第四話 初めての依頼、初めての敵
ファーラ王国領内にあるジルギア平原。
常に穏やかな風が吹き、『安らぎの平原』とも呼ばれるこの平原に、ディリスとエリアはいた。
「ディー! そっち行ったよ!」
「オーライ」
障害物はなく、ただ柔らかそうな草が生い茂っている中、二人は懸命にとある生物を追いかけていた。
「エリア、方向変えた。次はそっちだ」
「もぉ~! すばしっこいよ『フェザーラビット』!」
ぴょんぴょこぴょんぴょこ飛び跳ねては、ディリスとエリアを出し抜いていく白い兎型の魔物――『フェザーラビット』。
普通の兎との差は背中に生えた小さな翼である。
全身のしなやかな筋肉と、翼から生み出される変則的な動きは、初見で捕まえることは非常に難しいと言われている。
「ままならないね」
「惜しかったねディー」
「ねえエリア、アレ殺しちゃ駄目なの?」
「駄目駄目。そんな事したら依頼達成出来ないよ」
「……『フェザーラビット五匹を生け捕りにする』、だったよね」
「食堂のマスターからも言われてるでしょ? “フェザーラビットは鮮度が命! 素人が殺すと味が落ちるんだー!” って。冒険者としてディーが最初に受ける依頼なんだから、ちゃんと頑張ろう!」
生死を問わないのであれば、とっくの昔にフェザーラビットの死体を山積みに出来る自信がディリスにはあった。
既に動きは見切っており、何回か捕獲出来る場面があったのだが、このフェザーラビットは中々上手く逃げる。
「とりあえず目標について整理しよう。フェザーラビットはまず素早い。だけど、空中にいるときは独特の浮遊感があるから、上手く着地点を予測すれば捕まえるまでは容易い」
「捕まえた後が問題だよねー」
「そう、捕まえた瞬間、身体を高速回転させて強引に手から抜け出してくる」
「何か手以外の方法で捕獲する手段があれば……」
その動作こそがフェザーラビットの逃走率を高めていた。
逆に言うと、その動作を封じ込めることさえ出来れば捕獲は簡単ということである。
ディリスは遠くでこちらの様子を伺っているフェザーラビットを見ながら、思案する。
「そうだエリア、何か動きを封じる魔法って使える?」
「あ、そっか。その手があった」
するとエリアは人差し指をフェザーラビットへ向け、意識を集中させる。
「『
瞬間、フェザーラビットの胴体、そして後ろ脚に魔力の輪が出現した。途端フェザーラビットはジタバタし始める。
言葉には出さなかったが、ディリスは驚いていた。
「速いね。このレベルで『
「えへへ~! 私すごいかな?」
「うん、すごい。これなら実戦でも実用に耐えうる」
「もう、すーぐそうやって戦いに結びつけたがる」
「ところで、動きを封じたは良いけど、ここからどうする?」
「一応、大きな布袋は預かってきてるけど……」
簡単には破れない頑丈そうな布袋を取り出しながら、エリアはそう言う。
それならば、とディリスはゆっくりとフェザーラビットへと近づき、剣を抜いた。
「ちょ、ディー! 殺しちゃ……」
「いや、殺さないよ。もっと手早くいく」
そう言いながら、ディリスは剣の柄頭をフェザーラビットの頭部へと振り下ろす。
殺さない程度の力加減で頭を打たれたフェザーラビットは気絶し、大人しくなる。それを確認したディリスはエリアに『拘束』を解くよう言い、手早く布袋へと放り込んだ。
「はい一丁上がり」
「良かった……」
「うん、思った以上に簡単に寝てくれた」
「そうじゃなくてディーだったらつい勢い余って殺しちゃうんじゃないかと思って」
「確かにそういうことも結構やらかしたことはあるよ。情報源となりそうな奴をうっかり殺しちゃうのは私みたいな殺人者のあるあるだよね」
