11
「さあ、行け」
鴟蛇さんの号令で一斉に散っていく残虐ハムスター達。すわこの家を穴だらけにでもするつもりかと疑ったが、そういえば失せ物探しのために来ているのだった。
「なるほど、これは効率の良い……」
「便利でしょ? 燃費も良いしね」
「それはまあ、霊異なら餌代も要りませんしね」
「ん? ああ……そうだね」
まあ、いくら経済的に優しかろうと、見た目が可愛かろうと、その正体は霊異である。
幽霊の正体見たり枯れ尾花、とはよく言ったものだが、現実は本当はもう少し苛烈で、信じていたものが霊異だったということもままあったりするのだ。
「ごめんなさい、待たせちゃって」
ハムスターがいなくなるタイミングを見計らったように、お婆さんがお茶とお茶請けを持ってきてくれた。
いや、実際に鴟蛇さんはタイミングを計っていたのだろう。あのハムスター達は多分、人形と同じく常人にも見える類の霊異だ。
「こんなもので悪いけれど」
「いえ、
早速パクつく私と、上品にお茶を飲む鴟蛇さん。この辺りが私と鴟蛇さんの美少女的な格の違いなのかもしれないが、お茶より最中の方が美味しいのだから仕方ない。
「本当にごめんなさいね、面倒なこと頼んじゃって。古い物だから大変だと思うわ」
「お気になさらず。それで、どの辺りを探されたんですか?」
お婆さんに情報提供を求める鴟蛇さんだが、時間を潰す以外の目的は無いだろう。なにせ現在進行形でハムスター達が家を虱潰しにしているはずなのだ、お婆さんが何を言ってもやることは変わるまい。
話題を提供するだけなら私にも出来るはずだ。
三人で適当(本当にテキトー)に話すこと数分、ぴくりと眉を動かした鴟蛇さんが私にだけ聞こえるように言った。
「見つけた」
「え、もうですか」
応えずにくっとお茶を飲み干す鴟蛇さんに慌てて追従する。最中も忘れずに食べておかなければ。
「さて、大体当たりはつきました。そろそろ探しましょうか」
「そうね。そうしましょう」
探すも何ももう見つかったらしいですけどね。
二階を探してくると言って階段を登っていくお婆さんに内心で頭を下げ、迷いなく見知らぬ家を進む鴟蛇さんを追う。
「本当に見つかったんですか?」
「なに、疑うの?」
それは、だって。
こんなに早く見つかるものなら、お婆さんだってとうに見つけていたはずだ。
鏡が大事なものなのは聞くだけで分かる。探したか探してないか、という話をするのなら、むしろ探し過ぎたくらいのはずだ。あの年に至るまで何かを持ち続けることは、言うより簡単じゃない。
「別に何かの隙間に入り込んだとか、裏に行った訳じゃないからね。状態を言うなら剥き出しだよ」
「じゃあ、お婆さんはどうして見つけられなかったんでしょう?」
「だからそれは……ううん。説明するより見せた方が早いね。おいで」
きしっきしっ、とフローリングとも違う木製の廊下が鳴る。防犯性高いなあ、なんて馬鹿なことを考えながら歩き、程なくして鴟蛇さんは引き戸の前で止まった。
鴟蛇さんの屋敷とは違って数分も歩いたりはしないようだ。当たり前だが。
「寝室ですかね?」
中に入ると、まず立派な化粧台が目に付いた。相変わらず質素な家だが、本棚などもあって居間よりも生活感がある。
確かにいかにもな場所だが、此処こそお婆さんは念入りに探したはずだ。
「ほら、あった」
しかし鴟蛇さんは事も無げにそう言った。
その指は箪笥や本棚、化粧台ではなく、天井を指している。正確に言えば、箪笥の上辺りを。
そこから黒いハムスターが顔を出した。器用に獣の手を駆使して、自分より一回り大きな鏡を抱えている。
木枠に彫り物がしてある物で、古いが、だからこその美しさと価値を感じる。
なるほど、確かに隠れていた訳では無い。ただ、私達よりも尚低いお婆さんの視界からは、完全に死角だっただけで。
「お見事です」
「ふふ。ん、しょ」
背伸びをしてハムスターから鏡を受け取ろうとする鴟蛇さんだったが、微妙に届かない。本当にもう少しで届くのだが、もう既に目一杯手を伸ばしている彼女にこれ以上は酷だろう。ハムスターも懸命にご主人様に渡そうとするのだが、如何せん非力すぎてちゃんと持てないらしい。
どっちも可愛い。
「かぐや! ニヤニヤしてないで少しは手伝ったらどうなんだい!」
「無理ですよ、私の方が身長低いですもん。仕方ないですからゆっくり落として貰えば良いじゃないですか」
もう少しで届くのだから大して危険は無いはずだ。
「くっ、仕方ない。気を付けろよ、キミ」
そんなこんなで無事鏡を発見。
仕事を終えたハムスター達は一斉に鴟蛇さんの元に集まり、綺麗な敬礼をしてから鴟蛇さんの身体に潜るようにして還っていった。
可愛いは可愛いのだが、皮膚を食い破って云々の話を聞いた後では、捕食シーンに見えてしまって落ち着かないったらなかった。
さておき、お婆さんの依頼……というよりお願い兼、私のわがままは無事に解決を見たのだった。
「これですか?」
「まあ……!」
鏡を渡すとお婆さんは本当に嬉しそうに「ありがとう」と言ってくれた。
鏡を撫でる手つきは酷く優しい。孫や子供に向けるような慈愛の表情から読み取れるのは、余りにも大きな愛情だった。
鏡に意思があるとは思えないが、そうだったならどんなに良いだろう。
「羽衣さんにも良く探してもらったの。懐かしいわ」
「……そうなんですか」
「ええ」
お婆さんがこれ以上何かを言う前に「急ぐので」と言って踵を返す。もう頭が痛むのはごめんだった。
「あ、待ってかぐやちゃん!」
「はい?」
立ち止まると、お婆さんは両手で私の頬を撫でながらふわりと笑った。
「色々大変だけれど、いつでも頼ってね。私だけじゃないわ。この辺りに住んでいる人達はみーんな、あなたの事を本当の孫のように思っているのよ」
それは、あなた達が祖母を大切に思っていたからですか?
咄嗟に出そうになった言葉をぐっと呑み込んだ。
「ありがとう、ございます」
そんな事言ってもらう義理はないのに。
優しい言葉をかけてもらったのに、ちくりと罪悪感が胸を刺した。
だって、私は何も覚えていないのだ。
確かにあったはずの暖かさも。美しい思い出も。遊んでもらったという事実さえも。
「今度またお線香を上げにいくわ。羽衣さんと……それから、
別れ際、お婆さんは手を振りながらそう言った。
「はい。叔母も喜びます」
逆光で良かった。
笑ったつもりだったけど、上手くいったかは自信が無いから。
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