第十六話 仏の顔も

 第一印象の時から思っていたが、プーラガリア魔法学園は城である。

 広大な土地を余す所無く使ったこの設計に、ディリスは感心する。……あまりに立派すぎてファーラ王国に反旗を翻す前触れだとか妙な噂が流れていないのが奇跡と思えるくらいには。


 学校、というのは皆こんなものなのだろうか、と何となく浸っていると、生徒達が自分の事をちらちらと見ている。

 向こうは色々と思うことがあるのだろうが、こちらは一切ない。


 ただ、学校というものを満喫したいだけなのだ。


「あれが……クラーク様の所に二日連続で来ている人だ」


「何が目的なのかしら? クラーク様の力が目当てなのかしら」


 幸いか不幸か。耳は良い方だったので色々と聞こえてくる。


 その上で言おう。それしか価値がない男だろうが、と。


 少し魔法が天才なだけで、人間としての常識は全て欠落している奴に、何故皆嫉妬しているか。


 しかしてディリスは分かっている。それを素直に言えば、恐らくこの学園で戦争が起きる。


「……くだらない。皆あいつの何処が良いんだか」


 一瞥し、ディリスはその場を離れた。余計なトラブルは起こすものではない。

 必要なのは立ち向かう心ではない。二度と会うことが無いだろう人間からさっさと離れるリスク管理能力である。


「おや? 君は? 見ない顔だね」


 ディリスの前方に現れたのは金髪の生徒だった。取り巻きを何人も引き連れており、見るからに関わっていはいけないタイプ。そもそも金髪の美形、というだけで終わってる。某クラークを思い出してしまうからだ。

 無視一択だ、とそのまま横切ったディリス。


 しかしそれは悪手だった。


「おい君! この僕が声をかけているんだぞ! 返事をしないか!」


 金髪の美形に合わせて、取り巻きが騒ぎ出す。

 しくじった、と顔には出さなかったが、ディリスは眉を潜める。

 これは無視ではなく、相手にしてやるのが吉だったと。


「……何? 私、この学校の中見て歩きたいだけなんだけど」


 そう言いながら、ディリスは魔除けとばかりにクラークからもらったペンダントを突き出した。

 金髪の生徒と取り巻き達はそれを見て、驚きをあらわにする。


「そ、それはクラーク様が発行するゲストのペンダント!? 君、クラーク様とどういう関係なんだい!?」


 殺し仲間、と一言言えばそれで片付くのだが、それですんなりと受け入れられるほど楽しい仕事をしている自覚はなかったディリスは少し言葉に困る。

 色々と考えた結果、彼女は実にシンプルな言葉で返した。


「昔の仲間。以上」


 嘘をつけ! などとこれまたある意味予想の範囲内のリアクションであった。

 これはもうただ見知らぬ人に絡みたいだけなのだな、と結論づけたディリスは踵を返し、来た道を一旦戻ることにする。


 すると、確かに聞こえてきた。


「よせ、皆。落ち着け、あれはどうやったか知らないがクラーク様を騙して手に入れた物に違いない」


 精々言っていろ、とディリスは気にもとめず歩みを進める。


「大方、あの天才と言われていたエリア・ベンバーが復学させて欲しいと泣きつきに来たんだろう。あの赤髪の子と銀髪のみすぼらしい子供はオマケだよ、オマケ」


 それがよほど面白かったのか、後ろでは笑いが起きていた。それはとても楽しそうに。

 精々言っていろ、とディリスはなお気にもとめず歩みを進める。


 歩みを、進める。


 歩みを――。



「ねえガキ、今のもう一回言ってもらえないかな?」



 首を跳ね飛ばさなかったのは奇跡と言えた。辛うじてエリアとルゥの顔が思い浮かんだから。

 そうでなければ、きっとここは血で汚れていただろう。


「……へ」


 金髪の生徒は何が起こったか理解が追いつかなかった。


 遠くにいたと思えば、いつの間にか目の前にいて、剣をぴたりと首筋に当てられていたのだから。


 ディリスがやったことはとても単純。

 殺気を当て、怯ませた所で一気に距離を詰めただけである。

 金髪の生徒が分からないのも無理はない。そもそも次元が違うのだから、気付きようもない。


「今、エリアとルゥの事を馬鹿にしたよね? どうしてそんな事を言うの?」


「ぎ、ギルス! おい赤髪の女! ギルスから離れろ!」


「こいつギルスって言うのか。ならギルス、今の言葉撤回してもらえるかな? じゃなかったら死んでもらうけど」


「き、君……僕が誰だか分かってて言ってるのかい……!? 僕はギルス・コン・ギルフォード。このプーラガリアの重鎮の! 貴族の子供なんだぞ!?」


 記憶を手繰ってみるが、全く知らない。ということは『七人の調停者セブン・アービターズ』時代には頭に入れなくても良い小物だということである。重要なところならば、嫌でもコルステッドに叩き込まれていた。


「うん、知らないね。もう一度言うよ。エリアとルゥへの言葉を撤回して。そうしなきゃ死んでもらう」


「ひぃ……!」


 ギルスはこの眼を知っていた。


 貴族の息子だからこそ命を狙われた経験は少なからずある。今、目の前にいる彼女は“本物”だ。

 本気で人の命を狙える意志がある眼だった。


 取り巻きは何をしている、とギルスは見る。いつの間にか、周りには誰も居なかった。

 ディリスの恐怖に逃走したのだ。

 唯一こちらを見ているのは、じっと見つめているカラス一羽のみ。


「仲間は誰も居なくなっちゃったね」


「だ、誰のせいだと思っている……!」


「まあ、良いよ。さっ撤回してよ。今なら誰も見ていないからさ」


「こ……断る! 僕は誇り高きギルフォード家の長男だ。それを撤回だなどと……!」


「ふぅー……強情だね」


 ぴたりと当てていた剣に力を込めようとすると、ディリスの肩に手を置く者がいた。


「全く。君は貴族殺しにでも転職するつもりかい?」


「あ、あああ貴方は……!?」


 ギルスがディリスの後ろに現れた者を見て、目を見開いた。何せ、それだけ滅多に会うことが出来ない人だったのだ。


「クラーク様!? 助けてください! 殺されそうなんです!」


「クラーク。私は今、友達を侮辱されたんだぞ? 庇 う の か ?」


「はぁ」


 そう言うと、クラークはまずディリスの頭に拳骨を一発落とし、次はギルスへ拳骨を落とした。


「一通り見ていた上で言う。まずはギルス・コン・ギルフォード。君は貴族の子供だと言うならそれに恥じぬ振る舞いをしなさい。人を侮辱して楽しむのがギルフォード家の誇りなのかい?」


「っ……!」


「そして、ディリス。改めて言うぞ。貴族殺しになってエリアとルゥちゃんに迷惑かけたいのか?」


「私は――」


「立 場 弁 え ろ っ て 言 っ て い る ん だ よ 殺 人 者」


 ディリスの肩を掴む手に、更に力が入った。

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