第七話 戦うための力
あの時、自分は何も出来なかった。
眠りの中にいたエリアは昨日の出来事が鮮明に脳裏に浮かぶ。
ジョヌ・ズーデンとの戦いで加勢するどころか、自分を縛る状況から脱するには余りにも遅すぎたという体たらく。
もしも父親だったら、どうあの状況を抜け出してディリスを助けに行けたのだろうか。
いけないと分かっていても比べてしまう。
だってディリスもきっと自分のことはただの――。
「んぅ……」
そこで朝の光に意識を覚醒させられた。
エリアはゆっくりと起き上がり、すぐにその状況に気づく。
「あれ? ディーとルゥちゃんは?」
いつもならまだ寝ているディリスとルゥがいない。
何か変わったことはないか、辺りを注意深く観察していると、すぐにソレに気づいた。
「あれ? 机の上に何かある? メモ……」
拾い上げ、それを読むと、そこにはこう書いてあった。
「“ルゥに頼まれたから特訓をつける”……場所は」
すぐに身支度を済ませたエリアは宿屋から飛び出し、目的地目掛け走り出した。
「やぁ!」
「そんなやる気のない振りじゃもう何百回も殺されてるよ」
プーラガリアの一角にある公園にディリスとルゥはいた。ディリスはいつもの黒コートを纏い、ルゥは普段の白ワンピースから動きやすそうな服装に変わっている。
それぞれ木剣を持ち、ルゥが果敢にディリスに向かっていた。
何度か打ち合うと、ルゥの攻撃を軽く避け、足を引っ掛けて転ばせる。
その繰り返しをされていたのか、ルゥの身体は土埃塗れだった。
「ディー! ルゥちゃん!」
エリアの存在に気づいたディリスは片手でルゥに休憩を指示する。
「ルゥちゃん大丈夫?」
「は、はい。大丈夫ですっ」
ディリスはエリアが何を言いたいのかすぐに察し、このやり取りの目的を伝えることを選択した。
「ルゥから頼まれてね。自分も戦えるように訓練してほしい、ってさ」
「はい……私、ジョヌさんとの戦いの時、何も出来ませんでした……。ディーさんのように剣を振るうことも、エリアさんみたいに魔法を使うことも、なんにもなんにも……出来なかったんです」
それは奇しくも、自分と同じかそれ以上の悔しさ。
思わずエリアはそれを否定していた。
「ルゥちゃんが気に病むことはないよ……! だって、私だって、何にも出来なかったし……」
一連のやり取りを見ていたディリスは、口を開く。
それは友人としてではなく、プロの殺し屋としての一言だ。
「今の現状を憂いても何も変わらないよ。大事なのは今行動するか、しないかだ」
「それは……」
「エリアはルゥをどう思う?」
突然の話に、思わず面食らってしまったエリア。すぐに言葉が足りなかったことを察したディリスは補足する。
「ルゥは私みたいに剣を振らせたほうが伸びると思う?」
その問いなら、と彼女は即答する。
「ううん、ルゥちゃんは私以上に魔力量がある。流石に操作精度は私のほうが上だけど、それを腐らせるのはもったいないと思う」
「じゃあエリアみたいに色んな魔法を使わせた方が?」
「それも……ちょっと、違うかな? いや、もちろん使えたほうが良いと思うけど、多分ルゥちゃんの魔力量なら“あの分類の魔法”をメインで勉強してもらった方がうんと伸びると思う」
ディリスとエリアは声を合わせる。
「「 召 喚 魔 法 」」
その魔法の事はルゥも知っていた。
自分の魔力を媒介に、魔界、天界、精霊界の住人を一時的に呼び出し、己の力とする魔法のことである。
しかし、それはおいそれと手の出せるものではない。
「やっぱりエリアも同じ結論に辿りついたね。やっぱりエリアはすごいよ」
「でもルゥちゃんの年齢で召喚魔法は……」
「やれるよ。そう思ったからエリアもその名を口にしたんでしょ?」
「ディーさん、エリアさん、やっぱりその……それってすごく難しいんですよね」
召喚魔法は然るべき訓練を受けなくては使えない。
それこそ、他の魔法を覚えた方がまだ易しいとすら言える。
