第2話 始めた理由
その日部活を終えた俺は、一人とぼとぼと帰路につく。藤崎とは家の方角が同じだから一緒に帰ることもできたが、買い物をして帰ると言って、校門を出たところで別れた。
本当は、買い物の予定なんてないけれど、今日はなんとなく一人でいたかった。
だがそうして藤崎も別れても、どうやら一人でいたいという俺の願いは叶わないようだ。
「よう啓太。お前も部活帰りか」
不意に声をかけられ顔を向けると、クラスメートの岡本和彦の姿があった。
俺とは中学の頃からの同級生で、当時は同じ野球部に入っていた。そしてコイツは今も野球を続けている。
「野球部も今終わりか。三年生も抜けて、新チームになったんだよな。レギュラーはとれそうか?」
「うーん。うちは選手層は厚くねーけど、それでもすぐには厳しそうだな。もちろん、いずれはそうなるつもりだけどな」
練習も決して楽ではないだろうが、それを苦と思わせない和彦の姿は、中学の頃から変わらない。
俺だったらどうだろう。もしも野球を続けていたら、コイツと同じように、今ごろグランドで泥だらけになりながらボールを追いかけていたんだろうか。
ふとそんな事を思って、だけどすぐに、そんなもしもを考えるのに意味はないんだと気づく。
「はぁ~」
「なんだ、ため息なんてついて?」
「いや、ちょっとな……」
こんなことを考えたのも、部活中、藤崎に言われた言葉が頭に残っているのが原因だろう。
俺のことを熱心だと言う藤崎。だが、実際は全然違う。その事実が、どうしても罪悪感を抱かせる。
けれどそんなこと話す訳にはいかない。ましてや、俺が音楽を始めた本当の理由、軽音部に入った理由なんて、誰にも言うわけにはいかない。
「もしかして、藤崎と何かあったのか?」
「なっ──なんで藤崎が出てくるんだよ!」
藤崎が原因なのはその通りなのだが、それだけに、いきなり核心を突かれると慌てずにはいられない。だが和彦の言葉はそれだけじゃ終わらなかった。
「いや、このタイミングでため息ってことは、部活で何かあったって思うだろう。で、お前が軽音部入ったのって、藤崎と一緒にいるためじゃねーか。簡単に予想がつくって」
「なっ、なっ、なっ────っ!」
コイツ、俺が誰にも言えないと思っていたことをアッサリ言いやがった。と言うか……
「お、お前。どうしてそれを知ってんだよ!」
「見てたら普通にわかるだろ。そもそも、バレてないとでも思ってたのかよ」
そんなバカな!
できればそう叫びたかったが、和彦の呆れた様子を見てると、本当にずっと前からわかっていたらしい。いったいなぜ!?
いや、この際和彦がどこで俺の気持ちを知ったかなんてのはどうでもいい。それより、問題はもっと別のところにある。
「どうせ俺は、藤崎と一緒にいたいってだけで軽音部に入った不純な奴だよ。本当は、音楽なんて特に好きってわけでもねーのに」
そんな愚痴みたいな言葉が漏れ、練習中に交わした、藤崎との会話を思い出す。
好きなやつがやってるのを見て憧れた。それが藤崎の動機で、それは不純じゃないかと言っていた。
けど俺から見れば、そんなのわざわざ気にすることじゃない。きっかけはどうであれ、音楽に興味を持ったことに変わりはないんだから。
けど俺は違う。始まりは似ているかもしれない。けれど、弾いている姿に憧れ、自分もやってみたいと思った藤崎とは違って、俺はただ、藤崎に近づきたい一心で始めた。言ってしまえば、音楽そのものへの興味なんて二の次で、今だってそれは変わらない。
なのに、藤崎はちっともそれに気づかない。それどころか、日々部活に顔を出す俺を見て、熱心なんて言っている。
「──三島。おい三島。なに一人でブツブツ言ってるんだよ!」
気がつけば、すぐ隣で和彦が声を張り上げていた。どうも俺は、考え事をすると周りが見えなくなるらしい。
「いったいどうしたんだよ。藤崎のことになるとおかしくなるのはいつものことだけど、今日はなんだかいつも以上におかしくないか?」
「おかしい言うな。ただ、このまま軽音部を続けていいのかって思ってただけだ」
和彦の呼び掛けに気づいても、内心はまださっきまでの悩みに引きずられている。
「もしかして、軽音部やめるつもりか? 何かあったのかよ」
「別に何もねーよ。ないから問題なのかもしれねーけどな」
藤崎は相変わらず、俺の下心なんてちっとも気づいていなくて、純粋に音楽が好きでやっているものと思っている。そんなアイツのそばにいると、騙しているようで申し訳なく思う事がたまにあるんだ。
そんな罪悪感を抱えながら、しかも肝心の藤崎には、他に好きなやつがいる始末。そんな状態で、そこまで好きってわけでもない音楽を続ける意味が、果たしてあるんだろうか。
「こりゃかなり重症だな。とりあえず、元気出せって」
「そう言われて、急に元気になれるかよ」
俺だって、いい加減このネガティブ思考から抜けだしたいとは思う。
けど和彦には悪いが、元気出せと言われて出せたら苦労はしない。
しかし和彦の方も、そう言われたからと言って簡単に話を終わらせてはくれなかった。
「うじうじ悩んでたって仕方ねーだろ。せっかくだし、気晴らしにでも行かね?」
「気晴らしって、どこへだよ?」
「夏祭りだよ。ちょうど、今日あるじゃないか」
それを聞いて、学校近くの神社で毎年やってる夏祭りを思い出す。
別に、特別行きたくなるような何かがあるわけじゃない。けど和彦の言う通り、うじうじ悩んでいても仕方ないとは、我ながら思う。それに、こうして気遣ってくれるのをありがたくも思う。
「まあ、それくらいなら行こうかな」
「おう、それがいいって。どうせ、暇なんだろ。藤崎を誘ったりなんて、とてもできたとは思えねーからな」
…………一言余計だこのヤロー
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