第2話 刀剣


 喉元に突き付けられた白刃を前にして、秦は完全に固まってしまった。


「何者だ。名を名乗れ」


 眼光鋭いその女性は秦に問うた。本当に危機的なときは妙に呑気なことを考えてしまうもので、秦は「いや、まずそっちが名乗れよ」と思ってしまったが口には出さなかった。

 すると、美玲がすかさず間に入った。


「違う! 誤解です。誤解!」


 すると次の瞬間に彼女らは別の言語でしゃべりはじめ、秦はしばらく刀を突きつけられた状態で会話を見守るしかなくなった。


「えーっと」


 秦が一言発しようとすると、また刀――短いので脇差かもしれない――がぴくっと動いてかちゃりと鳴った。


「ひええ」


 秦は情けない声をだした。すると、出会って一秒で抜き打ちしてくるような凶暴な女性の表情が少しゆるみ、そのまま刀身を鞘に収めた。

 秦は大きく息を吐くとその場にへたり込んでしまった。


「いや、すまなかったよ。すっかり暴漢が侵入して美玲を襲ったのかと」

「いや、彼女に誘われたのですが……」


「どういうこと?」

「それは……ハハハ」


 秋瑾は美玲を問い詰めたが、彼女はきまりがわるそうに口ごもっている。


「まあ、いい」


 秋瑾は秦に向かって直立し非礼を詫びると、自らの名を打ち明けた。


「シュウキン? どのような漢字を書くのですか」


 秦がそう問うとと彼女も筆をとり、二人の名前に続けて半紙の余白に――秋瑾――と書き込んだ。


「綺麗な名前ですね。私は秦瑞希といいます」

「うん、今見たよ。綺麗な字だ」


 秋瑾は半紙に目を落としてそう言った。

 そして多少仰々しく姿勢を正して頭を下げた。肩に無駄な力が入っておらず首がすらりと長く見え、背中が真っすぐな美しいお辞儀だった。


 秦もあわてて直立し、ぺこりと頭をさげて「よろしくお願いします」と言った。

 

「そうだ。お近づきの印にいいものを見せて差し上げよう」


 秋瑾は脇差を持ったまま、突然押し入れの方に向かって歩き出した。美玲はなにやらこちらを見てニコニコしている。

 

「これだ」


 秋瑾が押し入れの戸を開け放つと、下から一段目には布団――そこまでは普通だが――二段目には桐箪笥たんすのようなものが据え付けられていた。


 秋瑾が箪笥の取っ手を勢いよく引っ張る。すると、中から大小の白木の棒がジャラジャラと出て来た。


「これは……」


「日本刀だ」


 何かの脅しなのかと秦は震え上がったが、秋瑾は打って変わって満面の笑みになり、それぞれの刀をどの刀鍛冶が作ったとか早口で解説をし始めたので、ただの好事家こうずかであることがすぐにわかった。


 秦は「はあ」と気のない相槌を打っていた――刀鍛冶だけに――が、秋瑾の見識が想像以上に深くすっかり感銘を受けてしまった。


「ほら。面白いでしょう」


 美玲が秦に自慢げに笑いかける。


「ん?」

「いや、なんでもないですから!」


 秋瑾が首を傾げると、美玲は慌てて話を続けるように促した。


 秦は誘い文句だった「面白いもの」とはこれのことかとなんとなくわかった。



 秋瑾は教壇に立つ教師のように滔々と解説を続けていたが、突然廊下が軋む音が聞こえた。


「あっ、誰か来る!」


 秋瑾は取り出していた白鞘の脇差を押し入れの桐箪笥に急いでしまうと、秦の足を払って彼の身体を押し入れの下段に投げ込んでしまった。


「えっ、ちょっと!」

「静かにしてて!」


 秋瑾は秦にそう言いつけると、押し入れの襖をぴしゃりと閉めた。








  

 

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