第43話 偽の落し子

 そんな訳で私はスラム街の色々な場所へ連れていかれては、そこで様々な人の治療を行った。

 病気で寝込んでいる人は【鑑定】して【光魔法】を発動して、更には元気になれるように食べ物を渡して。

 腕や足が無い、部位欠損の人も同様に【鑑定】して、それで反対側の腕や足を調べながらある意味コピーというか模倣するようにして、しっかりとイメージを行って【光魔法】を発動した。

 ……人間、案外やれば出来るものだな、と思ったが、それで何とかなった。

 結構な人から泣くほどに感謝をされ、なんか申し訳ないなと思った。

 だってこれは、私が努力の果てに手に入れたものではないのだから。

 私は間違いなく、この世界で最も苦労をせずに力を手に入れてしまった人間の一人だ。

 魔法を使えば使うほど、時々強烈に自分を惨めに思う時間がやってくる。

 でもこの力で、誰かを幸せにすることが出来れば……きっとこの力も報われてくれる……そう信じている。

 そんなこんなで結構な人を一日で治せたと思う。


「ふぅ……もう……いいですかね……」

「おいアンタ大丈夫か!? 流石に一日でこの人数は無茶だろ!?」

「いやぁでも……なんか……皆が泣いて喜んでくれるのが……嬉しくて……」

「それにしたって張り切りすぎですぅ! お姉さまが倒れちゃいますぅ!」

「でも今日は……進展もあったし……もう……あの人もなんとか……なりそう……」

「もういいから嬢ちゃんは寝とけ。俺がおぶっていくから」

「助かり……ます……」

 ちょっと頑張りすぎてしまったようだ。ぶっちゃけると頭くらくらする。目がかすむ。

 魔法の使い過ぎもそうだが、単純に体力ギリギリまで追い込んでしまったみたい。

 ウォンさんに背負われて、結局ファット大商会の前まで運んで貰った。

 その間に少しは回復出来たみたいだ。流石にこの手の体力は回復出来ないっぽい。まあ疲労だしね。

「ありがとうございます。ちょっと元気出てきました」

「嬢ちゃん……あんまし無茶はすんなよ」

「はい。今日は色々勉強になりました。次はいつ行けるか分かりませんけど……なんかあったら、力になりますので」

「何言ってんだよ。今回助けられたのはどう見てもこっちだろ。俺らスラムのもんは、皆嬢ちゃんに感謝してるはずだ。嬢ちゃんこそ、困ったことがあったら言ってくれ。金以外だったら何とかなるからよ」

「はい。ふふっ」

「じゃあな! 最初は疑って悪かったよ。気ぃつけてな!」

「はーい! ウォンさんもー!」

 ウォンさんはあっという間にかけていった。はやっ!

 ……なんであの人スラムなんかにいるんだろ。

「冒険者とかやればいいのに。勿体ないなぁ」

「ん? あいつは元冒険者だぞ」

「え、そうなんですか!?」

「獣人族は冒険者とか用心棒とか、そういう体を使った仕事くらいしかアテがねぇのさ。まあ、そっちで有名になっちまった御方がいらっしゃるからな」

「……北の氷結姫様のこと?」

「ご明察。ガキの頃から皆あの人に憧れるんだ、って冒険者時代に獣人族の奴らから、酒を片手によく聞かされたもんさ。まあ逸話も伝説も、あの人はズバ抜けてるもんなぁ……本当に獣人族からは神のように慕われてる御方よ。町に教会に出てきた獣人族が氷結姫様の加護が欲しいって教会の人に言って、そんな神様はいないって言われてあわや血の海になりかけた、って話もあるくらいで」

