第32話 北の氷結姫 後編

「でもそれにしたってどうしてあんなあっさり捕まって……」

「あぁ……それはな……」

 途端にギンシュが言葉を濁し始めた。なになに? どしたの?

 どんな理由があればここまでの伝説を作り出すお方があっさり捕まるんですかねぇ!?

 気になるわぁ。

「ここからは私が話すですぅ。ギンシュが喋るとうっかり不敬に当たる可能性があるですぅ」

 そっか。確かに相手は『ドの御方』だしね。

「彼女、お昼寝とか日向ぼっこが大好きだから、戦が無い時は大体野原でごろごろしてぐーすか寝てるですぅ。おまけに一度寝たら中々起きないので割とその辺の人でも捕まえるだけなら簡単なんですぅ」

「ちょっとまって! なにそれ!」

「おまけに白狼族というれっきとして狼の血を引いているのですが、どうにも野生児ぷんぷんの育ちをしているせいか、本能が犬に近くて……骨とか投げられるの大好きなんですぐつられてどっかにいっちゃうんですぅ」

 ……残念すぎる。なんだそれ。今までのものすっごい話がこの話で一気に残念娘に早変わりだぞ。

「おまけに小さい頃は孤児でろくに食べ物が食べられなかったらしく、今でも割と欠食気味で、美味しいご飯を食べさせてくれるなら割とどこでもついてっちゃうんですぅ」

 子供か!! ちょっと待って弱点多すぎないか!!

「だから、戦場では無敗でもそういう残念な部分により随分と他の種族にいいように扱われてたことも否定出来ないんですぅ。全く気付かずに夢中になって敵兵を殺してたら、その敵が獣人族だってことに気付いて、烈火のごとく怒りながら今度は味方の兵を皆殺しにして、半日で戦場には彼女一人しかいなくなった、って話も幾つか残ってるくらいなんですぅ」

 ああ……うん。分かったぞ。

 要するにあれか、彼女は呂布子ってことか。


 説明しよう! 呂布とは!

 三国志って古代中国が舞台のノンフィクションを基にしたフィクション英雄戦記で一騎当千の猛者の一人だぞ! とにかく強くて強すぎて暴れまくった人だぞ! 詳しく知りたい人はググったりするといいぞ!


 とゆーわけで彼女は心の中で呂布子と呼ぶことにした。

 見た目かわええのになぁ。

「つまりまとめると、めちゃんこ強いけど残念犬娘なのね」

「あ、あと最後に一つだけ。犬扱いするとめちゃめちゃ怒るので気を付けるですぅ。きちんと狼として接してほしいですぅ。おまけに戦闘能力が物凄く高いので怒ったら一瞬で物理的に全身バラバラとかになってもおかしくないですぅ。私の圧力でも止められないかもしれないので、そこだけ注意してほしいですぅ」

「あの……なんか私一緒にいるの怖いんですけど」

「今更何を言っているんだ!? そもそも私からすれば『ドの御方』が二人になるんだぞ! 正直何も知らない二週間前に戻って騎士団をやめて実家に帰って一生実家でのんべんだらりと暮らせないものかと私は毎日夢に見るくらいだぞ!」

「そんなに!?」

「いいかエリィ、太陽はあれだけ遠いから暖かい恵みをもたらすのだ。もし自分のすぐ横に太陽があったらどうする? 暑くて死んでしまうだろ!? これからの私は右も左も太陽だ。逃げ場などないのだぞ! お前と違いはっきりした前提知識があるのだ私は! この中で一番大変なのは間違いなく私なのだ!! あぁ……神々よ……私をお導き下さい……」

