第六話 『六色の矢』
ダメ元で動いてみようとしたが、腕に力が入らない。
もはや変わらぬ事実に、ジョヌは辛うじて動く口を開いた。
「ああ……お前たちの勝ち、だ」
「ジョヌさん……どうして、こんな」
エリアはジョヌに近寄った。
「なぁに、とある奴に教会の運転資金を出してもらってね。義理を果たすためにはディリス・エクルファイズ、お前を殺さなければならなかったんだ」
「良くある話、と言えばそれまでだけどね」
そのやり口は見覚えがある。人への恩の着せ方が一流であり、気づかぬ内に自分の手駒を増やすその悪辣さ。
これでジョヌをけしかけてきた者が誰なのか、確信出来た。
どこまでも人のことを馬鹿にし、上から目線で物事を見極める最悪の人間。
「プロジアだな?」
もう誤魔化そうという気もないのか、ジョヌは首肯した。
「何だ、《
「あいつはどこだ……って言っても分からないか」
「ああ、悪いな。顔写真と名前と目的だけ言ったら既にいなかった」
「……まあ、良い。奴は必ず私の前に現れるだろうからね」
そうかい、とジョヌは小さく呟いた。
「ああ、クソ。忘れてた、最期に頼まれちゃくれないか?」
「聞くだけなら良いよ」
「あのボロ教会にいる子供たちの世話してくれる所を探してくれないか……? ああ、あとそうだな、あとは“あまり大したことも出来なくてすまん”とでも言ってくれたら尚、嬉しいな」
ディリスが頷こうとした次の瞬間、エリアの両手が光に包まれる。
ディリスもジョヌも、その光の正体にすぐ見当がついた。
「回復魔法の一つ、『癒しの光』。エリア、使えたんだね」
「練習中だからまだ完璧じゃないけど、それでも今ここで! やりたいの!」
エリアの声が震えていた。それに込められた感情は、ディリスの予想外のもので。
「ジョヌさん! ジョヌさんのそれは逃げです!!」
「な……」
「ジョヌさんがあの子達を拾ってきたんですよ! 最後まで面倒を見ずに、ここで死のうとしてるんですか!? 卑怯です! ジョヌさんは卑怯ですよ!」
泣きながら怒るエリアの隣に、ルゥがゆっくりと歩いてきた。
「牧師様には、待ってくれてる人がいるはずです。だから、その……手放さないでください。残された子たちは寂しいと思います。……絶対に」
泣くエリア、悲しむルゥ。
その二人にジョヌは何も言い返せなかった。
「僕……俺は元々賞金稼ぎだった。当然人を殺していた。そんな毎日が退屈でね。別に、あの子供たちを拾ったのだって気まぐれだったんだ。暇つぶしになればいいと、その程度の奴なんだよ、俺は」
回復魔法が徐々にジョヌの傷口を塞いでいく。それにつれ、悪かった顔色が徐々に良くなっていくのが見て取れる。
少なくとも、もう死の危険は無い。
だからなのか、ジョヌは少しばかり口数が多くなった。
「くそ……死ぬつもりで来たのに格好つかねぇ……」
「格好つかなくたっていいですよ。子供たちのために何かをしてあげられればそれで、良いんじゃないでしょうか?」
「…………そうかもな。元々格好のつかない俺だったものな」
エリアの言葉に思う所があったのか、ジョヌは僅かばかり空を見上げる。
次の瞬間には、彼は立ち上がっていた。
完全に背中を向け、無防備な状態のまま言う。
「意外だな、背中を向ければすぐにでも斬り殺されると思ったんだがな」
「ここで首でも刎ねたら私はいよいよエリアとルゥから嫌われるからね」
これは冗談ではなく、確信。しかし、今までの自分ならばそんな事は一切歯牙にもかけなかったのに、それを選ぶことを少しばかりためらっていた。
そんなディリスの戸惑いとは裏腹に、その言葉にジョヌは大きく笑っていた。
何せ、ただの殺人機械だと思っていたのに、それは大きな間違いだったのだから。
「何がおかしい?」
「いや、すまない……。君はプロジアから“殺人という言葉が最も似合う”という評価しか聞いていなかったからな」
「あいつの言葉は呪いだよ。耳にするだけで自分という存在が汚されていく」
「ははっ……でもそういう奴から金をもらっているからね。あまり、悪口も言えんよ」
少しの沈黙の後、ジョヌは言った。
「エリア、と言ったね。こんな私に情けをありがとう。ルゥという子、君はとても優しいね。その心をいつまでも持っていることをおすすめする」
そして、彼はディリスの方へと顔を向ける。
「俺を見逃してくれる気まぐれな《
そう言い、彼は五本指を立てる。
「あと五人。プロジアはあと五人、君にぶつけてくるだろう。本当の理由も目的も分からない。だが、彼女は確かに言っていた、君を殺すとな。俺を含めたそいつらの名は――」
彼は言った。
これからディリス・エクルファイズが、ディリス達が戦うこととなる者たちの名を――。
「『六色の矢』。それがディリス・エクルファイズを殺すためだけに集められた者たちの名称だ。よく覚えておけ」
受け取るための感情は何も用意していない。
ただ、ディリスは舌打ちをするだけで、己の中にある感情を全て表した。
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