 何それ。どんだけなの氷結姫様。

「……なんか、聞けば聞くほど凄いお方をどうこうしようとしてたんですね私達」

「ん? 北の氷結姫様がなんかあんのか?」

「えっ!? ……いえいえいえいえ。なんにも?」

 そうだった氷結姫様の件ってアシンさんは聞いてないんだった。どうせ当日分かるんだから今は黙ってよ。

「なんだよ、気になるなぁ」

「まあそんな大したことじゃないですから。それよりも王都を出発する準備をしないと」

「確かにな。あと何かやることは残ってるのか?」

「今日これから、例の『自称【賢者】』の彼と面会して、で大丈夫そうなら奴隷契約して、それでほぼ終了ですかね」

「そうか……いよいよ王都ともおさらばか。さみしくなるなぁ」

「アシンさんって王都は結構長かったんです?」

「まあ、な。船乗りはじめてそこそこ経つしな。そんでこれから西、か……」

 なんか遠い目をしてる。

「なにか?」

「いや、なんでもねぇ。じゃあ例の奴隷がもう着いてるか、確認してみようぜ」


 中に入って店員さんに確認してみると。

「ええ。大旦那様が直々にギルドに伺いまして、既にお待ちですよ」

とのことだった。

「それは良かった。案内して貰えますか」

「勿論です。こちらへ」

 案内されたいつもの部屋では、マンジローさんはソファに、そして例の『偽の落し子』こと『自称【賢者】』の彼が地べたに座らせられていた。

 というかマンジローさんが首輪に繋がった鎖を踏んづけているので、強制的に土下座をするような恰好になっている。

 がっちり後ろ手で、そちらにも鎖が繋がれていて、随分厳重な扱いだ。

「お待たせしました」

「いえいえ。こちらとしてはもう少し時間が欲しかったところで……彼ですが、未だに自分がどのような立場に置かれてるとも知らず……フン」

 そう言ってマンジローさんは鎖を踏んづけていない方の足で、彼の顔を蹴った。

「ぐふぅ!」

「はぁ……もういい加減分かったでしょう? 自分の立場というものを」

「フザけんな! 俺は賢者だっつってんだろ! おいデブのおっさん! いい加減この鎖を外せよ!」

「それは魔封じの鎖ではないので、【賢者】の貴方なら簡単に壊せますよ?」

「そんなっ……だってっ……」

「なんなら試してみましょうか? エリィさん……宜しいですかな?」

「えっ? ……えぇ」

「ではお手を拝借」

 マンジローさんは私の片手に手錠を嵌めた。

「流石に両手は失礼ですからね。でも片手でも外せるでしょう?」

「うーん……ちょっと試してみますね」

 こういう時ってどんな魔法が効果があるのかな。

 金属だから熱してから冷ませばひびくらい入るかな? でも多分手の方がどうにかなっちゃうよね。

 だったら……金属疲労とかどうかな? なんか耐久性が限界を迎えてパキン! っていくやつ。

 でも金属疲労ってどうやって起こすんだろう? うーんなんか以前漫画とかで金属を超振動させて壊してたよーなー……どうすんだ?

 あっ、分子構造とか壊せばいけるかも! けどそれには……何がいるんだ? 科学とか物理って得意じゃなかったからなぁ……。

 確か電子を受け取ったり預けたりするやつ! そんなのあった気がする。

 じゃあ電撃を細かくすればいいんじゃない? 確か波長を短くするとか。

 そうだそうそう紫外線! その方向で行ってみよう!

 長々と考えていたが、私はやっとこさ目をつぶって試してみる。

 発動するのは【光魔法】。それの電撃の凄く小さくて細かい波長のを手錠の一点に集中させて。

 うーんっ!

 キィイイイイイイイン!! っと物凄い耳鳴りのような音がして、その後にパキン! と音がして手錠が割れた。

「あー良かった出来たぁ」

「嘘……だろ……」

「信じられないですぅ……火も水も無しに、手錠そのものを壊すなんて……流石お姉さまですぅ!」

 アシンさんもミレイも唖然としてたが、自称賢者の彼もぽかんとしていた。

「なんだよ……なんだよそれ! そんな魔法無かったぞ!? お前は一体なんなんだ!?」

「黙りなさいっ!」

「いでっ!?」

 またマンジローさんは首輪の鎖を踏んづけた。結構痛そう。

さえずる前に、まずは行動を起こしてみなさい! 彼女は魔法の力で本当に手錠を壊してみせたのですぞ!? 世界最高の魔法使いである【賢者】の貴方に、それが出来ないはずはない! 違いますか?」

