第一話 喪失と勝敗
「純粋なら、意思を持つ?」
「そうよ。純粋な気持ちで作られたプラモデルは、意思を持って動き出すの」
ここへ来てメイと出会い、彼女から説明を受けた時、シュウは何がどういうことなのかさっぱりわからなかった。
「ここは? 君は?」
目の前にはメイがいて、初めて口にした言葉だった。自分の名前以外、何も覚えていない。持ち物も着ている白いシャツとズボンのみ。
「突拍子もないことだけど、最後まで心を強く持って聞いて」
シュウは、同じ境遇だと言うメイから全てを聞いた。自分と同い年だと言う少女は、自分と同じ背恰好をしていた。
自分がこの研究施設に攫われたこと。この白い部屋に閉じ込められていること。
ここでプラモデルという玩具を作らされること。
そのプラモデルを兵器として完成させるための実験体となり、シミュレーションで戦わされること。
その勝敗で支給される食べ物や衣服が違うこと。
そして生き延びるためには、施設に協力し続けるしかないこと。そうすれば、出られるかもしれない希望があること。
最後に、先にここへ来ていたメイが生活から戦闘まで、シュウのなにもかもをサポートするということ。
この状況も、説明された現状も、何もかもがあまりにも荒唐無稽すぎて、にわかには信じられなかった。
ただ生きていくためには戦わなければならないと、メイの目が語っていた。
「あなたに記憶が無いのは、それだけ純粋な意思に近づけるためだと思う。兎にも角にも、生き延びるためには戦いましょう」
「戦えば、生きられるの?」
「……ええ。2人で、戦い抜きましょう」
「……うん」
「いつか2人で、ここを出ましょう」
一呼吸置いて、メイはそう言っていた。
◇◇◇◇
声が聞こえる気がする。
「……!」
声が聞こえた。
「シュウ! しっかりして!」
シュウはそれがメイの声だと気づき、目を覚ました。
「どうして仮想空間からの衝撃がこんなに強いのよ!」
モニターは点いていないが、憤るメイの顔が目に浮かぶようだった。
「どうなった、の」
体のあちこちが痛むが、声は問題なく出た。
「あ、起きた……起きたのね!?」
「うん、起きた」
「よかったぁ……!」
未だにモニターは点かないが、シュウはメイがどんな表情をしているのかなんとなくわかった。
「怪我とかしてない? 意識はしっかりしてる?」
メイの口調は戦闘時とは違い、優しい。
「うん、大丈夫」
シュウは気絶している間、メイと出会った時のことを思い返していた。
「それで、どうなったの?」
状況が気になり、改めて聞き返した。
そして締め付けるようなベルトを外し、痛む体をシートに預けた。
「負けたわ。残り2分だった」
返ってきたのは残酷な結果だった。
「シールドが思っていた以上に脆かったの。攻撃を受けきれずに、そのまま腕と胴体を撃ち抜かれて負けたわ。それで、あなた自身は無事なの?」
分析した結果を言ったメイは、それよりもと聞いてきた。
「ホントに、怪我とかはしてない?」
「うん、多分だけれど」
質問に答えると、ようやく安堵のため息が返ってきた。
「心配かけないようにっていういつもの優しさだったら、あとで怒るからね」
シュウがメイと出会って約一か月。彼女と出会ってわかったことは、戦場以外では思ったよりも心配性ということだった。
「負けたけど無事でよかった」
「でもごめん。僕のせいで、今日もお腹が空いちゃう」
「私も邪魔してごめんなさい。文句なんて言ってる場合じゃなかったのに」
シートに預けた体がズレ下がっていく。体がようやく疲れを認識し始めたらしい。
「……お互い反省は後よ。まずはそこから出て、休憩しましょ」
「うん。ありがとう」
通信が切れ、コックピットは無音となった。
無音の中、シュウは自分の手を胸に当てた。
「うん、僕は、生きている」
記憶もないまま、よくわからないまま戦っている。霧の中でもがくような状況だが、この心臓の音が自分を感じさせてくれている。
「僕は、生きている」
心臓の音を聞く瞬間が、シュウの好きな時間だった。
通信は切れ、光源も僅か。
ただ、シュウの心音と吐息を本人だけが聞いていた。
「さあ、帰ろう。メイが心配する」
しばらく自分だけの空間にいたシュウだったが、シート右下にあるレバーに手をかけた。そろそろシャワーを浴びて休憩がしたくなった。
シート右下のレバーを引いてシート全体を後ろへ下げ、ドーム状のシミュレーターから外へ出た。
「遅いわよ」
下がり切ったシートの側で、少しくすんだ金色の髪を後ろで束ね、飾り気の無い白衣姿の少女が腕を組んで立っていた。
「待たせないでよ。心配になるでしょ?」
メイがシュウを出迎えた。
「ただいま、メイ」
「おかえり、シュウ」
二人の暮らしている部屋は、一面が白く最低限の家具や設備のある、八畳ほどの空間である。二人以外には誰もおらず、出入口はないのだが、定期的な支給品がいつの間にか部屋へと置かれていた。
「そのスーツはいつもどおり脱いでおいて。シャワー室のかごに着替えのシャツとズボンが置いてあるから使って」
メイがシミュレーターの近くにある机へ座りながら、シャワー室を指差した。
「え、今日は僕が当番だったはずだけど?」
「疲れてるでしょ? 今日は私がやっておくわよ」
メイは机の上で、複数のモニターと対面していた。足下にはプラモデルのパーツが転がっていた。
「先にシャワーを浴びて休憩してて。私は今の戦闘データを纏めてからにするから」
「……うん」
キーボードを叩くメイの手は、傷だらけだった。
「それじゃあ、先に浴びるね」
その手を見ていたたまれなくなったシュウは、逃げるように狭いシャワー室へと入った。
「はぁ……」
シャワー室の鏡にため息をついた自分の姿が映っている。湯気で少しぼやけ、輪郭が曖昧になっていた。
自分の薄い茶色の髪が濡れて目元を隠し。
「もっとがんばろう、僕……」
より一層、情けなく見えた。
この一か月での勝率は0。基準は無いが低いのは明白。
シミュレーションで勝つことができれば固形食が支給され、負ければそれだけ待遇が悪くなる。
「どうすればいいんだろう、僕……」
戦いたくはない。
だが、自分のために動いてくれているメイには報いたい。
「僕は……」
目元の隠れた自分自身の姿に、自分なんてそのまま全て隠れてしまえばいいとすら思えた。
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