 ついにギンシュが神に祈りはじめた。

「そんなぁ……私とお友達でいるの……そんなに嫌なんですぅ?」

「あっ……いやいや決してそんなつもりじゃ」

「うぅ……」

「ひいっ!誠に! 誠に申し訳!」

「そういう謝り方したら一生許さないですぅ」

「ふぐぅ!? どっどどどどどうすればいいエリィ! 私にはどどどどうすればぁあ↑!?」

 勢い余って声が裏返るギンシュ。もっと普通に接してあげればいいのになぁ。

 でも中世の、封建的価値観の人間に、王と仲良く肩でも組めばって言われても畏れ多いよね。

 前の世界だって、天皇陛下とかローマ教皇みたいな人といきなり肩組んでお友達宣言してねって言われても多分難しいよね……きっとそーゆー感じなんだろうなぁ。

「ちょっと落ち着こうギンシュ。大丈夫だよ」

「大丈夫なわけあるか! だって! だってぇ!?」

「ミレイは友達のギンシュに、友達扱いしてくれないから怒ってるというか拗ねてるんだよ。友達だったら普通にごめんなさいとか悪かったとか許してとか言えばいいの」

「そ、そそそうなのか?」

「ギンシュの気持ちも分かるけど、あんましそういう扱いしてあげない方がいいよ。ミレイは逆にそれがトラウマなんだからな」

「とっ、とらうまとはなんだ?」

「深い心の傷のこと。ギンシュでいうと怖くてお漏らししちゃうようなこと」

「やめろぉ!」

 思わず顔が赤くなるギンシュ。ごめんね。

「だからさ、普通に謝ればいいんだよ」

「そうか……ふぅ……ふぅ……」

 呼吸を整えて、ミレイの方を向くギンシュ。多少ながら覚悟が決まったようだ。

「ミレイ、すっすっ……すまなかった。私はミレイを……その……ちゃ、ちゃんと大事な……友達、だと思って……いるぞ?」

「ホントですぅ?」

 ジト目で見てくるミレイ。ギンシュは脂汗だらっだらだ。

「おいどうすればいいエリィ。話が違うぞ」

「だから拗ねてるだけだって。そういうときは……ごにょごにょ」

「はあぁ!? そんなっ、そんなこと出来る訳が」

「いいから。不敬でもなんでもないから。ほら」

「うぅ……」

 その間もじっと待ってくれているミレイ。ほらやっぱりギンシュの反応を見てるんだって。

 ギンシュはもじもじしながら……ミレイの方を向いて、言った。

「ほっ……本当だ。その……仲直りしよう。ほら、こっ、こっちにきて……ぎゅってしよう」

「んぅ……」

 ミレイはおずおずと近付いてきて、ギンシュにぎゅっと抱き着いた。ギンシュはびくぅ、としたが、それからゆっくりとミレイを抱いていった。

「今度から……そーゆー風に扱ったりあーゆー反応したらまた怒るですよぅ」

「わ、分かった……気を付ける、から……」

「私とギンシュはお友達なんですからね、対等ですからね」

「たっ!? たったったったっ、対等!?」

 私の方をちらりと見るギンシュ。頷く私。

「そっ、そっ、そうだな……たったっ……対等、だ」

「むふーん、分かればいいのですぅ」

「……なぁ……あの……離れて」

「いやですぅ。お友達とはくっついていたいんですぅ」

「うぅ……エリィ」

「諦めなよ。私もずっとくっつかれてたでしょ。最近やっと離れ始めたんだから。きっと当分そのままだよ」

「そんなっ!? それでは私が持たないぞ!?」

「じゃあミレイと氷結姫様の相手を同時にしてみる?」

 ギンシュは大きく首をブンブンブンブンと横に振った。ですよねー。

「王都のあれこれが終わったら旅に出ると思うけど、その時までそうだったら、私が氷結姫様の面倒見るから」

「そっそそそそうだな。その辺は頼む……私に二人はどう頑張っても無理だ」

「だからミレイで少し慣れてから、のがいいんじゃないかな」

「そうするとしよう……慣れる日が来るのだろうか」

「慣れないと許さないですぅ」

「そんな脅し方をする友達ってアリなのか?」

「私だけに許されてるですぅ」

「そんなぁ……エリィ」

「いちいち私に振られても……いいじゃん、友達の可愛い我がままくらい聞いてあげなよ。いずれ慣れるよ」

「うぅ……」

 いやはや、ギンシュも大変である。

 でもミレイは実に幸せそうだったので、個人的には満足だ。


「でもさぁ……そんなに立場が違ってどうしようもないんだったらさぁ、ギンシュもめちゃんこ強くなって『ドの御方』になっちゃえば?」

「おっ……おま……ふっ……ふっ……ふっ……ふけ……ふけ……」

 あららギンシュ、びっくりしすぎて固まってら。

 そしてミレイは。

「……流石にギンシュちゃんがかわいそうになってくるですぅ。今の発言はもう……何をどう取り繕っても修復不可能な、最強最悪の不敬の言葉ですぅ。地形が変わるレベルですぅ。ギンシュちゃんが気を失わないのが不思議なくらいですぅ」

「いや多分気を失ってるね。白目むいたまま言葉を発しながら気を失ってる」

「ギンシュ……器用ですぅ」

「ツッコミキャラの意地と誇りのなせる技だね」

「つっこみきゃらってなんですぅ?」

「私達の仲間に必要な存在ってこと」

「なるほどぉ。そーゆー言葉は初めて知ったですぅ」

「あぁ言わなくていいよ。きっとまた揶揄されたって怒り出すかもしれないから」

「違いないですぅ。ふふっ、ギーンシュっ」

 ミレイは気絶しているギンシュを再度ぎゅっと抱きしめていた。

 気絶しているのにビクンっ! と反応したギンシュがちょっと面白かった。

 でも同時に大変そうだなぁ……頑張れ! とこっそりエールを送っておいた。


 今日はこれからどうする? とミレイと話すと。

「ギンシュが起きたら魔法の練習をするか、それから王都を見て回りたいですぅ」

というので、じゃあそんな感じにするかと思ったところでギンシュが目を覚ます。

「うぅ……ひぃっ!?」

「大丈夫ですよギンシュ。私は大丈夫ですから」

「ほほほ……ほほほんっほほほんっほほ」

「本当ですよ。もうエリィの大抵の言葉では私の強権を発動したりしませんから」

「そそそ……それはそれはなになによりで」

「むーっ、エリィ、ちゃんと謝るですよぉ」

「ごめんなさい」

「お前……頼むから……頼むからもう少し考えて喋ってくれ……いいか、『同格』ではないのだ! 支配者だと言っただろ! なるとかなれるとか、そんなことあり得ないのだ!! 頼む!! 頼むから!!」

