プラスチックな後継者
よるにまわりみち
プロローグ 無人都市の子供たち
「敵影捕捉、距離300。シュウ、そっちで見えたら応戦して」
通信が聞こえた球状のコックピットには、白いダイバースーツにも似た服装の少年がシートに座っていた。
シュウと呼ばれた少年は、トリガーの付いた操縦桿を体の左右で握りしめ、両足をそれぞれの足元のペダルへかけていた。そしてその幼いパイロットを、360度近い範囲を映すモニターが包んでいた。
「了解」
シュウは通信先の少女の声に従い、レーダーとモニターに目を見やった。だが、どこにも敵は見当たらない。無人の都市がビルを開き、シュウと機体を囲んでいるだけだった。ビルを覆う窓ガラスが、少年の乗る灰色で角の少ない機体を反射させているだけだった。
「ねえメイ、ちゃんと近くにいるの? こっちだと何も見えないよ」
「なによ。私が間違った報告をしてるっていうの?」
メイと呼ばれた少女が反論した。少年の右にある小さなモニターが彼女の不満気な顔を映し出していた。
「シュウがちゃんと見てないだけでしょ。私もその機体を作ったんだから、索敵に問題は無いはずよ」
自信たっぷりのメイとは反対に、シュウは眉に皺を作っていた。
「もしかして、ビルの高さに怯んでるの?」
図星だった。
「だってビルだよ? 高いよ。この機体じゃとても耐えられない。僕だってこの機体を作ったんだし、不安にも……」
「ビルが倒れてきても、私がナビゲートしてあげるから平気よ。さあいつまでも隠れてないで、さっさと武器を構える!」
「でも、ここは都市らしく隠れた方が」
「高さ100のビルだからって、15の機体を隠しきれるわけないでしょ!」
正面モニターいっぱいに、メイの勝気な顔が映し出された。
「……でも、この武器じゃ心もとないよ」
「でもやるのよ! 小型のマシンガンでも倒せるはずなんだから!」
それでも反論しようとしたシュウだったが、言い負かされてしまった。二人は同年代だったが、シュウは性分故にいつも押され気味になっている。
「了解……」
シュウはメイから逃げる事を諦め、灰色の機体に武器を正面へ構えさせた。しかしそれだけでは、機体の貧相さと不安は拭えなかった。
「あんたはその機体に乗り始めて、もう三回目でしょ」
「勝ったことはないよ。いつも逃げてるだけ」
「……そうよね」
この一か月でシュウが勝ったことなどないと、メイはよく知っていた。
「でも、逃げ続けられるっていうのもすごいことではあるし、そこは間違いなく長所よね。勝てはしないけど、必ず負けることもないわけだし」
メイが短所も長所も等しく見ることは、この一か月でシュウはよく理解していた。だが、今はそれどころではない。それではすまない。
「とにかく!」
切り替えるようにメイは叫んだ。
「勝たないと私もシュウもまた栄養食! 味のある物を食べたいなら、四の五の言ってないで敵を倒して!」
そう、メイが現状を叫んだ時だった。
「うわぁ!」
衝撃がコックピットを揺らした。操縦桿から手が離れ、シートベルトが小さな体を支えた。
「しまった、距離100! 正面右!」
喉の奥が引っ張り出されるような衝撃を受け、シュウはメイの報告を耳に入れることができなかった。
「ごめん! でももう目の前!」
敵がビルの影から姿を現した。藍色の巨兵が、鋼鉄の体にマシンガンを構えている。完全に隙をつかれる形になった。
「……!」
敵の一つ目が光った。
「シールド構えて! 」
敵機のマシンガンが放たれ、派手な音がビルを叩いた。振動で割れたガラスと排出された薬莢が混じり合い、道路へと落ちていく。
「うわわわわわっ!」
寸でのところで左腕のシールドを構えどうにか防いだ。
「後ろに跳んで!」
メイの指示に従いシュウは攻撃の合間にペダルを踏んだ。背部に搭載された推進器を吹かせ、頭部にあるバルカン砲で牽制しながらシュウは機体を逃げさせた。
「敵の武器は中型マシンガン。飛び出た威力は無いけど、そのシールドじゃあと一度が限界でしょうね」
メイの分析を聞きながら、シュウは機体をビルの影へと隠した。ここまでで幾度も被弾し、その都度バランスを崩した。姿勢制御バーニアが働いて機体の転倒を防いでいたが、いつまでも保つものではない。
「どうにか撒いた、かな」
「でも時間の問題よ。今の内に武器の確認をしましょ」
了解とだけ、シュウは答えた。
「あまり好きじゃないけど」
小さく文句を言いながら、シュウは着ている白いスーツの胸ポケットからチューブ状の携帯食料を取り出した。好きではないが、喉の渇きはどうしようもない。仕方なく口へ運びつつ、シュウはモニターを開いた。
「マシンガンは無事。でもシールドは中破。頭部のバルカン砲は銃身が焼き付いてる。もう使えない」
自分の被害状況をモニターの一部に出し、一つ一つ確認していった。
「戦闘続行はそのもの可能、か」
チューブを食べ終わる頃に確認は終わった。相変わらず味はなかったが、ひとまず喉は潤った。
「敵はもうこのビルの反対にいるわ」
メイの言葉にシュウはチューブを捨て、慌てて操縦桿を握り直した。モニター端の残り時間が、焦りを加速させていった。
「まだ、武器は使えるのよね?」
「……うん」
モニター越しでも、メイの表情からは不安が見て取れた。
「私達がどうなるかは、このプラモデル次第なんだから、ね」
祈るように、メイは自分達で作り上げたプラモデルを駆るシュウへ言う。
「ここから出るには、それしかないんだから」
「うん、プラモデルは、なにも言ってはくれないから」
二人は自分の瞳を、それぞれのモニターへと向ける。
二人は幼いまま、このシミュレーションを繰り返す。
人の手によって作られたプラモデルが、そのモデルとなったものと同じ機能を有することが判明して20年。
作り手が純粋であるならば、意思を持つことが判明して10年。
ここはプラモデルの兵器転用を目的とした、某国の研究施設。
記憶喪失の2人の命運は、この遠隔操作によるプラモデル同士の戦闘シミュレーションに係っていた。
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