第5話 藤崎からの相談
雨宿りのため立ち寄ったコンビニで、再び会った先輩。だけどそのそばに、さっきまで一緒にいたはずの藤崎の姿はなかった。
「あの、藤崎は……?」
「藍か? この雨の中、何もせずに歩かせるわけにもいかないだろ。俺が傘を買ってくるから、その間向こうで雨宿りしてもらってるよ」
浴衣に化粧と、いつもより明らかにめかしこんでいた藤崎の姿を思い出す。確かにあれでずぶ濡れになったら、悲惨なことになるだろう。
けれど祭りの会場に残してきたとなると、それはそれで別の心配が出てくる。
「じゃあ、藤崎は今一人なんですか?」
女の子一人で残して、もしも変な奴に絡まれたら──有り体に言えば、ナンパなんかにあったらどうする。そんな不安が頭を過るけど、先輩もちゃんとその辺は考えていた。
「いや。あの後、藍と同じクラスの子達と会ったんだ。それで、今はその子達と一緒にいる。何がおきるかわからないし、一人で待たせるようなことはしないさ。今日はいつもよりオシャレしていたから、なおさらな」
確かに、知り合い数人で固まっていれば、もし何かあってもある程度対応することはできるだろう。偶然クラスのやつらと会うとは、学校の近くと言うのが幸いしたな。
「けど、あまり待たせちゃいけないから、もう行かないとな」
先輩はそう言うと、急々と傘を購入し始める。藤崎だけでなく一緒に待っている子達の分もあるのか、一気に複数を手にとっている。
だけどそれだけの量となると、ずいぶんとかさばり、とても持ち辛そうに見えた。
「あの、半分持っていきましょうか?」
「いいのか?」
さっきは二人が一緒にいるのを見たくなくて、自分から退散したのだけれど、こんな状況で放っておくのも嫌だ。半分の傘を受け取ると、揃って店を出て祭りの会場へと向かった。
俺も先輩も、無言のまま雨の中を歩く。何か話をした方がいいかなとも思ったが、ネタがない。
そういえば、こんな風に二人だけでいるなんて初めてだったなと気づく。
顔をあわせたことは何度かあるけど、毎回必ず藤崎も一緒で、主に話をするのも決まって藤崎だったから。
だいたい本人は知らないだろうが、この人は軽音部の先輩であると同時に、藤崎にとっては好きな相手。そしてその藤崎を好きな俺にとっては恋敵でもあるわけで、それが余計に会話の糸口を掴みづらくしている。
とはいえ、こうして無言のままなのも気まずい。何か話題はないだろうか。そう思っていると、先輩の方から先に口を開いた。
「軽音部の調子はどうだ? 藍が相談してきたぞ。毎日頑張ってるのに、上手くなってる気がしないって悩んでるって。力になってやれないかって」
「藤崎が?」
俺と先輩の直接の接点と言えば、軽音部と藤崎だ。当然、出てくるのはその話題になるだろう。
けれどまさか、藤崎がそんな相談をしているとは思ってもみなかった。
『毎日頑張ってる』、か。あいつからは、俺はそんな風に見えているんだよな。
それを聞いて、嬉しいと思うと同時に、複雑な気分にもなってくる。
「別に、悩んでるってほどの事じゃないですよ。普通に……あんまり上達していないだけです」
元々不純な動機で始めた音楽だ。そりゃ上手くできるに越したことはないし、そんなぼやきをしたこともあるけれど、悩むなんて言うほど大げさなものじゃない。
悩んでいるのは、そんな中途半端な気持ちで続けていることに対してだ。
「そうか。何かアドバイスでもできたらと思うけど、ギターはやったことないからな」
先輩はそう言うけど、例え楽器が同じだったとしても、それで上手くいくとは限らない。
先輩の指導がどうこうという訳じゃなく、主に俺の問題でだ。
「いえ。元々そこまで上手くなりたくて始めたわけでもないので」
「えっ──?」
しまった。先輩の反応を見て、自らの失言に気づく。
軽音部の先輩の前でこんなこと言うなんて、どう考えてもいい結果は生みそうにない。
「上手くなる気がないなら、どうして軽音部に入ったんだ?」
「いえ……それは、その……」
何とかごまかせないかと考えるけど、咄嗟にそんな上手い言い訳なんて出てくるはずもなく、慌てながら口ごもることしかできない。
先輩は、今の言葉を聞いて何と思うだろう。黙ったまま、恐る恐る次の反応を待つ。
「理由は、藍か?」
「────っ! な……なんで!?」
いきなり核心を突かれた! どうしてわかった?
我ながら情けないくらいに動揺するけど、先輩はそんな俺を見てフッと息をつく。
「なんとなく、そうじゃないかと思ってたからな。いつも藍のことを気にしてるみたいだったし、たまに俺を睨むように見ていたからな」
「い、いえ、そんなことは……」
ない、と思いたい。そりゃ嫉妬はしたし複雑な思いで視線を向けたことはあったけれど、ちゃんと上手く隠していた……はずだ。たぶん、きっと。
いや、それよりも今問題なのは、これを知った先輩がどうするかだ。最悪、「藍には近づくな」なんて言われるのを想像しながら、次の言葉を待つ。
「って言っても、藍は俺を恋愛として好きな訳じゃないけどな。俺達は兄妹みたいなものだから、三島が心配するようなことはないよ──って、なんでここでまた睨むんだよ」
今のは、感情が隠しきれなかった。キツイことを言われなかったのは幸いだったけど、アンタが気づいてないだけで、藤崎はバッチリ恋愛として好きだからな!
下手したら敵に塩を送ることになりかねないから、絶対に言わねーけど。
だけどこんな風に言ってくれたのは予想外だし、正直ホッとした。
「じゃあ、応援してくれるんですか? その……俺と藤崎との仲を」
「いや、別に応援はしない」
「どっちだよ!」
またしても感情が隠しきれなくなり、思い切り叫ぶ。さっきから先輩に対して失礼だなとは思うけど、気遣う余裕なんてカケラものこっちゃいない。
一方先輩はというと、目の前で叫ばれたのにも関わらず、涼しい顔のまま、告げた。
「俺は、大切にしてくれて、何より藍がいいって思うやつなら構わないと思ってるよ。そう言うのに一々口出しするなんて野暮だろ。そんな事したら、藍に嫌われるかもしれないしな」
「じゃあ、俺が藤崎をどう思っていても、かまわないんですか?」
「ああ。ただし、応援もしない。藍に好きな奴や彼氏ができるかと思うと寂しいし、色々複雑だし、そもそもそういうのはまだ早いんじゃないかと思うからな」
「……そうですか」
なんとも微妙で、少々過保護すぎな気もする発言も混じってはいるが、反対されるよりはずっといい。
少し、本当にほんの少しだが、俺にもまだ可能性があるんじゃないかと思えてくる。
だがそう思ったところで、先輩は再び口を開いた。
「今までのが、藍のアニキとしての意見。それでこれからは、軽音部の先輩としての意見を言わせてもらうぞ」
再び緊張が走る。さっきまでの恋愛事も相当にきつい話題だったが、こっちもこっちで胃が痛くなる。
やはりこんな動機で始めて、今も本気なれていないとなると、どうあっても良くは思われないのではないか。
だが何を身を硬くする俺の前で、先輩は少しの間何か考えるようなそぶりを見せ、こう言ってきた。
「いや、どうせなら、実際に練習しているところを見てから話した方がいいかな。よし──三島、今度また軽音部に顔を出しに行くから、お前も必ず来るんだぞ」
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