第十三話 月光の下の再開

「あ、帰ってきたよエリア」


「ほんとだ! お帰り~ルゥちゃん!」


 宿に帰ってきたルゥへダッシュ、そして思い切りハグ。このコンボは初めてではなかったルゥはただただ頬と頬をすりすりさせてくるエリアのなされるがままとなる。

 ひとしきり堪能した所で解放されたルゥはそのままディリスへと歩み寄る。彼女はまたいつもどおり、短剣で布の塊をお手玉していた。


「ディーさん、ただいまです」


「ん、お帰り」


「ちょっとディー! もうちょい愛想よくいこーよ! だから殺し屋だなんて呼ばれるんだよ!」


「いや殺し屋だし私」


 三人集まればいつもこんな感じで楽しい一時が始まる。

 この時間が、ルゥはたまらなく好きなのだ。


「それで? ルゥは結局何をメインに勉強していくことにしたの?」


「召喚魔法です。早速クラークさんに手伝ってもらって一人、契約してきました」


 それに驚いたのはエリアである。勢い余って顔が近づく。

 整った顔立ちに、同性ながら少しドキドキしてしまったルゥである。


「もう!? すっごいねルゥちゃん! 普通もっとじっくり召喚魔法について基礎知識を習得して、ようやく召喚霊との召喚契約だっていうのに! ねね、何と契約したの?」


「えと、それはですね――」


 そこで、ルゥはクラークから言われたことを思い出す。

 とても、とても、大事な言いつけだった。


「ごめんなさいエリアさん、クラークさ――“師匠”から絶対に初召喚するまで明かすな、と言われてまして……」


「え、ええ~! それ私達にも秘密なの?」


「ごめんなさい! ごめんなさい! 話に聞くと、だいぶ有名な召喚霊さんと契約してしまったみたいで、バレるとちょっと面倒なことになるって言われたんです!」


「でもでも~!」


 食い下がらないエリアの側にディリスが近づき、肩に手を置いた。


「エリア、あまり無理に聞いちゃ駄目だと思う。ルゥだってクラークに言われてるからそれを守ってるだけなんだよ。クラークを裏切らないようにさせてあげなきゃ」


 クラークの名前を出されれば、もうこれ以上何も言うことが出来ないエリアはとてもしゅんとした表情で、自分のベッドへと戻っていく。

 そんなエリアの背中へ、ルゥは言った。


「で、でも私、必ずディーさんとエリアさんが危ない時は喚びますから! だから、その嫌わないでくれると嬉しいです……」


 ルゥもルゥで泣きそうになっていた。

 その健気さに心打たれたエリアは既に彼女へと駆け出していた。ついでに大粒の涙を浮かべて。


「ごめんねルゥちゃ~ん!! わだじ、そんなづもりでいっでないがらぁ!! だいずぎ! だいずぎだよぉ!」


 一人は泣きそうになり、もう一人はガン泣きしているこの状況は一体何なのだろう。


 ディリスは喉元でもうその言葉が浮かび上がっていたが下手なことを言えば、何だかエリアに怒られそうな気がしたので、何とか飲み込んでやることにした。


(寝る前に夜風でも浴びようかな)


 このまま就寝をしたら何だか健やかに寝れそうにないので、一度外の空気を吸いに行くことにした。

 抱き合ってる二人に気づかれないよう、そっと抜け出し、宿屋の主人に一言告げ、外出する。


「月が、出ているな」


 雲ひとつ無い夜空に、まんまるとした月が一人ぼっち。優しい月光は地表全てをあまねく照らしていた。


 目を閉じる。


 澄んだ風がディリスの頬を撫でていく。この世界と一体になったような、謎の万能感に満たされる。


 こんな静かな時間は久しぶりだった。


 いつもならエリアが止まらないトークを繰り広げ、ルゥがそれに相槌を打って更に会話を盛り上げていく。

 自分はそんな二人をただただ眺めているだけ。


 いや、それは少し言葉が足りない。そう自分は――という気持ちで眺めていた。


「ちっ。最近どうにも穏やかになってしまう」


 あのクラークとでさえ今はああして喋れているが、『七人の調停者セブン・アービターズ』時代の自分は極めて無機質な会話をしていた記憶しかない。

 その辺も含めて、クラークの表情が妙に腹立ってしまったのはきっと仕方のないことだろう。


「ルゥが召喚魔法を覚えたら、今度はルゥも戦える依頼でも受けようかな。そうしたらもっと実戦経験を積ませることができる」


 少しそのへんをブラブラと歩きながら、ディリスは今後についてぼんやりと考えを浮かべる。


「エリアは壁を一つ乗り越えたんだから、もっとハイレベルな討伐依頼を受けても良いね。そうしたらもっと自信がつくはずだ」


 歩く道を柔らかく照らしてくれる月光は根拠のない自信を湧き上がらせる。

 そんなこと、今まで一度もなかったのに。


 そろそろ帰ろうかな、とディリスは来た道を戻るために踵を返した。



「赤髪のお嬢さん、良い月明かりですね。私とダンスでもいかがでしょうか?」



 背中から声がした。

 

 聞き覚えのある、声。



 ずっと探し求めていた声。




 殺したくて殺したくてたまらなかった声!!!




「私の前に現れるってことは、死ぬ準備して来たってことだよな? なぁ――プロジア」


 振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。


 長く黒い髪、身を包む長い黒コート、そして目隠し。

 間違いない。プロジア・イグニシスその人であった。


 眼でしっかりと確認したディリスは無言で天秤の剣を抜いていた。


「あらあら。ディリスは相変わらず血の気が多くて安心しますね」


 対するプロジアはただニコニコと笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る