 ギンシュちゃんすんごい顔してる。なんかもう……ホント、申し訳ない。

「気を付けます……」

「お前……そんな調子で謁見とか本当にやめてくれよ……お前は頑丈に出来ているのかもしれないが、私は剣を振るわれたら首と胴体が離れるんだからな」

「ちょっと待って一体私は何で出来てるの」

「鋼かミスリルかオリハルコンか、少なくとも生身の肉体ではあるまい。生身の肉体ならそのような発言をした時点で肉体が吹き飛んでいるからな。あと鋼の心を持たなければそのような発言をしてけろりとしていられるはずがない!」

 ひでぇ言われよう。

「もういい! お前には付き合って貰うからな!」

「どこへ?」

「【火魔法】の習得に決まっているだろう!? 王都に着いたらする約束だったはずだ!」

「あーうん、そうだね」

「さあ行くぞ! お前への怒りは私が魔法を習得することによって相殺されるのだ! それまではせいぜい私にこき使われるがいい! ははははっ!」

 まあギンシュの機嫌が直るならそれでいいや。


 こちらの宿はなんと湖に隣接するように立っていて、プライベートビーチみたいなところがあるらしい。

 私達はそこで特訓をすることにした。

 そして私に【指導】のスキルがあるから先に練習させて覚えさせて、と話すと

「【指導】だって!? そんなの熟練の教官しか持っていないと言われるかなり珍しいスキルだぞ!?」

「はぅ……お姉さまったら本当に凄まじいですぅ」

と呆れたり驚かれたりまあいつもの感じで。

 とゆーわけで三人とも【火魔法】の習得に成功。みんなそれぞれはしゃいだが何よりギンシュはと言えば。

「私が……私がついに火魔法を……長年……長年夢見て……もう無理だととうに諦め……それでも恋焦がれた【火魔法】が……ついに……うっ……うぅううう……」

 崩れ落ちるようにして泣いてた。ミレイと二人でよしよしした。かわええ。

 今なら「私がいなければ【火魔法】は一生覚えられなかったよね?」と言えばなんでもしてくれそう。今晩にでも発動していじめてやろっと。ふひひ。

「はいじゃー他に覚えたい魔法とかある?」

「はいっ! 私は【光魔法】が覚えたいですぅ!」

「私も、あの電撃を出すのは使ってみたいところだな」

「じゃあ今日の残りは【光魔法】と【闇魔法】にしよっか。それで私は【空間魔法】の練習でもしよっと」

 そういうと二人が固まる。

「ねぇギンシュ。今私【空間魔法】って聞こえたけれど……間違いじゃないですぅ?」

「奇遇だなミレイ。私もそう聞こえたが?」

 二人して私にずんずんずんと寄ってくる。圧が怖い。

「な……なに?」

「正座」

「え?」

「正座」

「はい」


 私はこんこんと説明され、そして粛々と怒られた。解せぬ。

 どうやら『失われた魔法』というのが幾つかあるらしく、【空間魔法】はその筆頭らしい。

 他にも【時空魔法】と【星魔法】というのがあるらしい。

 ……多分伝説を幾つか聞けば、私使えるようになるかもしれない。

 今度伝説とか教えて貰おうかな。

 ちなみに【空間魔法】の事は決して口に出すな、人前でするな、と怒られた。

 えーじゃあワープは? と聞くとワープってなんだ? と言われ、えっとー……こういうの、と試しにやってみる。出来た。やったーワープ出来たよー嬉しい。

 二人はそれこそ時間が止まったかのようになって、その後また正座させられて粛々と怒られた。解せぬ。

 それこそが伝説の魔法、遥か数百年も昔に廃れ、理屈すら星の彼方とか言われてる魔法らしい。

 ミレイは伝説を目の前にして感動で泣き、ギンシュはもういやだと言って悲しくて泣いてた。

 これ使えると便利だよって言ったら『うるさい! お前はもう何もするな!』と怒られた。そんなに怒らなくても……。

 機嫌を直す為にこれから買い物に行くことにした。二人になんか買う約束をさせられた。

 ねえおかしくない? 私は魔法の練習しただけなのに。

 あと王宮からは使いの人がきて、謁見は明日だって。馬車で迎えがくるから待ってるようにって。

 じゃあ今日の残りは王都で散策だーわーい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る