したいし」

「まあ、俺に被害が出なきゃいいや。好きにやんなよ」

「ありがとっと。はいはーい! お嬢ことギンシュ=ライ=バニング様のお帰りだよー! 今なら馬車の上に座るお姿が拝めるよー!」

 私が声を張り上げるとぞろぞろ出てきた。すげぇ。

「おいエリィ! きっ貴様ぁ……許さんぞぉ!」

「はーいギンシュちゃんは笑顔よろしくねー」

「くっ……なんだこれは……恥ずかしすぎるではないか……」

 そう言いながらもぎこちない笑顔を振りまきながら周りの人に手を振るギンシュ。


「お姉さまぁ……やり方がエグいですぅ……」

「なぁ……主様っていつもあんな感じか?」

「割とそうですぅ」

「アタシは……道中の町や獣人族の集落では被害に遭わなかったけど」

「多分まだちょっと遠慮してたんですぅ」

「そ、そうなのか?」

「えっと……夜に襲われてないですから」

「へ? ってことはつまり……」

「リンドゥーが同じ目に遭ったら、多分今より容赦なくなると思うですぅ」

「ひいっ!? 私これでも元王族なんだけど……」

「そんなの関係ないですぅ。多分ミレイも……はぁ、憂鬱ですぅ」

 怯えるリンドゥーにため息をつくミレイ。そんなミレイにリンドゥーは疑問符を浮かべる。

「ミレイ様のご実家なら問題ないのでは?」

「言いたくないですぅ」

「な、なら聞きませんけど」

 そんな堅苦しいリンドゥーに、シグさんはにやにやしながらツッコミを入れる。

「ってか王族なのに敬語なのな」

「し、仕方ないでしょう!? 逆らったら……これ以上逆らったら私……帰ってこれなくなっちゃう……」

「あぁはいはい。しなを作るなよ気持ち悪ぃ」

「うっうるさいわね! アンタも見たでしょう……はぁんっ♪ 思い出したらまた……」

「駄目ですよぅ。あなたのは既にお姉さまとミレイの『モノ』ですからぁ……あなたは自分で触れないんですぅ」

「わんっ♪ あぁなにこれ……自分のなのに自分で触れないなんて……なんて惨めなの……」

 そんなぐずぐずになってるリンドゥーに、シグさんは軽蔑の目をしながら。

「お前……そういうやつだったのな」

「わ、私だって知らなかったわよ……でもエリィ様に……ご主人様に……教えて頂いたの……」

「シグさんも、新しい扉を開くかもしれないですよぉ!?」

「い、いやだぜそんなのは!?」

 ビビるシグさんを脅かすミレイとリンドゥーの二人。この点においては二人の方に一日の長がある。

「いいとかいやとか、もうそういう問題じゃないのよぉ。『逆らえない』から」

「ひいっ!?」

「そうですよぉ……お姉さまの本気……『スンゴい』んですからぁ……」

「ひゃああっ!?」

「あのぉ……」

「「「ひゃいっ!?」」」

「一応、男の僕もいるんで……その手の話は勘弁していただいても」

「アンタ、使い物にならないじゃない」

「はうっ!」

「奴隷の身分で何ホザいてんだよ」

「ぐふっ!」

「それに今更そんなこと……もうこの馬車の中はぁ……何でもアリの女の園ですぅ……ハジメも、散々見せられましたもんねぇ……ほらぁ……ほらぁ……」

「ああああっっごめんなさいごめんなさい僕が悪かったですぅ!! ……うぅっ」



 俺御者台で良かった、と後ろの音を聞きながらアシンさんは心底思ったとか。

 私は後ろでいちゃついてていいなぁって思ってた。

 ハジメ君、可愛いよね。いじめ甲斐があるんだよねぇ……いや痛いのとか傷つくのは駄目だよ?

 でもさぁ……性的なのなら……いいよね?

 もう二度と普通のじゃ満足できなくしても……いいよね?

 だって私の奴隷だもんね? 私が自由にしちゃっても……いいよね?

 今夜も楽しみだなーっと。



 さて。町の中央は大きな市場があったが、今夜の宿は、北に見える大砦である。

 なにあれ。ごっついわぁ。ってか壁が凄い。

 両側からせり上がってくるような岩肌というかもはや崖があり、その間を塞ぐように砦が築かれている。

 しかもこの砦が、門としても関所としても、そしてこの伯爵領の領主のお屋敷としても機能しているもんだからびっくりだ。

 どうやらいつ戦時になっても領主にすぐ連絡が行き、なおかつ防衛戦を戦えるように、なのだとか。

 いやそれにしたってこれは落ち着かないでしょ……ここで今夜……するの? えぇ……。

 とか阿呆なことを考えながら馬車を馬場に止めて、皆様おりおり。

 幌の上にちょこんと座っていたギンシュちゃんは涙目であった。

「エリィ……きさまぁ……私が空を……空を飛べたなら……ぐうっ……」

「いや飛べるじゃん。教えたでしょ?」

「それは……そうだが……」

「あ、やっぱりギンシュって、高い所が怖いの?」

 ビクン、と露骨に反応された。やっぱりそうなのか。

「ごめんね。今日は怖くなかった?」

「……すんごくこわかった。こわかったよぉ……」

 あっなんか甘えてきた。かわええな。よしよししちゃる。

「そうかぁ。ごめんねぇ。ギンシュはよく頑張ったねぇ。よしよーし」

「ふぅううぅん!」

 よーしよしよしよし。あぁもうギンシュかわええなぁ。やっぱ実家だとちょっと肩の力が抜けるのかな?

