第十五話 鈍感
ルゥをクラークの下まで送り届ける道すがらの出来事である。
ディリスは何となく昨日あった出来事を伝えることにした。
彼女にとっては特に改まって言うようなことでもない、というのが理由である。ただ単に、状況報告の意味合いが大きかった。
「え――ディーの宿敵の人と昨日、会った?」
「えと、エリアさんのお父さんをその、殺したって人ですか?」
足を止めたエリアとルゥはディリスの予想以上の表情を浮かべてしまったので、少しばかり調子が狂ってしまった。
「うん、あのクズ――プロジア・イグニシスとね」
「……大丈夫だったの?」
俯いてしまったエリアが落ち込んでいる、と感じたディリスは冷静にそれを報告する。無理もないだろう。親の仇がすぐそこまでいたのだ。
これで落ち込むなと言う方が無理だ。
「やろうと思えば殺せたはず。護衛で来てたオランジュと新たな『六色の矢』の子を超えるのが少々骨が折れそうだったけどね」
「そうじゃない!!」
エリアが発したのは落ち込んだような声ではない、怒りの声だった。
分からない、というのがディリスの正直な思いであった。
エリアが今、どんな気持ちなのか、分からない。どんな気持ちで、怒っているのか、分からない。
「そうじゃないよ……ディー」
ぎゅっとディリスはエリアの腕の中に包まれた。
「一人で危ないこと、しないでよぅ……。私とルゥちゃん、それにディー。私達は三人一緒でしょ? だから、一人で命かけちゃ、駄目だよぉ……!」
小刻みに震えていた。エリアが泣いている、と気づけないほどには鈍感ではないディリスであった。
否。
違う、その前に気づくことは出来たはずなのだ。もっと人間味のある人間だったら、もっと早くエリアが自分を心配してくれたということに気づくことが出来たであろう。
「ごめん、気づけなかった。エリアは私を心配してくれたんだね」
「私もっ私もディーさんが心配でした! 昨日何処に行ってたんだろってずっとずっと気になってました! だから……」
ルゥも涙目になりながら、必死に主張する。出会った日は短いながら、彼女のディリスを思う気持ちは本物であった。
二人にこんなに思われていたとは、露知らず。
「ルゥも、ごめんね。心配かけちゃったみたいだ」
ディリスの手を、エリアはそっと握った。
「今度は三人だよ。三人でプロジアさんと立ち向かおう。皆で危ないことをしよう。約束だよ、ディー」
昔ならば。
昔ならばきっとこの手なんか容易く振り払っただろう。
だけど、今は? 今はどうだろうか。
そんな事を考える前に、ディリスは握り返していた。
「うん、約束する」
「絶対だよ……?」
一件落着、といった雰囲気だ。
それで少しばかり調子良くなったディリスは、少しの微笑みと一緒にこう言う。
「エリアとルゥに危害を加える奴らを皆殺しにしようって改めて気持ちを入れる事が出来たよ。こちらこそありがとう」
「だから殺しは駄目!」
◆ ◆ ◆
「おや、今日は随分と仲の良いご登場だね。ディリス」
「見るなクラーク、眼球斬るよ」
右腕にはエリア、左腕にはルゥ。両腕それぞれがっしりと掴まれ、さながらハーレム男の登場とばかりにやってきたディリスを見たクラークは、本気で笑いそうになった。それはそれはもう机なんかバンバン叩いて、気の済むまで笑い狂いたかった。
だが、そこは《魔法博士》とまで謳われる賢者クラーク。
机の下で死角になっているのを良いことに、己の手をつねりあげる。そして、頬の肉を血が出るのではないかというくらい齧る。
これは断じてディリスに気を使っているからではない。自分の命が掛かっているからである。
「さ、さぁさぁ! 今日もルゥちゃんの召喚魔法講座が始まるよ~! ルゥちゃん頑張ろうね!」
「はい! 師匠、よろしくお願いしますっ!」
「ほらほら! ディリスは出ていった出ていった! 君がいると遠慮しちゃうから! エリアちゃんはいても良いよ!」
クラークの一言に、ついエリアは反応してしまった。
「え、私もいて良いんですか?」
「うん。君は壁を一つ乗り越えたからね。だからこそ見えてくる景色ってのがあるはずだ。ルゥちゃんへの特訓、見る価値はあると思うよ」
まるで子が親に許可を求めるように、エリアはディリスへ振り向いた。するとディリスは一度頷き、出入り口へと歩いていく。
「エリアも勉強出来るなら、した方が良いと思う。私はもう少しこの学校を見てみたいからうろつくことにするよ」
「そうかい? それならこれを身につけるといい」
クラークが投げてきた物を掴む。確認すると、それは簡素なデザインのペンダントであった。
「それはこの学校のお客様という事を証明するペンダントになっている。今渡したのは私の権限が付与されているものだから、大体の所は行けるはずだ」
「気が利くね。いつもこうなら良いのに」
「一言多い。返せこの殺人鬼が」
「殺人鬼じゃなくて殺人者だから私。じゃ借りるね」
後で絶対に返せよ、という言葉を見送りの言葉に、ディリスのプーラガリア魔法学園の散策が始まった。
一日目はただ帰るだけだったので、これが本格的な探索となる。
「学校、か」
学校という機関に来ることなんて絶対に無いと思っていた。
これも冒険者になったおかげ、とでも言うのだろうか。
今後二度と来ることはないかもしれないから、今のうちに堪能しておきたいと密かに思っているディリスであった。
そんな彼女を遠くで見ている者がいた。
「今日はアズゥの番。でも四分の三殺し」
プーラガリア魔法学園が見えるか見えないかといった場所に彼女――アズゥ・ヒーメルンがいた。
本をパラパラとめくり、ぴたりとページを止める。そこに記されているページを指差しながら、アズゥは歌うように霊語を操る。
「
だが、ここには魔法陣は発生しなかった。
「プロジアが魔法陣をあの学校に描いてくれたから、アズゥは危なくないんだよ」
くすくすと、イタズラに成功した子供のようにアズゥはただただ笑っていた。
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