第十七話 決意の少女

「互いの言い分は分かっているつもりだ。だからここは私が預かる。これ以上はもう互いに言うのは無しだよ」


 クラークにここまで言われてはもう何も言うことは出来なかったディリス。業腹だが、従うことを選んだ。

 それがきっと、エリアとルゥのためになるのだろうから。


 ディリスはギルスを見る。逆上してくるものかと思えば、大人しい。

 さすがの貴族の息子も、《魔法博士》に諌められれば何も言うことは出来ないのだろう、とその程度にディリスは思っていた。


 だが――。


「な、何だ……あれ……!?」


 ギルスが指差していたのは一部始終を眺めていたカラスの方であった。


「何だか様子がおかしいね、ディリス」


「カラスの背中から何か浮かんでるけど?」


「どれ……あっ」


 即座に気づいたクラーク。瞬間、ギルスへ防御魔法を発動する。

 それを見たディリスから答えを促されたため、彼はにこやかにこう言った。


「召喚霊の魔法陣だねアレ。しかもヤバいの来そう」


「そんな危ない物の侵入を許すな」


 カラスの背中から浮かぶ魔法陣がビキビキと音を立てて割れる。


 そこからまず出てきたのは灰色の太い腕。大木のようだ。


 それが二本、三本、そして――四本。


 力任せに引き裂き、とうとうソレは姿を表そうとする。


「四本腕……あっちゃ~これほんとヤバいかも」


「知ってるの?」


「四本腕でリーチ、あとは見た目が私の思う通りならビンゴ」


 ぬるりと、現れた。

 下半身は白い蛇のように、上半身は灰色の筋肉質な逆三角形、筋骨隆々とした四本腕。そして一つ目の頭。

 それを全て確認したクラークは右手人差し指を立てる。


「はい、ビンゴ! おめでとう!」


「言ってる場合、か!」


 目に止まらない速さで振り抜かれる右拳を剣の腹で受け止めるディリス。

 さっさとこれが何なのか喋るように促すと、クラークは少しばかり表情を引き締める。


「彼は『四鉄腕してつわん単眼蛇たんがんへび』。天界の名のある召喚霊が住まう城を警護する番犬だよ」


「戦法は?」


 言うよりも早く、ディリスは動く。


 時間差で繰り出される拳撃に対し、避けられるものは避け、人間にとっては急所である脇下を撫で斬ってやる。当然だが、死なない。


「音速並の速度を出せる四本腕を振るい、丸太のような蛇の下半身で絞め殺すって感じかな? 助けいる?」


「そんな事してる暇あるならさっさとそこのガキをどっかにやれ。戦闘の邪魔だ。……はぁ、召喚霊っていうのは本当に厄介だ」


 フック気味に振るわれた左腕に対し、ディリスは防御の姿勢。二本腕ならともかく、その二倍の数なのだ。流石にこれは避けきれなかった。


 インパクトの瞬間、後方に大きく跳躍し、勢いを殺す。


 しかし、それでも学校の壁に叩きつけられるという無様。


「君は熟知しているだろうが、彼らは召喚者の魔力を使って身体を実体化させている。早い話が魔力体だ、つまり――」


「魔力を込めた攻撃なら殺せる」


 普通の人間ならば既に背骨が折れている可能性もある速度だったが、ディリスはすぐに立ち上がる。それどころか天秤の剣を握り直し、戦闘続行はまだまだ余裕と言った所。


 眼が、蒼くなった。



「教えてやるよクソ蛇。人間だけ殺して《蒼眼ブルーアイ》の異名付いた訳じゃないってことをね」



 ディリス・エクルファイズの殺しが人間相手だけと、誰が言っただろうか。

 彼女は剣に魔力を込めると、それが瞳の色と同じ蒼い輝きを見せる。


「ディリス! もうちょっとだけ持ちこたえてくれ! そうすれば彼女たちがそいつを倒しに来る!」


「彼女たち? 誰がこいつらを――ああ、持ちこたえるのは良いけど、殺してしまったらごめんね」


 一本目の腕を掻い潜り、逆から来る腕に対して剣を深々と突き刺す。感じる確かな手応え。


 魔力で包むことで魔力体へ有効なダメージを与えられたという確信が得られたディリスは、そのまま三本目と四本目の腕を避け、すれ違いざまに胴体を斬りつける。


 仰け反る『四鉄腕してつわん単眼蛇たんがんへび』。跳躍し、首筋を斬りつけた後、一度大きく距離を取った後、ディリスは敵を注視する。


 具体的には、塞がっていく傷である。


「召喚霊っていうのは皆こうだ。斬っても斬ってもすぐに回復する」


 魔力体であるが故、召喚者の魔力さえあればいくらでも身体を修復してみせるのが召喚霊である。


 ディリスにとって、この対召喚霊戦は初めてではない。


 彼女が『七人の調停者セブン・アービターズ』時代に取っていた戦法は次の二つになる。


 一つ目は、召喚者を早急に探し出し、抹殺する。これが一番楽な方法だ。


 二つ目は、召喚者の魔力が尽きるまで召喚霊を殺し続ける事。召喚霊の維持のために使われる魔力は莫大だ。だからこそ、召喚魔法というのは誰でも気軽に使える魔法ではないのだ。


 どちらも行ったことがあるディリスからすれば今回は前者のパターンであってほしかった。


「召喚者も見当たらないし、これは耐久マラソン決定かな」


 既に魔力が尽きるまで殺し尽くす手段を考えていたディリスは、自分の身体がまだまだ動くことを再確認した後、踏み出そうとする。


「ディーさーん!」


「ディー!」


 だが、遠方から聞こえてくるエリアとルゥの声が、ディリスの第三のパターンをもたらすことになる。


「エリアにルゥ、思ったより早かったね」


 尻尾の足払いに対して前宙で対応、同時に『四鉄腕してつわん単眼蛇たんがんへび』の一つ目に剣を突き立ててやる。これで死んでくれたら御の字だが、やはり天界の城を守る番犬なだけあって、タフの一言に尽きる。


「ディー、生きてるよね!? クラークさんにここへ来るよう言われて来たんだ!」


「そっか。ということは、クラーク。これがルゥへのテストなのか?」


 クラークは少し困った笑顔を浮かべる。


「別のテストをするつもりだったよ。こいつは予定に無い完全なイレギュラー。けど、ルゥちゃん――やれるね?」


 ディリスの視線はルゥへと向いた。

 ルゥはしっかりと見つめ返した上で、こう言い切った。


「はい! 私が、あの召喚霊を倒しますっ!」


 良い返事だ、とディリスは大きく跳躍した後、エリアとルゥの側に着地する。

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