「うん。召喚用の魔具の確保、それとの契約、そして自分と波長が合う召喚霊との契約。ただ攻撃魔法や補助魔法覚えるよりやることが沢山あるよ」
「そうなんだよね……だからもしルゥちゃんが召喚魔法を勉強したいって思うなら私達も何とか勉強方法を探してみようと思うんだけど……」
ルゥは少し迷った。
難しいとされる召喚魔法を自分なんかに出来るのだろうか、と。
だがほんの前のディリスの言葉を思い出す。
行動するか、しないか。
「私、召喚魔法を覚えてみたいです。もう、ただ黙って眺めているのは嫌ですっ」
ルゥの言葉に、二人は頷いた。
するといきなり、ディリスは踵を返し、どんどん歩いていく。
「じゃあエリアとルゥ、ついて来て。今から召喚魔法を教えてもらうよう話をつけに行くから」
「今から? ディーそういう知り合いいるの?」
「うん。気緩むと殺したくなる程度の知り合いがね」
「それは多分知り合いですら無いと思う」
◆ ◆ ◆
ディリスを先頭に歩いていたエリアはどんどん見覚えのある道にいることに気づく。
「ねえ、ここから先はプーラガリアの魔法学校だよ? ここの関係者じゃないと入れないと思うんだけど……」
「今から行くのはそこだよ」
「ええっ!? そこ!?」
「あの、エリアさん。魔法学校ってどういうことを勉強するんですか?」
そう聞かれたエリアは簡潔に説明する。
「魔法の才能がある人達が色んな魔法を学んだり、その魔法自体を研究する所かな? ルゥちゃんくらいちっちゃな子供から大人まで、色んな人達がいるんだよ」
「わ、すごいですっ。今からそこに行くんですよね? 楽しみだなぁ……」
「よく知ってるねエリア」
「うぇっ……!? まあ、一般常識だしね」
思わぬ場所への来訪に途端ワクワクし始めるルゥ。鼻歌も歌い出し、とても楽しそうにしている。
そんな彼女をよそに、エリアは改めて目的を問いかける。
「もしかしてルゥちゃんをここに入学させるの? それもアリだと思うけどそれならかなりの時間が……」
「ううん? 入学してちまちま勉強してたらいつ実戦に出れるか分からないよ。……ここにいる奴に、直接教えさせる」
「そっかそういうことなんだね。でもここの知り合いって?」
話している内にそれは見えてきた。
巨大な敷地、そして見間違えるような巨大な建造物。そこに通じる、まるで城門のような石造りの巨大な正面玄関。
これこそプーラガリアが誇る魔法学校『プーラガリア魔法学園』である。
「君達止まりなさい」
すぐに門番に止められる三人。武器を持っており、ここがただの学び舎でないことを早速思い知る。
「ん? そっちの桃髪の君は……」
門番の発言を遮るように前に一歩踏み出し、ディリスは臆することなく、用件を告げた。
「クラーク・ウィーリスジアに用があるから、あいつを出して」
その名に、門番とエリアが驚きの声を上げる。
「が、学園長を!? 君、何者だ!?」
「誰でも良いでしょ。早くあの性格破綻者に私の名前を出して、すぐに来ると思うから」
その時だった。
「もう来ていると言ったら、どうするんだい?」
魔力の気配がしたと思ったら、ローブを身に纏った男性がディリスの肩を叩いていた。
金髪で整った顔立ち、ともすれば若造には見えない凄み。身につけているローブも相当質の良い素材を使っている事が見て取れる。
改まった場に出れば、女性ならば誰もが目を引き、同性ですらその溢れるカリスマに平伏すだろう――そんな男性。
そんな男性を、ディリスは蹴り飛ばした。
「痛ったぁ!」
「相変わらず気持ち悪くて安心したよ、クラーク」
やはりと、エリアは確信した。
「こ、この人があらゆる魔法を使いこなすマジックマスターにして、世界最強の魔術士とも噂される《魔法博士》のクラーク様……!」
「どうもマジックマスターにして《魔法博士》です。君可愛いね。君の心と召喚契約、していいかい?」
あ、これ偽物なのかな? と秒でエリアは考え直した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます