第十二話 召喚魔法

「私、そんな召喚霊を……?」


「うん、やばかったよ正直。制御出来なかったらという前提だけど、この学園はおそらく半壊。私も本気で対処しなければならなかったかな? ってレベルかな」


 あっさりとそう言うが、クラークは本気で冷や汗をかいていた。当然、ルゥには悟られないように。


 一瞬漏れた力からざっくりと見当をつけてみたが、魔力の質や発していた覇気からしても、ほぼ間違いなく上級クラスか下手をすればそれ以上に力のある召喚霊しか思いつかなかった。


 そんな召喚契約前の化け物がうっかり現れてしまえば、血の雨が降るのは目に見えていた。


 あらゆる力を封じる魔法、『封印シールド』が間に合ったのは割と奇跡に近かった。


「まずはこの一言に尽きるね。すごいよ、ルゥちゃん。君は召喚魔法を極めるために生まれたような才能を持っていると、この《魔法博士》が保証するよ」


「でも、私、何が何やら分からなくて、その……ただ、今のは怖かったなって」


 戸惑うルゥへあえてクラークはフォローを入れなかった。

 突然の力に戸惑うのは当たり前だからだ。まずはそれを噛みしめる時間がなければいけない。


 むしろ彼は安心していた。

 今の力に“恐怖”を抱けず、むしろ増長するような人間だったならば。



 クラークは己の誇りにかけて、目の前の少女を抹殺していただろう。



「そう、君の恐れは正しい。まずはその力を噛みしめるんだ。今から君がディリスとエリアちゃんのために学ぼうとしている魔法はただの子供の火遊びじゃない。戦うための力なんだ。君は、その力と一生向き合う義務がある。……ここまでは良いかい?」


「はいっ。私、どこまで出来るか分かりませんが、それでも今の気持ちだけは忘れちゃいけないと思いました」


「良し、上出来だ! じゃあ早速今の力をちゃんとしたものにするための儀式を行うよ」


 そう言い、クラークは自分の机の引き出しから小瓶を取り出した。中身は粉のように見える。

 その小瓶の蓋を開け、彼はそのまま空中に放り投げた。


 舞い散る粉は彼の高速で動く唇に合わせ、ルゥの前方に魔法陣を描いていく。

 幾何学模様の赤い魔法陣だ。


 それを見たルゥが小さく驚く。魔法陣自体に、ではない。その門のような形にだ。


「これ……私が黄の指輪に魔力を流した時に見えた扉のように見えます……」


 ルゥの言葉に、クラークは確信していたかのように大きく頷く。


「今、私が描いたのは君がこれから行うことの補助になる魔法陣だ。ルゥちゃんは確かに言っていたね、“門が視えた”と」


「は、はい……そうです。視えました」


「それが君が召喚魔法を行使する際に、この世界と異界を繋ぐ架け橋になるんだ」


 つまるところ、召喚魔法とは適切な出入り口を作り、自分の力に見合った召喚霊を喚ぶことである。

 出入り口がしっかりしていなければ、喚べるものも喚べなくなるのだ。


「これから君にやってもらうことは単純。これから一体だけ召喚契約をしてもらう」


「これからですか!?」


「うん。鉄は熱いうちになんとやらってね。戦うための力が欲しいなら取り急ぎ一体は契約しておいた方がいいと思う」


 “大丈夫、私が補助してあげるからさ”とクラークが胸を叩く。


 あの《魔法博士》にそこまで言われたからにはやらない訳にいかない。

 ルゥは魔法陣を見据える。


 これからは全く未知の世界。何が起こるか全く分からない。

 だけど、あの過酷な人体実験を思い出せば、全部何とかなりそうな気がする。


「手を翳して」


「はい」


「ここからは召喚霊達が使う霊語を使う。魔法陣に触れて、私の言う通りに喋るんだ。――現れろゾフヘミ我に力を貸す者よ


 クラークに促されるまま、ルゥはたどたどしく霊語を口にする。

 途端、魔法陣の光が増した。同時に、辺りの空気が重くなる。

 それは予想通り。クラークは涼しい顔で続きを促す。


レオアワ異界の住人よデマパ我の力を見定めよ


レオアワ異界の住人よデマパ我の力を見定めよ!」


 その言葉を言った瞬間、ただでさえ重かった部屋の空気が更に重くなる。


 室内の固定されていない家具や書類、文房具までが震えだす。


 まだ魔法陣から出てきていないというのに、今から出てくるモノが発する力のせいだ。


 少しだけ怯えた表情を浮かべるルゥの頭に優しく手を置き、クラークは魔法陣が真ん中から左右に開いていく光景を眺めていた。


「さぁ、そろそろ来るね。良いかい? 臆せば駄目だよ。ただ、自分の想いを正直に言うんだ。彼らはそれを見てくる」


 左右に開いた魔法陣の向こう側は、真っ暗闇だった。かすかな光さえ入らない。ただの黒。


 そんな向こう側から足音が、聞こえてきた。だが、明らかに人間の足音ではない。


 ルゥのイメージではもっと荒々しくやってくるものだったため、これからやって来る者がどういった存在なのか、いよいよ見当がつかなくなった。

 それも直に分かる。


 ディリスとエリアの顔を思い浮かべ、ちょっぴりの勇気をもらったルゥは拳を握りしめ、ただ前を向く。


デユ私を喚んだのはコミ?貴様か?


 現れた存在を確認したルゥとクラーク。それに対する反応は真逆だった。

 正体が分からず、ただキョトンとした眼で見るルゥ。

 そして、冷や汗を浮かべるクラークである。


「ははは、少なくともその辺の雑魚が来るとは思っていなかったけど、まさかこいつに召喚契約を持ちかける事が出来るだなんて……。ルゥちゃん、やっぱ君すごいわ」


 喚び出された召喚霊は、自分よりも遥かに小さなルゥへと視線を落とした。

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