「うぅ……なんでだよ……なんでこんなことに……うっ……うぅ……」

「まずは、もう少し謙虚になってみることですな……さて。エリィ殿……本当にこやつをどうこうするつもりで?」

「流石にねぇ……今はどうしようもないですけど、多少の情もありますので」

「そうですか……おい! こちらのエルフ様が、あなたのようなどうしようもないクズに話があるそうですよ? いいですか、嘘偽り無く正直に喋らないと、痛い目に遭いますからね」

「うっ……うぅ……」

 泣いちゃってる。どうしよう。

「そこのあなた。ちょっと話したいんですが……いい?」

「うぅ……」

 マンジローさん、無言で鞭をしならせる。

 ビシイイィッ! という凄い音がした。えっ鞭ってこんな音するの!? めっちゃ痛そう。

「い゛ぎぃっっ!! ……い゛っ……い゛っ……」

 うわぁ痛すぎてびくびく痙攣けいれんしてる。こわっ。本物の鞭って凄いんだなぁ……。

「わざわざお前に話があるというのに、泣いている奴がありますか! 返事くらいしなさい! 返事をしない度に鞭が飛びますから」

「ひいぃぃっ!? はっ、はひぃっ! すみませんでしたぁっ!」

 マンジローさん、いつもと同じ口調のはずなのにめっちゃ怖い……そうだ、私もちょっとお借りして、第一印象を強めにしてみよっと。おほん。

「では話しますけど、これから問う私の質問に対して、正確に嘘偽りなく答えなさい。それ以外の発言は許しません」

「わ、分かりました」

「ちなみに、これが貴方が生き残る最後の機会です。この機会を逃せば、貴方は間違いなくゴミのように使い潰されて死にます」

 途端に彼の顔が変わる。

「嫌だ! 死にたくない!!」

「なら、何をどうすればいいか、考えなさい」

 私は彼の目を見る。

 彼はごくりと喉を鳴らして、私に蜘蛛の糸を預けた。

「話があるということですが……何を話せばいいですか?」

 おっ彼の返答がようやっと丁寧語になった。よしよし。このまま行けるかな。いけるといいなぁ。

「まず一つ。貴方は自身のことを転生者とか言っていたそうですね。ということは異世界から来たことになりますが、その異世界の国のことを、どんな場所、どのような生活環境だったのかを答えなさい」

「えっと、俺は地球って星の日本って国から来て、その世界はこんなとこよりずっと文明が進んでて、電気とかコンビニとか便利なものが沢山あって、こんな俺みたいな奴隷とかはいなくて」

「はい、もう結構です」

 やっぱりだ。この少年は私と同じ転移者、こちらで言うところの『神の落し子』ってやつだ。ってか肉体生まれ変わってないから『転生』じゃなくて『転移』だよね。それは。『転生』だと赤ちゃんからやり直しだからね。

 ちなみに今の話を聞いて、ミレイ含め皆はきょとんとしている。こいつの言ってること、ホントなの?みたいな。

 私は彼に次の質問を投げかける。

「なぜ貴方は魔法が使えないのに自らを賢者と名乗るのですか?」

「それは、俺が転生する時に賢者のスキルを選択したからです」

 やっぱり。この辺も想像通りだ。

 皆はやっぱり首を捻(ひね)っている。そりゃ意味分からんだろうなぁ。

 私もミレイちゃん同様に、眉をぐにゃりと曲げて不思議そうな顔をしながら、会話を続ける。

「スキルを選択する、というその時の状況を詳しく話しなさい」

「はっはい。えーと……」


 要約すると、きっかけは違うが彼も私と同様にこちらの異世界に迷いこむようにして来てしまったらしい。

 そして彼はしっかりとオタクだった為、魔法が使いたくてしょうがないので『賢者型』の魔力ガン振り状態に能力を設定したらしい。

 ちなみに他にもバランス型っぽいのあったんじゃないの? と聞くと確かに魔法使い型とかあったけれど、魔法使い型は攻撃魔法がメインだが、賢者型は回復魔法や空間魔法、時空魔法などの戦闘では使わないが便利で高度な魔法が今後覚えられるっぽいとのこと。そーなの?

 また見た目や年齢はいじらなかったらしい。彼曰く「異世界転生は黒髪黒目がデフォでしょ!?」とのこと。でもそういう作品ってその見た目故に迫害されてたりする作品も結構あるけど……うーん。

 それでまあこちらの世界に来たものの、魔法の使い方が分からない、そもそもステータス画面が出ない、会話は出来るけど文字が読めない、冒険者登録しようとしたらその辺のごろつきに絡まれて腕力も無い魔法も使えない状態ではどうにもならなくて、初期の所持金の全財産巻き上げられてにっちもさっちもいかなくなったとのこと。

 なんていうかもう……うん。残念な子なのね、としか。

 ちなみに話を聞いている間に彼を【鑑定】してみた。能力値ヤバい。ミレイこそ超えてないけど

初期ステータスが完全に魔力ガン振り。私より極端な振り方してる。

 そしてスキル欄にはしっかりと【賢者】の文字が輝いていた。私が選ばなかった【賢者】を彼が選んだということなのか。なら彼は私よりも後にこの世界に落とされたのだろうか。後で確認してみよう。

 ってかスキルが【賢者】の一つだけ。私が取った【言語理解】も【ステータス】も無かったので、まあ私が懸念した部分を一人で地雷踏み抜きまくったって感じかな。あーあー。

 そしてそして、称号欄にはしっかりと『神の落し子』の文字が。

 やっぱりというか、何というか。

 もっと色々上手く動ければ、本当に俺様チートでハーレム主人公になれたはずなのに。勿体ないなぁ。

 まあその分私がこき使ってあげるけどね!

 でも当分魔法教えるのはやめよう。危険だから。

 しっかりと上下関係を教え込んで、あと魔法を暴発させられないような仕組みを作って、それからにしよっと。

「最後に。今後私の奴隷として生きていく覚悟はありますか? 命令には絶対服従、首輪も当然そのまま、貴方の想像するような素晴らしい異世界生活とはかけ離れた未来が待っていますが」

「うっ……俺はっ……」

 まあそういう気持ちにもなるだろう。そりゃ諦めきれないだろう。

 でも、彼はきっといずれまた調子に乗る。ピノキオのように一度鼻っ柱を折っておかないと、若い子というのはどこまでも無茶をしがちなのだ。

 若い頃にしか出来ないヤンチャは、確かに多少はした方がいいと私も思う。だがここは異世界だ。常識も何もかも違う世界でするヤンチャは、余りにもハイリスクが過ぎる。

 現に彼は今、奴隷となって崖っぷちもいいところだ。ここで私が何とかしないと多分一生上がって来れないだろう、

 そして、こんなおっちょこちょい君だけど、広い意味では同郷なのだ。何とかしてやりたいと思う親心のようなものも、私にはある。

 だからこそ、今ここで心を入れ替えて欲しいのだが……私の気持ちは、果たして通じているのだろうか。

「最初に話しましたが、最後の機会をどうするかは貴方次第です。この世界でどう生きていくか、貴方が選択出来る機会は殆ど残されていないことを自覚なさい」

「俺は……俺は、最後の選択肢くらいは自分で選び取りたい! そして、こんな世界で一度も魔法を使わないまま惨めに死にたくない! だったら例え奴隷だったとしても、アンタみたいな美人なエルフのねーちゃんたちの側で働きたい! 長く生きてりゃきっといつかこの【魔法】が使えるようになると信じてる! お願いだ! 俺のご主人様になってくれ!」

「……分かりました。色々答えてくれてありがとうございました」

「えっと……それって」

「そうですね。マンジローさん、私は彼を連れていくことに決めました」

「やったぁ! ありがとうございます!!」

「あっ、ホントにこのお猿さん買っちゃうんですね……お姉さま優しすぎですぅ」

 お猿さんって……いやまあ色々とどうしようもないけどさ。

「そうね。とりあえずは。それにね、自分じゃどうにもならない時には、誰かに何とかして欲しいって思うしょ。彼はそれが今で、救えるのがたまたま私だけだったって話。ミレイなら分かると思うけど」

「うーっ……それはぁ……」

 ミレイはかつての自分を少し思い出しているらしい。

「あの日々は辛かったですぅ……二度と戻りたくないですぅ……」

「彼はこれからその地獄の日々を送るかもしれないの。だったら……ね」

「まあ、お姉さまが決めたことには文句はないですぅ」

 という訳で、契約のお時間だ。

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