第二話 訳あり牧師

「ねえディー」


「どうしたの?」


「あの人が今回の依頼者さんなんだよね」


「うん、受付に話してそのまま依頼を受けたから間違いないよ」


 先頭を歩くジョヌ・ズーデンの背中を見ながら、エリアはひそひそとディリスに耳打ちをする。


「あ、危なくない人……なんだよね?」


「すごくおっきな人ですよね……」


 ジョヌと最初に出会った時のエリアとルゥのリアクションはそれぞれ個性があった。


 エリアはその怖そうな雰囲気に怯まないよう、必死に笑顔を作り、ルゥは目を丸くさせ、彼のガタイの良さにひたすら感心していた。


 そんな事を思い出しながら、ディリスは呑気に言う。


「何とかなるよきっと」


「本当に……?」


「任務の時、偽情報掴まされて三十人ぐらいに囲まれた事があったけど何とかなったから、きっと今回もなんとかなるよ」


「ディーさん、すごいですっ」


「ルゥちゃん? これは悪い大人の言う最悪の例だからね? 真に受けちゃ駄目だよ?」


 エリアは段々この純粋なルゥがおかしな方向にいってしまうのではないかと一抹の不安を覚えてしまった。


「君たちは」


 そう一言前置き、ジョヌは歩きながら話し始める。


「君たちには大事な物はあるかい?」


 ディリス以外が頷くと、ジョヌは続ける。


「僕にもある。それが今向かう所さ」


 見えてきたのは古びた教会であった。プーラガリアの隅っこにあるというだけあり、周りに人の気配は感じられない。

 だが、不衛生というわけではなく、壁や扉など教会周辺は綺麗に清掃されている。


「ここだ。入ってくれ」


 促されるまま入ると、どたどたとこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。


「ジョヌさま! おかえりなさい!」


「ジョヌさまー!」


 十数人の小さな子供たちが嬉しそうにジョヌへ駆け寄ってくる。ジョヌは一人ひとりに応えていく。


 そんな光景を見ていた三人に、子供たちはとうとう気づいた。


「おきゃくさんだー! わー!」


「ひとがいっぱい!」


 楽しそうにする子供たち。エリアは早速馴染み、おもちゃにされていた。


「わー髪きれー! さわっていい?」


「う、うん……」


 ルゥはルゥで小さな女の子達のアイドルになっていた。


 微笑ましく見ていたジョヌはやがて手を叩き、子供たちを外に遊びに行かせる。


 最後の子が出ていったのを見届けると、彼は三人に私室へ来るよう促した。


「かけてくれ。すまないが、ウチは経営が厳しくてね。お茶は出せない」


「失礼します。ルゥちゃんは私の隣に座ろ?」


 ディリス、エリア、ルゥの順番で座り、ジョヌはそれに向かい合うという形になった。


 早速切り出したのはディリスである。


「で? 依頼っていうのはどんな内容?」


「え、ディー聞いてから受けたんじゃないの?」


 まさかの発言に、ついエリアはディリスの方へ顔を向けてしまった。


 すると彼女はあっさりと首を横に振る。


「いや、何か面白そうだったからその場でオーケーしちゃった」


「ディー……ほんと、もう、ディー……」


 今度からは全部自分で引き受けなければ、と心に強く決めたエリアである。


 そんなやり取りを意に介さず、ジョヌは一枚の紙を三人の前に差し出した。


 紙には絵が描かれており、ルゥが素直な第一印象を口にする。


「豚……さん?」


 描かれていたのは人型の豚の魔物であった。


「『盗賊ポーク』か」


「そうだ。そこの赤髪の……えっとディリスと言ったか。知っている者もいるが、改めて説明させてもらおう。こいつは夜に紛れ、いつの間にか食料を持っていくことで有名な魔物でな。邪魔をしないなら危害を加えないが、邪魔をするなら反撃してくる特徴を持つ」


 その説明を、ディリスが補足する。


「おまけにこいつらは群れを作って、さながら盗賊団のような連携で食料を探し当て、持っていく。逃げ足も速いときたもんだ」


「じゃあ……今回の依頼って」


「ああ、君たちにはこの『盗賊ポーク』の撃破を頼みたい。ウチはただでさえ赤字経営でね。それで最近狙われだしたものだから、困っていた」


 小さな子供達の食料を狙う悪質な行為。


 真っ先に憤慨するのはやはり、心優しいエリアであった。彼女の手は既に握り拳が作られている。


「許せません! 皆の大事な食料を持っていくだなんて!」


「はい……許せません」


 それに呼応するように、ルゥもエリアと同じように握り拳を作っていた。


 この依頼を引き受けるかどうか、答えは既に出ていたようなものである。


「僕が個人的に調査した結果、奴らはプーラガリア市外にある『三角樹の森』に拠点を作っているらしい」


 一拍置き、ジョヌは続ける。


「このプーラガリアにもやはり貧富の差というものがある。その差に翻弄され、捨てられた子供を気まぐれで拾っていったら今ではこんな大所帯だ。せめてこの子供たちが成人し、僕の元を離れていくまでは面倒を見てやりたいと思っている。そんな健やかな成長を阻む魔物をどうにかしてくれ。頼む」


 そう言い、頭を下げるジョヌへエリアは近づく。


「だいじょうぶでずよぉ……! わだじだぢがぜっっっっっっっったいなんどがしでみせまずぅ!!」


 その優しさに心打たれたエリアの目から涙が溢れ出していた。ルゥも涙こそ流さなかったものの、何度も頭を縦に振り、やる気を見せていた。


 早速現地へ向かうため、エリアたちは教会を後にする準備をしていた。


「どうしたのディー?」


「ううん、ルゥと先に行っててくれる? すぐに追いつくから」


「? うん、分かった」


 部屋にはディリスとジョヌだけとなった。


 一人だけ残ったディリスを不思議に思い、彼が口を開いた。


「行かないのかな?」


「いや、何でお前が直接始末しに行かないのかなって思ってね」


「私が? ああ、そういう事か。私はこんな見た目をしているが、特段戦闘能力は――」


「あるね。誤魔化せると思ってるの? だから私はお前の依頼を受けようと思ったのに」


 静かに走る緊張感。


 ディリスはあくまでもジョヌを真っ直ぐ見つめている。まるで根比べというばかりに。


 彼女は最初からジョヌに感じていたのだ。所謂、“強者の匂い”というものを。


 だから興味を惹かれた。どんな依頼が舞い込んでくるのだろうかと。だが、蓋を開けてみれば大したことのない討伐依頼。

 “自分でやれば早い”のに。


「……まあ、良いや。だけどエリアやルゥに危険が及びそうなら誰が相手でも殺すよ」


「そんな事にならないよう、祈ろう。牧師らしく、ね」


 言いたいことを言えたディリスは部屋を後にする。


 出ていく彼女を最後まで見届けたジョヌは、小さく呟いた。


「あれがディリス・エクルファイズ、か」


 サングラスを外した彼の眼は鋭かった。

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