第31話 北の氷結姫 前編

 お風呂から出て、髪をふきふき。

 ちなみにお風呂は【水魔法】で湯をはりましたよ。

 それで今も髪の毛を【風魔法】で乾かす感じ。いやはや魔法ってサイコーですわね!

 でも髪の毛が長いので乾かすのちょっと大変……だからと言ってここで適当しちゃうと後が大変なことになるのでしっかりとしないとねって。

 ミレイも大変そう。ギンシュちゃんはそこまででもないけど、やっぱり女の子だから、ってちょっと!

「ギンシュちゃんなんでそんな適当なの?」

「は? え? 別にこれくらいだろう」

「ああもういい加減なのはダメ! ちょっと貸して!」

「なんだよ……別にいいから自分の髪の毛を優先すればいいだろう」

「人のが気になるでしょう!? てかそんなんだからいっつも頭くしゃくしゃになってるんじゃないの!?」

「なに!? 頭くるんくるんになるのって風呂上がりが関係しているのか!?」

 打って変わって反応の変わるギンシュちゃん。

「全部じゃないけどしっかり乾かすと少しは違うよ」

「どうしてそれを早く言わないんだ! おい布を貸せ! あとその【風魔法】を私に使え!」

「いやギンシュちゃん【風魔法】使えるじゃん……それに私自分の髪も乾かさないと」

「いいから! 私にとってあのくるんくるんは死活問題なのだ!」

 仕方がないので私は自分とギンシュちゃんと二人に別々に魔法を使った。

 するとじーっと私を見ていたミレイがうるうるしてきたので、私は黙って【風魔法】を三方向にするようにした。

 するとむふーんとしてたのでこれで正解らしい。

 どうやらミレイは自分が仲間外れになるのを極端に嫌うようだ。

 そりゃそーだろーねー。今まで色々とあってずっと独りぼっちだったもんね。

 そうだ。

「あのさ、いい加減みんなそれぞれ名前を直呼びしてもいいと思うんだ。私やミレイはギンシュって。でギンシュちゃんはエリィとミレイ。いい?」

「賛成ですぅ」

「ふぇっ!? でも……あの……そのぅ……」

 やっぱりギンシュちゃん困ってる。でもこういう時は強引に、っと。

「はいじゃあ決まり! 改めてこれからよろしくね、ミレイ、ギンシュ!」

「はいですぅお姉さま! それに……ギンシュ!」

「ひゃっ!? え、えっと……エリィ……それに……ミ……ミ……」

 じーっとギンシュのことを見ているミレイ。そんなに見つめちゃかわいそうでしょ。

「ミ……ミレ…………ィ」

「んーっ! ギンシュだいすきですぅ!」

「はぅううう!!」

 ぽふん、と可愛い音を立てて、ギンシュは落ちた。

 幾らミレイが嬉しすぎても、流石にそれは今のギンシュには刺激が強すぎるでしょ。

「むふーん……ギンシュは私の初めての普通のお友達ですぅ」

「えっ!? 私は!?」

「お姉さまはお姉さまですぅ。お友達とはちょっと違うですぅ」

「えーっ。私もミレイのはじめてが欲しかったなぁ」

「私の……ミレイの『はじめて』は結構あげてるですよ?」

「えー……そう?」

「はい。たとえばぁ……ほら」

 ちらり。

 わふぅ。

「ちょっ……いまそーゆーことしちゃう?」

「だってぇ……さっきのは前菜みたいなものですぅ……まだ美味しいご飯を食べてないですぅ……おねぇさまぁ」

 これはこれは……据え膳食わねば恥というやつですな。ご飯だけに。

 さてさてさてさて。



 とゆーわけで私が美味しく頂きました。ぺろりんちょ。

 おまけに途中からギンシュも起きて、三人で美味しいご飯でしたとさ。

 え? ギンシュ? 真っ赤ですけど何か? にやにや。

 きちんと【クリーン】をして、と。さあ寝ますかね。

「じゃあ二人とも……おやすみっ!」

「はいお姉さまぁ」

「ちょっちょっ、ちょっとまてぇ!」 

「どしたのギンシュ?」

「貴族の立ち居振る舞いを特訓すると言っていただろう! やるぞ!」

「いや流石にもう眠いよ……それにさ?」

「なんだ?」

「今この宿に泊まってるよって王宮に伝えた?」

「ん? ……あっ、あぁぁあああああああ!!!!」

「やっぱ忘れてたね」

「いっいっ、いつから気付いていたのだ!?」

「この宿に入ってから連絡したのかなーどうしたのかなーって、ずーっと」

「なぜ教えてくれなかった!?」

「いや分からなかったから」

「ぬぐぉおおおお!! あれだ! 呼び鈴を!」

「もういいよぉ明日で」

「そんな訳にはいかんだろう! 呼び鈴はどこだ!」

「真ん中の部屋の机の上」

 ギンシュは慌てて取りに向かった。

「じゃあおやすみぃミレイ」

「はいおやすみなさいですぅ」

 私達はさっさと寝た。

 ギンシュは帰って来たみたいだが、流石に眠かったのか精魂尽き果てるようにして寝落ちしたようだ。



 翌朝。

 あーぁ。気持ちいい朝ですこと。

 お布団も快適。昨晩はぐっすり。めちゃんこ大きなベッドだったので広々寝れましたよ。

 早速朝の準備をっと。ながーい髪をくしくし。

 これホント朝大変なんだよね。戦闘でもふぁさぁっ、ふぁさぁって揺れるし。うーんショートにする? でもなぁ長いのがはためくの綺麗なんだよなぁ見た目的に。

 今度いい髪留めとか見つけたらポニーテールにしてみよっか。いいなそれ。定期的に髪型変えてみよっと。ふふんっ。

 とかなんとかしてたらミレイとギンシュが起きてきた。

 なんだかんだでこの三人だと、大体いつも私が一番最初に起き出すのが定着している。なんでかなぁとか思ったけど、よくよく考えたら二人ともお姫様なのだ。そして私は元サラリーマン。朝が早いのがどちらかなんて自明の理だ。

 そもそもミレイなんて寝ぼけて二度寝しようとして私にくっついて、私が朝の支度をしているので引きはがそうとしてぐずってそれで起きるのがデフォだ。

 そしてギンシュは、起きたら騎士団の生活が身に染みついているのか、とにかくてきぱきとしているのだが、その起きるまでが……お姫様なのである。寝ぼけてたりすると寝顔も寝言も実にかわいらしい。あんまし可愛いのでねぼけたときに「かわいいもの……すき?」ってきいたら「だいしゅきぃ」って答えてたので今度こっそりプレゼントしようと思っている。可愛い下着とか。にしし。

 とゆーわけで三人起きて、朝食食べて、王宮に連絡をして、さて今日はどうしようかといったところで。



「特訓だぁ!」

「いいよ別に。最低限だけ教えてくれれば。そんなことよりさぁ、私二人に聞きたいことがあるんだけど」

「そそそ、そんなこととはなんだ! そんなこととは!」

 ギンシュの怒りももっともだが、でもこっちのがきっと重要なことだ。

「結局さ、昨日の説明では出てこなかったんだけど、『北の氷結姫』ってどういうお人なの?」

 私の言葉に二人は固まり、そしてお互いを見て、目で色々会話している。

『私が言うのか?』『いつもそうじゃないですかぁ』『じゃあ私が一般的なことをとりあえず話すから、その……ミレイはその立場からの話をしてくれ』『分かったですぅ』

 多分こんな感じ。

「そうだな……まず、昨日もあったがこの大陸の歴史をざっくり触れながらの方がいいと思うので話すのだが」

「そこから!?」

「そこからだ。今でこそこの大陸の国家は多かれ少なかれ、平和を享受している。もちろん小競り合いをしている国もあるが、当時のような大規模な軍事行動は無いな。だが今からおよそ200年~50年ほど昔まで、先ほども出たがこの大陸は戦乱期だった。多くの国が生まれ、そして消えていった、戦の絶えない時代だったのだ。その時代で大暴れをした一人が、かの『北の氷結姫』様だ」

「ほえ?」

 えっちょっとまって彼女何歳?

