第三話 握り返せる手

「あの、ディリスさん……」


「うん。何でも答えよう」


 偽物が去ったのを見届けた後、エリアはディリスと向かい合っていた。


 今、目を逸らせばもう二度と会えないような気がして、ただその一心で。


「あの! ディリスさんがその……あの、《蒼眼ブルーアイ》なんですよね」


「その通り、私があのロクデナシの――《蒼眼ブルーアイ》」


 既にディリスの眼が茶色に戻っており、同時にあの世界全てが凍りそうな殺気も霧散していた。


「私、何を話せば良いか……その、ずっと会いたかったので!」


 何から話せば良いかエリアは次の言葉を出せない。


 無理もないと言えば、無理は無かった。自分がどれだけ探していたか、相手が相手だけに下手すれば一生会えない事さえあり得ない話ではない。


「そっか。うん、聞いていたら、そうみたいだったもんね。……ちょっと付いてきて」


 ディリスはそう言い、エリアと共にある場所へと向かった。


 路地裏を出て、表通りを少し歩いてから、脇道へ入ると宿場通りへとたどり着く。ディリスはその中でも一番小さな宿屋へ目指していった。


「入って」


「ここがディリスさんの部屋なんですね」


「うん、しばらくここにいようと思って部屋借りてたんだ」


 座るように促されたので、エリアは手近な椅子にちょこんと座る。一番小さな宿というのもあり、座り心地はそれほどでもない。


「さて、単刀直入に聞く。一応、聞く」


 そんな人間ではないと、今までのやり取りから判断した上で、ディリスはケジメとして改めて聞いた。


「エリアはコルステッド・ベンバーの娘、で間違いないんだよね? もし冗談だったならまだ、うん、エリアなら許せると思うから正直に言って」


「間違いないです。私、エリア・ベンバーはコルステッドの娘です。父の名とこの短剣に誓います」


 懐から取り出した短剣を受け取ったディリスはそれをじっくりと見る。鍔に刻まれている月と小剣の刻印。これは、紛れもなくベンバーの家紋であった。


 頷いた彼女はそのままエリアに短剣を返却する。


「会えて良かったのはこっちの方かもね。コルステッドからたまに話を聞いてたから、嬉しい」


「私も、嬉しいです。……あっ!」


「どうしたの?」


「あ、いえ、その私何も知らずに酒場でディリスさんに色々言っちゃってたな~って」


 特にマズイと思ったのは父・コルステッドからのディリスへの言葉であった。

 知らなかったとはいえ、本人を前にして“出来の悪い生徒”とはよく言えたものである。


 穴があったら入りたい、と本気でエリアは後悔した。


 そんな彼女をよそに、ディリスは腰から短剣を抜き、手近な布の塊を真上に放り投げる。


「事実だしね。小さい頃、死にかけてた所をコルステッドに拾ってもらってから色々教えてもらったけど、どうにも私は殺しの技術と剣の扱いしか吸収できなかったみたいだ」


 布の塊を短剣の刃でそっと受け止め、また真上へと放る。ディリスが良くやる、簡単なお手玉のような遊びだ。


「ディリスさんとお父さんってどういう関係だったんですか? お父さんはファーラ王国の情報部長だったからその関係ですか?」


「ううん。コルステッドは『七人の調停者セブン・アービターズ』の一人だからね。そこで色々叩き込まれたよ」


「……え?」


「え?」


「お父さんが『七人の調停者セブン・アービターズ』……? ファーラ王国の情報部長、じゃなくてですか?」


「あ、どっちかというとそっちがメインかな。ただ、コルステッドは強かったからね。そっちも兼務で入ってたんだ」


 エリアは知らなかった。自慢の父が更に自慢できる存在だったことに。


 ディリスは知らなかった。まさかコルステッドが娘に立場をしっかり喋っていなかったことに。


「えっと……もしかして私、余計なこと言った?」


 途端、ディリスはぶわっと冷や汗をかく。

 もし死んだら、地獄でコルステッドに殺されるんじゃないかと一瞬脳裏をよぎった。


「い! いえいえ! むしろ理解しました。……お父さんはそっちの関係で死んだんだって」


 とうとう、その話をすることになり、ディリスは少しばかり緊張していた。これほどの緊張は初仕事の時以来かもしれない。


「さて、じゃあそっちの話もしないとね」


「ディリスさんが酒場で言っていた、裏切り者一人ぶち殺せなくて……って言っていた同僚が、そうなんですね……」


「……今説明の手間が省けたっていう感情と頭良いねっていう感情の二つが湧いた」


「あはは……ありがとうございます」


「そういうこと。続きを、話す」


 次の言葉が一瞬詰まってしまった。自らの無能と、裏切った"ヤツ”への抑えきれない殺意、エリアへの後ろめたさ、その全てが濁流となって溢れそうになったのだ。


 だが、今はエリアの前。ディリスは速やかに感情をコントロールする。


「もう色々と察しているようだから端的に言う。半年前、『七人の調停者セブン・アービターズ』で裏切り者が出てね。鎮圧しようとしたコルステッドが殺された。私も向かったんだけど、もう遅かったよ」


「そう……だったんですね」


「謝って済む問題じゃないけど、ごめん。私がもう少し早く着いて、奴を殺せていれば……」


 頭を下げる彼女に対し、エリアはそう簡単に返事が出来なかった。どう言葉を掛けてやれば良いのかが、分からない。


 知り合ってまだ間もないのだ。許すとか許さないとか、そういう以前の話なのだ。


「ディリスさんは」


「ん」


「お父さんを殺した人を探して……敵を討つんですか?」


「そういうこと。コルステッドを殺した報いはきっちりと受けてもらう」


「……今の私には、ディリスさんのその気持ちに対しても、お父さんを殺した人に対しても、何も言うことが出来ません」


「……そっか」


 すると突然エリアは立ち上がった。



「だからディリスさん! 私と一緒に冒険者を真面目にやりませんか!?」



 あまりにも、唐突。

 冒険者がどんな職業か分かっているからこそ、ディリスはこう思った。


「私は向いてないと思うよ。持ってるアイアンランクだって仕事上必要だからとりあえず手に入れただけだし。それに、殺すだけしか能が無い奴に自由な冒険者は務まらない」


「向きます!」


「向きます?」


 まさかの即答に、ついついディリスは頭空っぽな返しをしてしまった。


 更にエリアは続ける。


「冒険者は自由で、何でも起こります! だからディリスさんが探している人に会えるかもしれない、私はお父さんの敵に対する答えを出せるかもしれません。二人で一緒に、探しに行きましょう!」


 馬鹿だ、とディリスは率直にそう思えた。


 自分の事は喋ったというにも関わらず、全く態度を変えずに接してくるどころか、共に行こうと言ってくれるエリア。


 彼女に対して出来ることはないはずだ。殺してきただけのディリス・エクルファイズに、何かが出来るわけがないのだ。


 だが、差し出される彼女の手を見ると、そんな"何か”が見つけられそうな気がして。


「ディー」

「え?」

「私のことはディーと呼んで。あと、敬語もいらない」

「……それじゃあ!」


 笑顔を浮かべるエリアを見ているのが何だか照れくさくて、ディリスは口早にこう言った。


「私、冒険者のことは良く分からないから、色々教えてねエリア?」


「は、はい!」


「敬語」


「うん! 分かった! 色々教えるよ!」


 だから、ディリスがその手を握り返すのは、ごくごく自然な流れなのだろう。

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