第二章 六色の矢編

第一話 三人組、結成

「うーん……」


 ディリスの借りている部屋でこれからについての話し合いが行われていた。と言っても、エリアが一方的に考えているだけであり、ディリスはいつも通り隅っこの椅子に座って短剣でお手玉していた。


 議題はもちろんルゥのことである。


「私達って冒険者だからルゥちゃんを危険な依頼に連れて行くわけにはいかないよね……」


「そーかもね」


「でもでも、ルゥちゃんを狙う人たちがもう来ないなんていう保証もないし……」


「そーかもね」


 ずんずんとディリスへ近づき、宙に浮かんだ布の塊を取り上げたエリア。

 そのままの勢いで彼女はディリスを叱りつける。


「もう! ちゃんと聞いてるの!? 今大事な話ししてるんだよ!」


「聞いてる聞いてる。ルゥをどうしていくかって話でしょ?」


「そーだよー! 一緒に考えよーよー!」


 そんな二人のやり取りを聞いていたルゥは少し涙目になりながら、おずおずと手を挙げる。


「あ、あの……私、ご迷惑なら……」


「違う違う! 泣かないで~!」


 怒ったり慌てたり、と忙しい友人だなとディリスは他人事である。後ろ腰の鞘に短剣を納め、ディリスは立ち上がる。


 対するルゥはびくびくしながら、彼女を見上げた。伸びる手にぎゅっとルゥは目を瞑った。


「ルゥは勘違いしているよ。そもそもルゥを放り出すのは前提として無い。エリアが考えているのはルゥに危険が及ばないためにはどうしたらいいかってことを考えているんだよ。ね、エリア?」


「……何かディーに全部持っていかれた気がする」


「私は連れて行って良いと思うよ。安全だろうが、危険な依頼だろうがね」


 ディリスはそう言い、自分の手を優しくルゥの頭に置いた。


「向かってくる奴は全員殺せばいい。それよりもルゥにはやらなければならないことがある」


「やらなければならないこと、ですか?」


「その膨大な魔力の使い方かな」


 ディリスの今までの経験から振り返っても、このレベルの魔力量を保有する者はそういない。


 だからこそ、今のままでは余りにも危険なのだ。


「制御できない力はただの厄だよ。だからルゥはその使い方を制御する義務がある」


「私に、出来るんでしょうか……?」


「大丈夫、エリアが教えてくれるはず」


「私!? あれ!? ディーが教えるとかじゃなくて!?」


 抗議に対し、ディリスは鼻で笑った。


「私、魔力の使い方下手だし、そもそも魔法使えないし」


「……魔法使う人たちを相手にもしてたんでしょ? 良く今まで生きてたね」


「危なかったら避ければいいし、斬れそうなら斬れば良いだけだしね」


 このデタラメさはこれ以上突っ込んだら疲れるだけだと判断したエリアは、気を取り直してルゥに向き直る。


「とにかく! 元々私も教えるつもりだったから大丈夫! 一緒に頑張ろルゥちゃん!」


「はい……! ありがとうございます!」


「じゃあ話は決まりだね。早速依頼を受けに行こう」


 珍しくやる気に満ち溢れるディリスに理由を聞いてみたら、実に彼女らしい答えが返ってきた。


「ん、元より私は頭使うより身体動かすタイプだからね。今は出来ることをやろう。そうすれば、いつか私の望みが叶いそうだからね」


「……そっか。じゃあそうと決まったら冒険者ギルドに行こうかルゥちゃん!」


「はい! その、ディリスさん、エリアさんよろしくお願いします」


 身支度を整えながら、ディリスは言う。


「ディーで良いよ。これから長い付き合いになりそうだしね」


「ディー、さん……はい! ディーさん、よろしくお願いします!」


 こうして、何の因果かは分からないが訳あり三人衆が出来上がった。


 “今までの”ディリス・エクルファイズにとって、この状況はあり得ないと言って良いだろう。


 常に一人で道を切り開いてきた自分にとって、仲間がいるという期間は皆無。


 だからなのだろうか。


 少しばかりの居心地の良さを感じているのは。



 ◆ ◆ ◆



「さーてどの依頼を受けるディー?」


「ふわぁ……人がいっぱい……」


 人の多さに、目をぐるぐる回すルゥ。


 それに気づいたディリスはエリアに声をかける。


「私が選んでくるからエリアはルゥを見てて」


「ディー」


「どうしたの?」


 つかつかと近寄り、エリアはディリスの肩をがっしりと掴む。


「ぜっっっっっっっったいに死ぬような依頼持ってこないでね?」


「私はエリアに出来ない依頼を持ってくるつもりはないよ」


「この前ディーが引き受けそうになっていたドラゴン退治、あれが私に出来ると思ってたの?」


 何故かエリアの笑顔が怖くなったディリスはわずかに目を逸らしつつ、返した。


「私もいるし、エリアも潜在能力が高い。死にそうな状況にある者は常に最良を選択出来るようになる。これは殺人者の常識だよ」


「ない! あってたまるかー! 今回はルゥちゃんも依頼こなすんだから絶対危なくないやつだよ! じゃあ行こっかルゥちゃん」


 実はエリアとルゥの限界を突破させるため、シルバーランクの冒険者が受ける依頼を取ろうと計画していただけに出鼻を挫かれてしまった。


 仕方がないから、ブロンズ相当が受ける簡単な討伐依頼でも適当に見繕おうと張り紙を眺めていると、横から声がした。


「君、依頼を探しているのかい? それなら引き受けてもらいたい依頼があるんだが……」


 声の主は、一言で言うなら柄の悪い牧師。

 

 牧師服だけならまだしも、金髪にサングラスと来れば、そう思うのは何ら不思議ではない。


「おっと、自己紹介がまだだったね。僕はジョヌ・ズーデン。プーラガリアの隅っこで孤児院を経営している者だ」


 そう言い、ジョヌ・ズーデンは恭しく一礼をする。

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