第十四話 何だか無性に――

 人か魔か。

 プロジア・イグニシスは剣を向けられているというにも関わらず、応戦の構えを見せず、ただ立つのみ。


 そんな彼女に対し、ディリスは近づきもせず、だがその場から離れもしない。


「元気でしたかディリス?」


「確かめてみるか? 楽に殺してやるぞ」


「『七人の調停者セブン・アービターズ』にいた時と変わらない殺気、良いですね。これを受けると安心してしまいます」


 蒼い眼を輝かせそう返すディリス。嬉しそうに返すプロジア。

 今すぐにでも斬り殺しにいきたかった。だが、相手はあのプロジアなのだ。今この瞬間にも何か一手仕掛けている可能性があった。


「大丈夫ですよディリス。そう警戒しなくても、何も罠なんて仕掛けていませんよ。貴方を殺すなら正面からです。後ろから刺し殺すだなんて野暮なことは絶対にしません。誓えますよ、これだけは。貴方は私が殺したいのですから」


「その割には『六色の矢』だなんていう奴らに任せているじゃないか。何? ブルって戦えないのか?」


「私が用意した六人は私が自ら見定めた手足。やられるならディリス、貴方はその程度まで鈍ってしまったということですよ。私が殺したいディリス・エクルファイズではない」


「私 は 今 す ぐ に で も 始 め ら れ る が ?」


 一向に剣を抜く気配を見せないプロジアに、ディリスは苛立ちを覚えていた。

 昔ならば即向かって来ていたというのに、こういう時に向かってこないとはどういう了見だろうか。


 そんなディリスの思考が漏れているのか、プロジアは手を横に振った。


「まあまあ、今日は戦いに来た訳じゃないんです。お願いに来たんですよ」


「お願い? コルステッドを殺した後悔で介錯してくれというならやってやるよ」


「残念。そっちではないんですよ。今ディリスが保護しているあの銀髪の少女ルゥ・リーネンスを引き渡してほしいんです」


「ここでルゥの名前が出てくるってことはお前、ルドヴィについているのか」


 プロジアの口から出るのはまさかの人間だった。

 そうなってくれば、ますますここで生きて帰すわけには行かないとディリスは思考する。


「ええ、ちょっとした目的を達成するために手を取り合っている関係ですね」


「ルゥにろくでもない事が起きそうな気がするから丁重にお断りするよ」


「ちょっと廃人になる可能性がある事をしてもらうだけですよ? 終われば彼女はすぐ解放してあげます」


 プロジアが言い終わる前に、ディリスは駆け出していた。手には天秤の剣が握られている。


 今までの話を聞いた総括としては、やはり殺すという一択だけになった。

 ディリスの瞳にはプロジアの首だけが映っている。対する彼女はまだ応戦の構えを取らない。


 次の瞬間、プロジアの背後の暗闇から何かが光った。すぐさま彼女はそれが魔法弾だと理解、即座に天秤の剣で上方へ弾いた。


「うえぇ……完全に不意打ちだったのになんで弾けるのかな?」


「あ、この人がプロジアの言っている人だよね。ねぇアズゥ今殺してもいーい?」


 背後から新たに出てきたのは二人。その内の一人はオランジュ・ヴェイスト。もう一人はお人形のような見た目をしている長く青い髪の少女。こっちは初めて見る。


「……オランジュと、そっちは知らないね。何? 一人じゃ怖いから三人でお手々繋いで頑張りましょうってこと?」


「いえいえ。そろそろ帰ろうかと思いましてね。そのために来てもらった二人ですよ」


「生かして帰すと、思ってんのかなぁ?」


 プロジアの前に一歩出たオランジュは手で指鉄砲の形を作る。いつでも魔法を放てる、という意思表示であった。


「ちょっち待とーよ。三対一で勝てると思ってんの? もっと冷静になろーよ《蒼眼ブルーアイ》」


 これは僅かな情けである。


 今日は殺すために来たわけではなく、プロジアの話し合いの補助のために来ている。

 オランジュ個人としてはこんな所で戦って圧倒しても味気ないので、こうして“一応”諌めているのだ。

 そんなオランジュは次の瞬間、それを後悔する。


「私はプロジアと話してるんだ。引 っ 込 ん で い ろ」


 世界が凍ったような圧倒的な冷気を感じた。


 オランジュとアズゥはこの瞬間、“危険”という思考が合致する。


 今まで一体どんな修羅場を潜れば、これほどの殺気を出せるのかとオランジュは理解に苦しんだ。


 あのプーラガリア魔法学園の中庭で戦ったときも凄まじい殺気だと感じていたが、あれは全然本気ではなかったのだと改めて感じた。


「ねぇプロジア。やっぱり今、殺さないといけないと思う。アズゥと二人がかりでならきっと――」


「だ め で す よ」


 こっちもこっちで底冷えのする殺気が発してきたので、オランジュはもうさっさと帰りたくなった。

 前方には鬼、後方にも鬼がいてはいくら魔法が得意な自分と言えど、命がいくつあっても足りない。

 プロジアが軽く右手を挙げる。


「ディリス、お話のテーブルにつく気はないと確認できたので、明日からまた貴方にちょっかいを出したいと思います。そのちょっかいを全部潜り抜けたその時は、私は貴方と戦いましょう」


 アズゥの足元から魔法陣が出現した。

 そこから何か気配がしたと思った時には、既にプロジア達は上空にいた。


 彼女たちを乗せているのは巨大な鳥であった。まるで剣のような嘴、強靭な体躯、三角形の翼。


 これは書物で読んだことがある。


「魔界の移動手段と言われる凶鳥『魔刀鳥まとうちょうヤゾ』。あのアズゥっていう子供、召喚魔法の使い手だったのか」


 ヤゾが大きくいなないたと思ったら、一瞬で飛び去っていった。追うのは不可能。

 一人残されたディリス。だが、そこに感じるのは悔しさではない。


「手早く再起不能にしてお前にたどり着いてやるよ、プロジア。……絶対にな」


 ようやく会えた宿敵。もっと心がおかしくなるくらいになると思っていたはずだったのに。

 何故だろうか、その理由はディリスには分からなかった。


 だけど、何だか無性にエリアとルゥに会いたくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る