第4話 沈む気持ち

 俺がすぐに先輩に気づいたように、先輩もすぐに俺のことに気づいた。


「三島か。この前軽音部に顔を出して以来だな」

「あの時は、ありがとうございました」


 藤崎の好きな相手。そう思うと複雑な気持ちもわいてくるが、それさえなければ部活のOBであり、つい先日指導してもらった人だ。後輩として、それなりの態度はとる。

 とはいえ、その姿を見た時から、モヤモヤした気持ちは絶えず溢れてきてはいるが。


 改めて、藤崎の姿を見る。可愛らしい浴衣に、挑戦してみたと言っていた化粧。どう見ても気合いの入った格好だが、それも全て、先輩に見せるためだったと思うと納得できた。納得できてしまった。


「い、一緒に来てた相手って、先輩だったんだな。よかったじゃねーか、二人でまわれてよ」

「う……うん」


 先輩に聞こえないくらいの小さな声で、藤崎に向かって囁く。胸の奥の痛みには、気づかないふりをしながら。


 俺の知ってる限りでは、藤崎はまだ自分の気持ちを先輩に伝えていなくて、これをデートと呼んでいいのかはわからない。

 だけど好きな奴と二人きりでこれたんだ。嬉しいに決まっている。


「って言っても、向こうは私のこと、完全に子供というか、妹としてしか見てないけどね。この綿菓子だって、小学生の頃好きだって言ったのが、未だに続いているんだよ」


 そう言って、苦笑しながら先輩からもらった綿菓子を見せる。

 藤崎が小学生だった頃、先輩は高校生だった。藤崎が高校生になった今、先輩は社会人。当たり前だが、決して歳の差が埋まることはない以上、一度定着した妹のイメージから抜け出すのは難しいのかもしれない。


 それは、俺からすればある意味喜ばしいことかもしれない。少なくとも、すぐに二人がくっつく可能性は低いのだから。

 だけど……


「でも、楽しそうだな」

「まあね」


 クスリと笑う藤崎。妹扱いには色々思うところあるのだろうけど、どんな形であれ、好きなやつが自分を気にかけてくれているんだ。藤崎からすればやっぱり嬉しいだろう。

 そして俺からすれば、見ていてモヤモヤすることに変わりはなかった。


「二人とも、何話してるんだ?」


 コソコソと声を潜める俺達を不思議に思ったのか、先輩が怪訝な顔で聞いてくる。けれどもちろん、何を話していたかなんて言えるわけがない。


「大した事じゃないです。それじゃ、俺はこれで……」

「えっ。三島、もう行くの?」


 誤魔化し立ち去ろうとする俺を、藤崎が呼び止めるけど、これ以上ここにいる気はなかった。

 またも声を潜めて、藤崎にだけ聞こえるように言う。


「二人の邪魔をする気はねーよ」

「もう、三島!」


 とたんに顔を赤くし、声をあげる藤崎。だけど俺はそれを聞くことなくその場を後にする。

 正直、あのまま二人が仲良くしているのを見たら、いよいよ落ち込んでしまいそうだったから。


「何が、『邪魔をする気はねー』だよ」


 少し離れたところで、吐き出すように声を漏らす。

 本当の気持ちを正直に言うなら、邪魔どころか二人の間に割って入りたかった。けれどそんな度胸もなければ、例えやろうと思ったところで、どうにもならないのは目に見えている。藤崎が先輩を好きな以上、俺が何かしたとしても、その気持ちがこっちに向くとは思えなかった。


 できる事と言ったら、せいぜい今まで通り同じ軽音部員として一緒に頑張ることくらい。だけどその軽音部にしたって、元々音楽が好きで始めた訳じゃない。

 むしろ不純な動機で始めた事が引っ掛かって、藤崎に対する後ろめたさまで募りつつある。


「なんだよ、ちっとも気晴らしになんねーじゃねーか」


 なんだか、学校から帰る時に考えていた事が、またぶり返してきたようだ。


 だが運のないことに、さらに嫌なことは続いた。

 雨が降ってきたのだ。


「くそっ、こんな時にかよ!」


 さっきまで一滴も降っていなかったのに、瞬く間に勢いを増し、音をたてながら激しく打ち付ける。

 さっきまで祭りの灯りで気づかなかったけれど、空を見てみるとすっかり雲に覆われていて、月も星も見えなかった。


 慌てて走りだし、雨宿りのため近くにコンビニに駆け込む。


「厄日だ」


 幸いなことに、そこまで濡れはしなかったけれど、ただでさえ気分が沈んでいた時にこの雨。落ち込むには十分だった。


 店内をウロウロしながら時間を潰すが一度振り出した雨は一向に止む気配をみせない。

 仕方ない、傘を買ってさっさと家に帰ろう。そう思った時だった。店の扉が開き、ほんの少し前に見た顔が入ってきたのは。


「先輩?」

「三島か。よく会うな」


 まったくだ。って言うか、藤崎の姿が見えねーけど、どうしたんた?

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