「戦において効果的な用兵を行いつつ、本人は単騎で戦場のど真ん中へと突撃する。そして戦陣へと突っ込めばどんな負け戦も一人でひっくり返す。あだ名など枚挙まいきょいとまがない。『戦女神』『生涯無敗』『天に愛された狼』『銀髪の悪魔』『戦乱の申し子』『風神』などなど。大陸広しといえども、どの地域にも必ず彼女が戦を行い、そして勝った土地があるくらい、戦という戦に顔を出しては戦ってきた。今この世界に生きる全ての、そう全ての種族を含めて、最強は誰かと問うたならば、間違いなく五指、いや三指に入れても誰もが頷くような……そんな御方だ」

「ちょっとまって何あの娘そんなに凄いの?」

「凄いなんてもんじゃない! 生きる伝説そのものだ! だからこそ私は、彼女が鎖で繋がれているのを見て、余りのことに気を失ってしまった。彼女が鎖で繋がれているなどありえない! そもそも足が……足が……うぅ……姫様ぁ……」

 えっ泣いちゃうの!? そんなになの!?

「泣くほどなの!?」

「ひっく……おっ、お前には分からんから仕方がないかもしれんが……彼女はまさしく、戦いの神様そのもののような存在なのだ。しかも魔法はからっきし。文字通り自らの拳と、蹴りと、体力のみで戦うのだ。我ら魔法を使えぬ者の、戦う者全ての憧れのお人なのだ……それを……それをあんな風に!」

 思わずダンッ! と机に握りこぶしを自らの膝に叩きつけるギンシュ。そうか……そんなに凄い人なのか。

「そんな人を知らない私って」

「そりゃ笑われてもおかしくないだろう」

 そうだね。だって元の世界でいうと……そうだな、アレキサンドロス大王知らないとかそーゆーレベルでしょ。あっでも日本だと結構いそう。じゃあ信長秀吉家康クラスかな? おまけにそれが生きる伝説って……じゃあローマ教皇とか天皇陛下レベル? ああもうわかんないや。前の世界で例えるのやめよ。むしろ例えようがないくらい凄い人ってのは分かった。

「そういえば、『北の氷結姫』って言うくらいだから私てっきり氷系統の魔法が得意なのかと」

「ああ。白狼族はこの大陸最北に住まう獣人族であるのと、彼女が戦場に赴いて二時間もすれば、敵兵は全滅して戦闘音が無くなり、無音になることを込めて『北の氷結姫』と呼ばれるのだ。当然ながら冬の戦いや雪の中の戦闘などはそれこそ普段以上に圧倒的とも言われているぞ」

 なんか……本当にすごい人なんだね。

 あれ? でも……。

「そんな人でもミレイにはぶるぶるしながら頭下げるんだね」

「だから前にも話しただろ! 『ドの御方』でも二種類いると。『四最貴族』かそうでないかだと」

「あれ? ってことは」

「そうだ! 彼女も勿論『ドの御方』だ! しかもただ戦いの強さのみにおいて神々に認められた、特例中の特例だ! だからこそ我々戦人いくさびとは余計に彼女を崇拝しているのだ!」

「はぁ……聞けば聞くほど凄い人なのね」

「そうだ! だから……だからこそ! お前のあの言葉を聞いて、我々は絶句したのだ……いいか、獣人族の殆ど全てが彼女を本物の神だと信じて村には大抵祠があったりするし、彼女がいなければ獣人族は今の立場と平和を手に入れられなかったとすら言われている。おまけに彼女は元々の出身は庶民、それも貧困層だという話でな、戦争終結後の今では獣人族どころか他の種族にも割と分け隔てなく接する。彼女の名は歴史書は勿論、歌にも詩にもなっているし『白狼』や『銀髪』、あるいは『天を舞う一陣の風』や『戦場に見える銀』などなど、これら全てが彼女の表現として世の中にまかり通っているのだ! 彼女を奴隷になんて落として飼っていたら、それこそ獣人族は勿論そうだが、人族の中でも暴動が起こるのは目に見えている……前にも言ったが、本当に世界がひっくり返るのだ……」

「でもそれにしては……あの商人さん凄かったね」

「恐らく、祖先の誰かを戦場で殺されているのだろう。何より戦場では敵と認識されれば見境なかったらしいからな。一族が殺されていれば、彼女に対する恨みも深かろう。人によっては、文字通り自分一人残って一族皆全て殺されて天涯孤独、なんて場合もあるからな」

 なるほどねぇ。そりゃああいう扱いにもなるか。

「でもそれにしたってどうしてあんなあっさり捕まって……」

「あぁ……それはな……」

 途端にギンシュが言葉を濁し始めた。なになに? どしたの?

 どんな理由があればここまでの伝説を作り出すお方があっさり捕まるんですかねぇ!?

 気になるわぁ。

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