「そんなあるあるあってたまるかー! 駄目だからねディー!」
エリアが『
これにより、捕獲の効率は格段に跳ね上がり、今までの苦労は一体何だったのかというレベルであっという間に終わってしまった。
フェザーラビットが詰め込まれた布袋を前に、ディリスは確認の意味を込めて、言った。
「これで、終わり?」
「うん! 後は依頼主に引き渡して、依頼終了の証明書を貰えば、冒険者ギルドから報酬をもらえるよ」
「そっか」
呆気ないな、というのがディリスが最初に浮かんだ感想であった。
彼女が『七人の調停者』時代に受けてきたのは、常に殺しが絡む任務だ。少なくとも、こんなにほのぼのした空気は一切あり得ない。
殺しの無い依頼というのはこれほどまでに――。
「どうだったディー?」
「どう、って?」
「初依頼達成できたことだよ。感想は?」
「感想か……」
少し考えて、ディリスは先程思っていたことも踏まえ、彼女らしい実にシンプルな感想が組み上がる。
「そうだね。私でもこういう事が――」
彼女はそこで口を閉じ、エリアの前に一歩出る。
「ごめん、感想はちょっと待って」
「え?」
突如、天空より飛来する黒い影あり!
「ほぉ……血の匂いを追ってきてみたら、これはこれは随分美味そうな人間じゃないか」
その姿を見て、ディリスとエリアは目を疑った。
黒き翼、細身の身体とは裏腹に巨大な腕、そしてどこまでも禍々しいオーラ。
人間に似て、人間ではない。それよりももっと邪悪とされる存在。
「何? 闇の住人である『魔族』様に絡まれるような事してないと思うけど、私達」
「何でこんな所に魔族が……? 滅多に人前に姿を表さないのに……」
手だけで、ディリスはエリアに下がるよう指示をする。
唐突に攻撃されても即座に対応できるようにだ。
「とりあえず自己紹介しておこうか。俺は誇り高き魔族の一人『ジグル』。そうだな、俺たち魔族と人間はまあ互いに干渉しないように距離を取っているのは違いない。だがな」
巨大な腕でディリスを指差し、ジグルは続ける。よく見ると指先が鉤爪となっている。明らかな戦闘用の腕。切り裂かれば重傷は間違いないだろう。
「そこの赤髪の女、ディリス・エクルファイズと言ったか? 貴様が我が同胞を狩っているということを耳にしてな。だから貴様を殺しに来たということだ」
「でぃ、ディー。そうなの?」
「どうだ? 絡まれる理由は理解したか?」
黙って話を聞いていたディリスは、とりあえず愛用の天秤の剣を抜くことにした。
「『七人の調停者』時代なら、人間殺して楽しんでいた魔族を殺してやってたけど、何? そういうのも復讐の範囲に入ってるの?」
「そいつらじゃねえよ。無抵抗の魔族のことを言ってんだ」
「任務かムカつく奴じゃなきゃ殺しはしないけど、誰の話をしてるの? 本当に私か?」
「いや、ムカつくからって殺しは駄目だよディー……」
「それで、確認だけど」
エリアの冷静な指摘はあえて聞かないことにし、ディリスはジグルへ改めて確認をする。
「結局やるの? やらないの?」
「と う ぜ ん や る」
途端、充満する殺意、そして闘気。
鉤爪を持つ両腕は更に膨れ、戦闘態勢は完了といった所。
普通の人間ならば、一撫でで殺されるのオチだろう。普通の人間ならば、だ。
「改めて名乗ろうか。俺はジグル、二つ名は『裂爪』。殺された同胞のため、貴様を殺す。――名乗れ、小娘」
「ディリス・エクルファイズ。元『七人の調停者』改め、冒険者。――私の前で“殺す”という言葉を出す事がどういうことか教えてやるよ」
《蒼眼》――ディリスの眼は既に“蒼く”なっていた。
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