未来を臨む少女たち ―「私」になる少女―

第九章 「憧れ」

　日付が変わり、さらに夜が深くなった頃、デュラハンはイドラの大釜に到着した。

　雲ひとつない夜空に、大きな満月が浮かぶ。展望台で見たものとまったく同じなのに、ここで見ると、大きくて存在感があった。まるで、このイドラの大釜にふたをするかのようだ。

　湖に足を踏み入れる。夜空と見分けがつかないほど真っ暗な湖面に満月が映りこんでいた。

　とろりとした液体の感触に足を取られながら沖の方へ進んでいく。

　腰のまで浸かったところで足を止め、液体の浮力にからだを預けるようにして湖面に横たわり、黒く澄み切った夜空と迫ってくるような月を見上げた。

　ぽちゃ、ぱちゃ、と湖の液化イドラ・アドミレーションが波立ち、跳ねる音が聞こえる。

　デュラハンは、目を閉じ、胸の上で手を組み、瞑想を始めた。

　まぶたを透ける月の光。そして、湖面に浮かぶ浮遊感。自然の中に、自分の存在を混ぜ合わせる。やがて自分の意識がどこかに吸い込まれるような感覚がやってきた――

　目を開くと、そこはイドラの大釜よりも真っ暗な空間だった。

　夜の闇ではなく、閉じた空間の闇。無事に聖杯の中に降り立ったことを確信した。

　視線をめぐらすと、遠くの方に、スポットライトで照らされた場所を見つけた。

　あそこがキリアのいる場所だろう。二年前の聖杯浸食のときに、一度あそこで彼女と会っている。それを思い出したデュラハンはそこに向かって、歩きはじめた。

　それほど距離が離れているとは思わなかったが、なかなかたどり着かない。

　ふと自分の姿を確認すると、いつの間にか輝化していた。鎧がこすれる音、鞘と腰当がぶつかる音、がしゃがしゃ、という足音が響く……。

　ようやくスポットライトの元にたどり着いた。思ったとおり、そこにはキリアがいた。

　彼女は、二年前と同じ姿だった。空中から出現した鎖で、全身をがんじがらめにされ、吊るされている。

「こんな状態じゃ、会話なんてできないよな」

　そう言いながら、鎖に手をふれる。すると、キリアを縛っていた鎖が消滅した。

　彼女は支えを失い、どさりと床に崩れ落ちる。近寄って抱き起した。

「すみません」

　キリアも輝化していた。しかし、鎧の胸部が両断されたままだった。鎧の下に着ている服も同様に胸部が裂かれ、肌が露出している。傷痕は残っていないようだ。

　二年前の闘いを思い出させる姿。対話には、向いていないと思った。

「輝化を解除できないのか？　ここは聖杯の中だ。思い一つで、変えられると思うが……」

「何度も変えようと試してみましたが、できませんでした」

　デュラハンは、輝化の解除を試してみた。

　キリアとは正反対に、輝化直後のきれいな状態のままで、まったく変化がない。

「……あたしも解除できない」

「そう、ですか……この姿で対話は、ちょっとやりにくいですね」

　キリアは苦笑を浮かべてデュラハンの方を見た。

「ああ、そうだな」

　デュラハンも笑顔になる。彼女と同じことを考えていたことが少しうれしかった。

　周囲を見回す。すると、左後ろに新たなスポットライトが照らされた。

　その下には、二脚のアームチェアが並んでいた。材質は濃い茶色の木目で重厚そうな木材。背もたれと座面には、皮張りのクッションがあった。二脚は、互いの手や足が当たらないくらいに離され、だいたい百二十度の角度で向かい合っている。

　そして、もうひとつ。それは、縦と横の長さがデュラハンの背丈ほどある、真っ白な書割だった。真っ直ぐ前を向いて座ったとき、互いの視線が交差する場所に立っていた。

　キリアに、いすに座るように促す。彼女は壊れた鎧がこすれる不快な音を気にしながら着席する。デュラハンも、右にキリアを見るかたちで着席した。

　二人は、互いに探るようにして様子を伺う。

　デュラハンが一度、深呼吸をしてキリアに言った。

「対話をはじめよう。キリアのことを、たくさん教えてほしい。よろしく頼む」

「わかりました」

　キリアから柔らかくて優しい笑顔がこぼれる。デュラハンはしっかりと向き合った。

　†

　キリアは、デュラハンの様子を確認する。

　彼女は、とても落ち着いていた。キリアの顔を柔らかく見つめ、少し前のめりになって、どっしりと座っている。今、この場に集中していることが伝わってくる姿勢だ。

　デュラハンが問いかけをはじめた。

「キリアはこれまでどんなことを考えながら生きてきたんだ？　例えば……おまえが『子どもの頃に憧れていた人』は誰だ？　覚えているか？」

「それは……マリアですね。トップアイドルまで上り詰めた白のアイドル、マリア・レイズ」

「どんなふうに憧れていたんだ？」

　とっさには思い浮かばない。しかし、デュラハンは答えを急かさず待っていた。だから、じっくりと考えることができた。自分の心の中から、少しずつ浮かび上がってくる言葉を大切にすくい上げて、一つひとつ丁寧に表現していく。

「世界中が知る正義の味方。凛々しい騎士。どんな場所でも笑顔を欠かさず、きらきら輝いて周りを明るくする。きれいで頼れる、憧れのお姉さんでした」

　そのとき、目の前にある書割が、淡くひかる。光がおさまると、書割には、トップアイドル時代のマリアの姿が現れた。彼女が歌って踊るコンサートライブの一場面だった。はじけるような笑顔と全力のパフォーマンスが写実的に描かれていた。

　――十年ほど前から、アイドルとしてイドラと戦いながら、「アイドル」として芸能活動をはじめる人たちが現れた。マリアはその中で、どちらのアイドルとしても大成功した稀有な女性だ。

　イドラに対抗するために必要なのが、戦う手段を具現化する輝化の力。

　その「輝化力」が実戦に耐え得るほど強くなるのは、なぜか女性のみだった。男性にも聖杯があることは確認されているが、輝化力は女性の十分の一にも満たない。その原因については、現在もＣＩＡＣで研究が続けられていた。

　アイドルは、それぞれの個性を輝かせて人類共通の敵と戦う「選ばれた正義のヒロイン」であり、否応なく世界中から注目される存在だった。「アイドル」として芸能活動を行うことは、必然のように思われていた――

　一年前に目覚めたあと、マリアがノヴム・オルガヌムのリーダーであることを初めて知った。そのときは本当に驚いた。この書割に描かれた当時から今に至るまでに、マリアに何があったのだろうか。

　物思いに沈みかけたとき、デュラハンから声が上がった。

「この書割、あたしたちの対話をサポートしてくれるみたいだな」

「そうですね。この光景はわたしの記憶をもとにしているみたいです」

「これが白のアイドル時代のマリアか……」

　デュラハンが書割に描かれたマリアを観察する。ひとしきり眺めたあと、キリアに向き合って問いかけを再開した。

「こんなふうに……凛々しいから、笑顔を欠かさないから、きらきら輝いて周りを明るくするから、きれいで頼れるから……憧れていたのか？」

　デュラハンに改めて問われ、考え直す。マリアの何に憧れていたのか……。目を閉じ、自分のイメージに合う言葉を探した。

「マリアの姿を見るたびに……『彼女には追いつけない。手が届かない』と思っていました。わたしの憧れはこの気持ちなのかも……」

「マリアに追いつきたい、ということか？」

「追いつきたいというよりは、手の届かない完璧さ……何かを極めることへの憧れでしょうか。

　どうやったら追いつけるかなんて考えていませんでした。ただ憧れつづけていただけです。根拠なんて何もなく、そうすればマリアのようになれる。そう思っていた気がします」

　自分の発した言葉が、次の言葉を呼んできた。キリアは続けて語る。

「でも……マリアが突然の結婚宣言のあと引退を発表したときは、ものすごくショックでした」

　書割が再び淡くひかる。引退会見で幸せそうに結婚のことを語るマリアの笑顔が現れた。

「そのショックは、怒りか？　それとも悲しみだったのか？」

「……くやしさだと思います。憧れの人が、本当に手の届かないところに行ってしまった。そう思ったんです。それが残念でした。アイドルの頂点を極め、すべてを手に入れたあと、すべてを捨てた。どうして、そんなことができたのか……不思議でした」

「今も不思議だと思っているのか？」

「いいえ。引退会見のときのマリアの映像を見て……納得しました。

　そのときのマリアは、愛する人を想いながら一言ひとことを幸せそうに話していました。

　マリアにとって、愛する人と結婚することは、アイドルとしての成功や名声以上に価値があることなんだって……」

「そんなマリアの生き方や価値観をどう思っているんだ？」

「自分の人生で一番大事なものは何か。それがはっきりしていて、それを選び、迷わずに突き進める。そのように大きな決断ができるマリアをとてもうらやましく思っています」

　自分の言葉に、はっとした。

「そうか……」うれしくなり、自然と笑顔になった。「わたしは、マリアの『一番大事なものに正直になって、ゆるがないこと』に憧れていたんだ」

　デュラハンは、さらに問いかける。

「キリアの人生で、一番大事なものは、はっきりしているのか？」

「それは……まだはっきりしていません」

　しおれるような気分になる。答えられないことが恥ずかしかった。

「キリアもトップアイドルと呼ばれるまで、ＩＳＣＩのランクが上がったのだろう？　マリアへの憧れに近づいて、『自分の大事なもの』にふれていたのではないか？」

「……違います」

「違うとは？」

　デュラハンの表情が深刻になった。自分の顔も彼女と同じになっているのかもしれない。

「わたしのアイドル活動は、そんな前向きなものじゃありませんでした。子どもの頃に想像していたものとはまったく違っていました」

　上手く表現できない。自然と身振り手振りが増えた。手や腕はもちろん、全身を使って、少しずつ自分の気持ちを伝えた。

「子どもの頃に憧れたマリアは、自信にあふれていました……。自分に迷わず、自分を疑わず、まっすぐで健全な力を使って輝いていたのです。わたしも、そうありたかった。だけど、そうはならなかったのです」

　言葉を発するのが苦しくなってきた。のどに引っかかる声を、無理やり吐き出す。

「わたしはアイドルでありつづけようと、必死でした。いろんな雑念を燃やして、何とかして輝きを維持していたのです……」

「キリア……とても苦しそうだ。『維持』しているときは、苦しかったんだな……」

　彼女の言葉にどきりとした。

　苦しかったことを理解してもらえた。それが驚きとともに、うれしさを喚起した。涙がこみ上げてくる。気を許すとこぼれてしまいそうだった。

　デュラハンが続けて問いかける。

「雑念とは、どんなものなんだ？」

　言葉にするのが辛かった。しかし、今のデュラハンになら話すことができる。

「わたしをもっと見て……もっと認めて、もっと称賛して！　嫉妬と不満と焦りが満ちた、暗くて不快な感情でした。そんなものを燃やして獲得した輝きはくすんでいたに違いありません」

　せつなさに胸が痛む。手を当てようとして、鎧の亀裂と服の破れにふれた。ざらざらしていて不快だった。視界が涙でにじみはじめる。

「いつも思っていました。わたしはトップアイドルにふさわしくないって……。わたしは、マリアとあまりにも違う……。罪悪感を抱えながら、いろんな舞台に立ちました。

　ここまで続けてこられたのは、こんな自分でもアイドルとして誰かの命や生活を守れていたからです。……それでも、くじけそうでした。とても苦しかったです……」

　こらえきれず、せきを切ったように感情があふれ出した。

　うずまいていた黒い感情が、少しずつ涙と言葉に変わっていく。

　この暗く静かな空間に、涙は水として蒸発し、言葉は声として響き渡る。それはまるで、自分の感情がこの空間に溶けていくようだった……。

　涙で濡れる頬をふき、のどの調子を整える。

　キリアが落ち着くのを待っていたように、デュラハンが問いかけを再開した。

「もっと認めて、と感じるのは、どんなときだった？」

「……ジュリアさんといっしょにいるときです」

「おまえの上司……たしかプロデューサーと呼ぶのだったな」

　キリアがうなずくと、書割がジュリアの姿を映し出した。切れ長の目、透明感のある肌、黒く見えるほど濃い青色の髪。腕を組んで遠くを見つめ、何かを考えている様子だった。

　懐かしさで胸がしめつけられる。視線を無理やり外して、デュラハンの方を向く。

「わたしは、ジュリアさんにスカウトされたのです。彼女は、わたしのことを逸材と呼び、求めてくれました。そのときは、舞い上がるようにうれしかったことを覚えています。

　そのあとも、ジュリアさんは、わたしといっしょにあの人たちを説得してくれました。そのおかげで、アイドルになれたのです」

「キリアにとって、ジュリアは恩人だった……」

「そうです。だから、ジュリアさんのために、アイドルとして懸命に活動を続けました。

　アイドルランクは、どんどん上がり、やがてキャメロットのリーダーも任されるようになりました。でも……そこまでだったのです。

　この頃からジュリアさんがわたしを見てくれなくなりました。わたしのプロデューサーから外れたのも同じ時期でした」

「いったい何があったんだ？」

　顔を伏せ、憤りを床にぶつける。

「わからないんです！　理由なんて教えてくれなかった」

「そう、なのか……」

「それでも、アイドルは続けました。ＩＳＣＩの要職に就いたジュリアさんから与えられた任務も着実にこなして、ついにトップアイドルになりました。

　でも……ランクとは裏腹に気持ちは沈んでいったのです。ジュリアさんに期待されたとおりに目標を達成して、ＩＳＣＩ直属の聖杯探索〈ワールドツアー〉ユニット『カリス』にも所属して、世界中の人から感謝や称賛をもらっても、沈んだ気持ちは晴れませんでした」

　デュラハンが悲しい顔をして、うなだれた。当時のキリアもそんな表情をしていたのかもしれない。そして、今も同じ表情なのかもしれなかった。

「二年前。ジュリアさんに対して、直接不満をぶつけました。『なんで、わたしを見てくれないんですか』って……でも、わたしの言葉は届きませんでした。その言葉は幼稚だと切り捨てられ、もっと自覚を持て、と突き放されました。

　ジュリアさんのために、がんばってきたのに……彼女に否定されたのだと思うと、自分が揺らぎました。アイドルとなったのは間違いだったのか……自分がここまで走ってきた道は正しいのか……。考えれば考えるほど不安でした」

「その話は、昔に聞いた気がする。たしか、おまえと初めて会ったとき……」

「ええ、そうです。あなたに心を読まれました」

「そうか、あの出会いの直前の話なんだな」

　キリアはうなずいて、話を続ける。

「苦しんで悩み抜いた結果、わたしは、『イドラの大釜の偵察任務』にたどり着きました。それが、困難な任務だとわかっていましたが、クリアさえすれば、今度こそジュリアさんにわたしを見てもらえると思ったんです」

「しかし、それは……」

「ええ。結果は、デュラハンが知ってのとおり、任務失敗。チームメンバーのミーファとリアラは二人ともイドラ化され、わたしは聖杯浸食されました……」

「二年前の出会いの裏には、そんなことがあったのか」デュラハンは、大きくうなずく。「やはり、話してみないとわからないな。キリアは、明るい舞台で華々しく活動し、何も不自由がない、才能と機会に恵まれたアイドルなのだ、とばかり思っていた。しかし、これまでのキリアの人生は、耐えるばかりのいばらの道だったんだな……」

　デュラハンは、キリアの目を真摯に見つめて、伝えた。

「キリアは、スカウトのときと同じように、ちゃんと見てもらえている、ちゃんと期待されているという確信が欲しかった、ということだろうか」

「ああ……そう、ですね。そういうことかもしれません」

　大きなかたまりを吐き出しきった。そんな気がしていた。

「キリアは、マリアに憧れて、アイドルになりたいと思っていた。その夢は、ジュリアのおかげで叶った。その恩人であるジュリアのために、がんばっていた。しかし、いつからかジュリアはキリアを否定するようになった……」

　デュラハンがここまでの話を要約する。そして、続けてキリアに尋ねた

「ひとつ確認したいことがある。マリアのことはどうやって知ったんだ？」

　マリアを知ったきっかけ。キリアは、まぶたを閉じ、できる限りの過去を思い出す。

　脳裏に、ぱっとまぶしい光が差し込んだ。その光源は、思い出の一場面だった。そこには、ほっとするような優しい笑顔の女性がいる。彼女につられてキリアも笑みがこぼれた。

　その女性のことを思い出した。

　キリアは目を見開き、茫然とする。こんなに大事な瞬間を忘れていたとは信じられなかった。

　目の前の書割を見ると、自分の脳裏に閃いた彼女が映し出されていた。

「マリアを知ったきっかけは、彼女のライブ映像を見たことです」

「どんなライブ映像だったのか覚えているか？」

「マリアの興行ライブでした。大きなステージを縦横無尽に駆け回り、歌い、踊って……。とてもわくわくするライブだったのを覚えています」

　その映像を思い浮かべながら、キリアは話を続ける。

「マリアの汗や息づかい、歌うときの感情がこもった表情、伸びやかな歌声、キレのある踊り。

　わたしは、彼女のすべてに魅了されました。こんなふうに輝いて、一生懸命になれる舞台に立ちたい！　って、思いました」

　デュラハンは自分の左に見える書割を確認しながら、キリアに尋ねる。

「この女性は、今の話に関係があるのか？」

「はい、そうです」

　キリアはもう一度書割を確認する。この光景はよく覚えていた。

「これは、わたしが十二歳のころ。ピアノのレッスンルームにあるテレビで、そのマリアのライブを観ていたときです。ここに描かれた彼女といっしょに観ていました」

　キリアは、そのときを思い出して、自然と頬がゆるむ。

「何か楽しい思い出があるのか？」

「実はこのとき、ライブ映像をこっそり観ていました」

「こっそり？」

「本当はレッスンの時間だったのです。でも、家庭教師の彼女が今日はレッスンをやめてライブを観る、と突然言い出したので、部屋に鍵をかけて、気づかれないように観ていたのです」

「何か不都合でもあったのか？」

「まさか」キリアは思わず吹き出してしまう。「不都合なんて、何もありません。ミレナ先生もマリアのファンだったからです。あの人たちに逆らったのは、このときが初めてです。先生と秘密を共有するのは、どきどきしました」

「今、キリアが語った『ミレナ先生』とは、書割に映っている、家庭教師のことか？」

「そうです。音楽の家庭教師でした」

　先生のことを思い出すほど、わくわくするし、泣きたいくらいに切なくなる。

「わたしといっしょにライブを観ながら、いろんなことを解説してくれました。それが、すごく細かくて、あきれるくらいに詳しかったですね。

　わたしが、驚きと感動で胸がいっぱいになり、それを分かち合いたくて、先生の方に顔を向けたら、先生も顔を向けてくれて！……それが何よりもうれしかった」

「ミレナ先生といっしょに感動できたことは、どうしてうれしかったんだ？」

　自分の表情が柔らかくなるのを感じた。

「わたしを見てくれた。わたしの心をわかってくれた。いっしょの気持ちだと感じた。だから、うれしかった……」

　なぜ、今まで忘れていたのか、と思うほど、先生との思い出が次から次へとあふれ出していく。先生とともに過ごした時間は短かった。しかし、その時間は濃くて鮮烈な時間だった。

　キリアはデュラハンに告げた。

「先生といっしょに過ごして、こんな人になりたいと思うようになりました」