 そう思って一通り満足させて、二人で地上まで降りると。

「やぁギンシュ会いたかったぞ。もう上での密会はいいのか?」

「すっすすすすスオウ兄さん!? なぜここに!?」

「なぜって愛しいギンシュが帰ってきたと聞いてはな。居ても立っても居られんよ」

 そう言ってぎゅっと抱きしめる。わーおお熱いねぇ。

「本当に……よく……戻って来たな……」

「スオウ兄さん……」

「あの……母上から……よく無事で……」

 皆の暖かい目線が、一気に残念な兄妹を見る目線になる。

 そうだよねーそういう感じだよねー。

「はい……いや……あまり無事では……」

「何を言う!? 自我があるだけでも儲けものだぞ!?」

 どんだけ『怪物』扱いなんだよ母上。

「父上とサンゴ兄上はどちらに?」

「ん? 会ってないのか? そうかすれ違ったか……二人とも王都だ」

「それはまた何故?」

「召集だ。なんでもあの『なかれ王』が一念発起したとかで、全国の貴族を集めて色々と動き出すらしい。まあやる気になってくれるならいいことだがな、厄介事だけは勘弁だ。サンゴの奴も騎士団で大規模な動きがあるらしくてな」

「そうですか……」

「なぁに、ギンシュの事は俺がきちんと報告しておくからよ、それよりもだ、元気にしてたか?」

「ええ」

「しっかりと食べてるか?」

「はい」

「今日の下着の色は?」

「今日のは黄色と桃色の組み合わせのものです」

「ちょっと待ったぁあああ!!」

 二人の久々の再開に水を差す私。

「お姉さま、今のは流石にどうかと」

「『どうかと』じゃないよ! 何いまの!? なんで普通に下着の色とか聞いちゃってるの!? おかしいよ!?」

 私の反応に皆『え?』みたいな顔してる。なにそれ私がおかしいの!?

 とか思ったけどハジメ君だけはうんうんと頷いてくれてる。よかったー一人じゃなかったー。

「ハジメ、そういう時はお姉さまに無理して合わせなくてもいいですよ」

「えっ? いや別に」

「お姉さまの非常識っぷりは今に始まったことじゃないですぅ」

「私がおかしいのぉおおお!?」

「久々に実家に着いたら下着の色を教えあうのは貴族の嗜みの一つですよ、ご主人様」

 リンドゥーにフォローされてる私。

「……そうなのぉ?」

「そうですぅ。だから毎日の下着には皆、とても気を遣うですぅ。色や形によっては相手を傷つけたりしてしまうですぅ」

「そおなのぉ!?」

 ああもうこの世界のエロっぷりにはついていけませんわぁ!

「親愛の証だったり情熱の証だったり、場合によっては履いているのと違うものを答えて、相手を拒絶したりと、色々な掛け合いがあるのが貴族の世界ですぅ」

「ちなみに……そこのリンドゥーみたいに履いてないのは、いつでもあなたを受け入れるから、いつ襲っても大丈夫よっていう証さ」

「ちょっとシグ! どうして知ってるのよ!?」

 思わず股間を抑えるリンドゥーさん。えっそうなの!?

「いやあれだけ発情した匂いをまき散らしてたら誰だって分かるだろ。おまけに主様は知らなかったみたいだしな」

「あぁ……バレちゃったぁ……バレてないのに気付いてそうやってるのに襲われないゾクゾク感を味わってたのにぃ……」

 おいもう駄目だろこの元王族。いや駄目にした一旦は私にあるんだけど。

 とか思ってたら横で凄い温度が下がる音がした。もう一度言うけど、温度が下がる音がした。

 もうそっち向きたくない。

「へぇ……」

「ぴゃっ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃいいいっっ!?」

「発情した犬には『おしおき』が必要ですよねぇ。私も『主人』ですから襲っちゃってもいいかですぅ?」

「ひゃぁああああああ!?」

 こわっ。

「今度は一ヶ月くらい試してみるかですぅ!?」

「し、死んじゃうぅ! 死んじゃいますからぁ!! 許してえ!!」

 あーあー。あれ私も絞られるのかなぁまた。

「師匠、この世界の常識おかしくないですか?」

「そもそもエロ妄想で魔法使える時点で、色々とおかしいのよねぇ……」

「確かにそうですね」

「でもまあ、この世界にいる以上は従うべきだと思うの。私達は所詮、異分子なんだから」

「なるほど。それはそうですね。文字通り常識が違うんですから」

「そゆこと。頭を柔らかくしないとやってけないから」

「分かりました。私も気を付けます」



「とはいっても、今晩の主役は彼女かねぇ」

「そうですぅ」

 皆がギンシュの方を見た。ギンシュはお兄様と話しながら、顔を朱くしていた。

「ギンシュが主役って、どゆこと?」

「彼女の下着は黄色と桃色ですぅ」

「それが? あっそれが意味があるってことなの!?」

 皆が私の方をじっと見る。えっなに? 私になにかあるの?

「親しい人には『今日は大事な日だから邪魔しないで』そして目的の相手には『今日は私の一世一代の勝負の日。はじめてだけど優しくしてね』って感じですぅ」

「相手って……あ、」

 私!? と私は自分を指さすと、皆がこっくり頷いた。



 えっ ちょっと


 ギンシュぅ!?

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