第二話 休むことはない

 プラモデル。


 人型のロボットをモデルとした、プラスチック製の模型。15センチほどの大きさで組み立てと改造の容易な、危険な兵器。シミュレーションの座席の下部の空間へ入れると、それが機体として反映される。


 シュウはこの自分の知っているプラモデルが、かつて玩具と言われていたとは思えなかった。


 一度、何故プラモデルが動くのかメイに聞いたことがある。


「付喪神とかメリーさんとか、そういう理屈なんじゃない?」


 どうにもピンとこない答えだった。


 それからシュウは、本当のことは誰も知らないのではと思っている。




「今回の敗因は二つよ」


 戦闘敗北から一時間が経った。二人は休憩を終え、パソコンに映した先ほどの戦闘を見ていた。


「一つ目は装備の過信。二つ目は咄嗟の戦法ね」


「過信?」


「そうよ。ほら、これ見て」


 メイが戦闘中の映像へ指をさす。そこには攻撃を受けて壊れていくシールドが映っていた。


「脆い分軽いから、この武器はよく動き回る機動戦向けだったってわけ」


「つまり、逃げた方がよかったってことなの?」


「結果論だけど、そのとおりよ」


 そういった知識に疎いシュウは、ニュアンスで理解することにしていた。


「二つ目なんだけど……あそこはビルを盾に逃げたほうがよかったわ。私のミスね、ごめん」


 メイは大きく息を吐いた。


「でも、それは僕がまだ下手だから……」


「確かに、それはそれで問題よ。でも、私の落ち度だってことは変わらないわ。ちゃんと次に活かさないとね」


 メイは勝気で活発な少女だが、自分の非は素直に認める、年齢不相応の冷静な部分があった。


「まとめると、シールドに頼らず地形を活かす、そしていざとなったら飛び込む、よ。機動力があるなら、撃たれる前に近づきましょう」


「そんな、飛び込むなんて……」


「やるしかないの! 次の戦闘が始まる前に方法を考えるわよ!」


 メイが詰め寄り、シュウは反論する度胸もなく目線を逸らした。


「でも、僕にできるかな」


「やるのよ。サポートはするから、二人でいくわよ」


 尻込みしがちなシュウと積極的なメイは、戦績を除けば相性は悪くなかった。




◇◇◇◇◇◇




「パイロットシート固定完了。シミュレーター起動。動作チェック開始」


 戦闘が始まるのはいつも突然だった。


「モニター始動。通信開く」


 シュウはいつものように、機械のように淡々と準備を進めていった。


「機体反映完了。モニターの始動を確認。……いつも突然よね」


 通信が開かれ、メイのぼやきが混じる。


「レバー動作確認……うん、まだなにも思いついてないのに」


 機体も武器も変わらず、不安は拭えない。


 戦闘開始の電子メールはいつも突然送られてくるが、戦わなければなにも支給されないため戦わざるをえなかった。


「モニター異常なし。通信感度良好。システムオールグリーン。始まるわ」


「不安だよ……」


「次こそ大丈夫よ」


 ぼやきもそこそこに、シュウを励ますメイ。シュウも目の前のモニターへ顔を向けた。


「戦闘開始! 生きて戻ってきてね」


「シミュレーションでしょ?」


「それでもよ」




 戦場は荒野だった。障害物の少ない、荒れた大地がモニターに広がっていた。



「敵影は?」


「発見。距離は200よ。あの岩場に隠れてるわね」


 シュウがメイの示した場所を見ると、岩陰から敵の肩が見えていた。大きな二つの目を持った顔を持つ、ゴツゴツとした砂色の機体だった。


「こっちにも気づいてるかな?」


「こっちが気づいたから、きっとね。少し様子見しましょ」


 そんな悠長なことは言ってられなかった。


「来たよ!」


 敵機はシュウの機体を見るや否やブーストを吹かせ、斧一本を片手に真っすぐ突っ込んできた。


「なんっ……いいから撃って!」


 メイが言い終わる前にシュウは右腕に持たせたマシンガンを構え、操縦桿のトリガーを押した。ほとんど狙いをつけずに撃った弾丸は、ブレた射線どおりに進み敵機に数発だけ命中した。


「動揺しないで! 相手が思い切っただけでこっちが有利なんだから、ちゃんと狙って!」


「あ……ああ、うん」


 メイの声を聞いたシュウは我に返り、落ち着いてモニターの照準を合わせた。


 怯むことなく敵は向かってきている。斧の他にはなにも武器はない。


「あれなら、勝てるかもしれない」


 相手の狙いはわからないが、狙わない手はない。


 引き金を引いた。銃口からテンポのよく火花が散り、反動が砂を巻き上げた。弾丸が敵機の右腕へ穴を開け、落ちた斧が乾いた地面へ突き刺さった。


「やった。これなら武器なしだ」



「油断しないで! もう近くよ!」


 それでもなお敵は向かってきた。


「狙わず撃って!」


 メイの言葉を受け、突きつけるようにマシンガンを向けた。



「ああ!」


 シュウは叫んだ。


 敵は使い物にならなくなった右腕を盾にし、多少の被弾も省みず左腕でマシンガンに掴みかかっていた。


「メイ! どうしたら!?」


「もう蹴って! 武器がなかったら体格で負ける!」


 間に合わず、マシンガンが破壊される。敵がハンマーのように右腕で胴を殴りつけ、コックピットが振動に包まれた。


「どうなってるの!?」


「落ち着いて! まだ殴られただけで」 


 メイの声は聞き取れなかった。


 右腕が崩れ落ちた敵は怯まず肩を突き出し、自機の胸部を叩いていた。頭部を掴まれ手だけが映し出される。


「必死……!」


 頭部が損壊し、割れた視界に敵機の歪んだ眼が映った。


「敵も被弾してるの! 気持ちで負けちゃダメよ!」


 メイの言葉を聞く余裕はなかった。


 掴まれたままブーストを吹き、抵抗する間もなく押されて岩に叩きつけられた。


「かぁ……!」


 シートが跳ねる体を押さえつけ、空の胃を締めつけた。



 眼前には被弾で各所から火を噴き出す、拳を振りかざす敵機。



「死……ぬ……!?」




 心臓の音が止まった気がした。

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