第3話 夏祭り
祭りってのは、本来その名の通り神様を祭るもの。豊作祈願だったり、疫病を静めるためだったり、様々な願いを込めて神様を崇め称える。
とはいえ、今となっては神様そのものよりも、出店や付随したイベントの方がメインのようなものになっている。
日が落ち暗くなってきた頃に始まった、近所の神社の祭り。俺も和彦も、神様そっちのけで屋台を周り、今は揃って焼き鳥を食べていた。
「祭りの屋台って、どうしてこう割高なんだろうな。焼き鳥なんて、コンビニで買った方が絶対安いだろ」
「お前、よりによって食べてる最中にそれを言うか。って言うか、だったら何で買ったんだよ」
「別に高いから買わないとは言ってねーだろ。こういうのは雰囲気を楽しむもんだからな」
「だったら、わざわざ値段の事なんて持ち出すなよ。雰囲気がある分値段も上乗せされてるんだろ」
アホなやり取りをする俺達だが、確かに祭りの屋台の値段に関しては、真剣に考えると色々思うところはある。かき氷や綿菓子なんて、原価で見るとメチャメチャ安いだろうな。
そんなことを考えていると、ちょうど目の前に綿菓子の屋台があった。特に買おうとは思わなかったけど、たった今考えていたせいで、なんとなく見てしまう。
けれどそのそばにいる一人の姿を見つけた時、俺の視線は完全にそこに釘付けとなった。
「藤崎……」
そこにいたのは、藤崎藍その人だった。
考えてみれば、ここは学校からもすぐ近く。藤崎だって俺達と同じように来ていてもおかしくはない。
するとちょうどそのタイミングで、藤崎がこっちに目を向ける。その瞬間、互いの視線が重なった。
「あっ、三島。来てたんだ」
藤崎は俺に気づくと、笑ってこっちに近づいてくる。俺も、何か挨拶をした方がいいだろう。そう思ったけど、出てきたのはこんな言葉だった。
「その格好……」
「ああ、これ?」
今の藤崎は、普段見慣れている学校の制服とは違っていた。けれど、私服と言うにも語弊がある。今の彼女は、浴衣姿だった。
藤崎のスレンダーな体つきは、浴衣とよく似合う。白を基調とした生地に、淡いピンクの花がちりばめられた柄が、上品な雰囲気を醸し出していて、とても…………とても、可愛いかった。
「えっと、変かな?」
黙りこむ俺を見て少し不安そうな表情をしているけど、もちろん断じてそんなことはない。何も言わなかったのは、見とれて言葉をなくしていただけだ。
けれど、こんな風に誤解を与えているならそれはいけない。何か、何か言わないと。
「変じゃねーよ。まあ、いいんじゃねーの」
本当なら、ここで正直に可愛いと言ってやりたいところなのだが、軽々しくそんなことを言えたのなら苦労はしない。これが、俺に言える精一杯だ。
いや、ここは頑張って、さらにもう一言くらい付け加えよう。
「け、化粧もしてるんだよな」
「あっ、わかる? せっかくだし、ちょっと挑戦してみたの」
わからないはずないだろ。普段から可愛いとは思っていたけど、化粧をする事で、なんと言うかそれに、綺麗が追加されたような気がした。
何より、普段見ることのできない藤崎の姿を見られただけでも思いがけない幸運だ。
最近部活のことで悩んでいて、藤崎に対しても複雑な思いを抱いていたけど、今だけはそれもどこかに吹っ飛んでいくようだった。
そして思う。夏祭り、来てよかったと。
目の前で俺がそんな感動で心震わせているなんて、きっと藤崎は想像もしていないだろう。勘づかれても困るけど。
幸い藤崎は勘づく様子もなく、こう聞いてきた。
「三島は、一人で来たの?」
「なに言ってんだ。和彦がいるだろ」
そんなの見たらわかるだろ。どうしてそんなことを言うのかわからず、隣にいる和彦を見る。見ようとする。
だが…………
「あれ、和彦?」
いつの間にか、ついさっきまでそこにいたはずの和彦の姿がどこにもない。
いったいどこに行ったんだ。探そうと辺りに目を向けるが、ちょうどその時ポケットに入っているスマホが震えた。
とってみると、ラインにメッセージが一件あった。送ってきたのは、その和彦だ。
「あいつ、何やってんだよ」
訝しげに思いながらメッセージを見ると、そこにはこう書かれていた。
『悪い、急用思い出した。一人でまわるのが嫌なら、藤崎をさそったらどうだ』
「ほんと何やってんだよ!」
思わず叫び声をあげる。それに驚き、近くを歩いていた人がギョッとしながらこっちを見る。くそっ、和彦のやつ。お前のせいで余計な恥かいたじゃねーか。
「和彦って、岡本和彦くんのことだよね。もしかして、はぐれたの?」
「えっと……そうかもな。アイツ、どこ行ったんだ」
不思議そうに訪ねる藤崎だが、真実を話すわけにはいかない。
多分これは、和彦なりの気遣いと言うか、藤崎と二人きりにしてやろうという、粋な計らいのつもりなんだろう。もちろん俺だって、そんなことになったら最高だ。
だがそうするには、一つ確認しておかなければいけないことがある。
「ふ、藤崎こそ、今日は一人で来たのか?」
「ううん。今屋台に並んでるから、私はここで待ってるの」
ほら見ろ。おそらく和彦は、藤崎が一人でいるのを見て一人で来たと判断したんだろうが、こういうことだって考えられる。
和彦のバカ野郎。連れがいたんじゃ二人きりになんてなれねーし、既に出来上がってるグループに加えてもらうなんて、図々しくてできねーだろうが。
まあいい。藤崎の浴衣姿が見れたんだから、それだけで十分だ。あとは一緒に来たやつが戻って来るまで話をして、それから別れるとするか。
「そう言えば、一緒に来たのってクラスのやつか?」
藤崎と仲のいい女子を、何人か思い浮かべる。この祭りは学校でも話題になることが度々あったし、俺と和彦のように仲間うちで来ていてもおかしくない。そう思っていた。
けれど、それは違った。
「えっと……一緒に来たのは、学校の子じゃないの。みんなにも、誘われはしたんだけどね……」
話ながら、なぜか途中でモジモジと口ごもる藤崎。いったいどうしたんだと思ったその時、俺達の間に別の声が割って入ってきた。
「藍、お待たせ。綿菓子、買ってきたぞ」
藤崎を、下の名前である『藍』と呼ぶ。そんな声の主に、藤崎はもちろん、俺だって目を向ける。
するとそこには、見覚えのある顔があった。
「先輩……」
先輩といっても、もう何年も前にに卒業しているのだから、本来ならこの呼び方でいいのかはわからない。だがとりあえず俺は、その人のことを先輩と読んでいた。そこにいたのは、
それは、先日部活に顔を出した、あのOBの先輩だった。
そして藤崎にとっては、小さい頃から面倒を見てくれた、お兄さんみたいな人だった。同時に、恋心をむける相手であることを、俺は嫌と言うほど知っていた。
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