第五章 「キャメロット」

 ドームから大きな歓声が再び突き上げてくる。

 デュラハンは眼下のライブステージに目を向ける。すると、リモーネのメンバーのひとりが巨大な火球を生成したところだった。

 あれはアンコールバーストだろう。直径がステージの長さの半分以上ある。あれほどの規模のアドミレーション攻撃ができるのは、世界最高峰フェスの出場アイドルだからこそだ。

 ――アドミレーションを輝化する過程において、アスタリウムとして結晶化する前で励起を止めると、火・水・土・風の四大元素の性質を持ったエネルギーに変わる。また、特殊な励起の仕方を行うと、アドミレーションそのものの性質が変化する。

 アイドルはこの性質を利用して、ファンタジー世界の魔法と同様の奇跡を起こせる。

 炎や氷、雷をあやつって、イドラを攻撃することも可能となるし、からだを賦活する性質を付与したアドミレーションを与えて回復を行ったり、能力減退を引き起こす性質を持たせたアドミレーションでイドラに状態異常を引き起こしたりできる――

 火球が放たれた。キャメロットに向かって落ちていき、ステージ中央に着弾した!

 大きな火柱が立ちのぼり、炎がリンたちを呑み込んでいく。ステージ一面が炎の海と化す。

 炎で彼女たち四人を見失ってしまった。デュラハンは少しだけ不安になる。なぜなら、キャメロットは自分が倒すべき相手だからだ。

 しかし、あの程度の攻撃では、彼女たちは止まらない。

 そのとき、ステージ中央から「水の竜」が現れた! それと同時に、キャメロットの四人が飛び出す。竜が炎の海を喰い散らしながら四人の勝利の道を作る。

(いよいよ、キャメロットの一糸乱れぬ連携攻撃が始まる!)

 巨大なプレート付きの武骨な黄色いガントレットと、コンクエストスキルで生成した防御壁で、要塞にも劣らぬ防御力を誇る、リーダーのナタリー・セレネス。

 青い甲冑を身にまとい、杖とコンクエストスキルのサポートによって、絶妙なタイミングと正確無比な精度で魔法攻撃を放つ、ルーティ・ブルーム。

 センス抜群の身のこなしと、回避能力を高めるコンクエストスキルを駆使し、深紅の甲冑と長槍一本で華麗な戦舞を披露する、クレア・アトロン。

 高速移動を可能にするコンクエストスキルと、橙色の腰当とブーツに生えた翼や、生成自在の投げ槍を組み合わせ、縦横無尽に駆けまわり敵を攪乱する、リン・トライスト。

 四人の個性は一つひとつでも十分に輝いている。さらに、それらがチームの連携でまとまったとき、最高のパフォーマンスが生まれるのだ。

(キャメロットの優勢は変わらない……。間違いなく、キャメロットが勝利する)

 すぐそこにまで迫った対決のときを思うと、更なる高揚を覚えた。

 キャメロットは、一年前よりもさらに練度が増していた。

 全員が一回り強くなっている。特にリンの成長が著しい。あたしが敗北したときはデビューして間もなかったが、今は、このフェスに出場するアイドルにふさわしい実力を発揮していた。

(やはり、負けたままではいられない。あたしの方が強い。これからそれを証明してやる!)


 †

 漆黒の闇を四角に切り取る光の幕が浮かんでいた。

 キリアは、聖杯の中で鎖につながれたまま、その幕をじっと見つめている。そこにアイドルたちが入り乱れて戦う様子の俯瞰映像が映し出された。

 これは、デュラハンの視界だろうか。懸命にキャメロットを、そしてリンを追っている。

 キリアにとってもリンは気になる存在だった。

 彼女の、橙色に見える明るい茶色の髪に、丸くかわいらしい小顔、つぶらな瞳。

(どこかで……会った気がします)

 しかし、いつどこで会ったのかを思い出せない。つい最近の気もするし、もう何年も前のことだったのかもしれない。もどかしくて、しょうがなかった。

 光の幕で、リンの観察を続けた。

 遊撃的にリモーネを攪乱。仲間をサポート。彼女は、絶え間なくステージを駆け回っていた。ステージを強く蹴って、高くたかく跳躍する。まるで、無重力の空を駆け抜ける流星。

 リンが、リモーネに向かって槍を放つ! そのとき、ドームの巨大スクリーンビジョンが彼女の表情をとらえた。デュラハンの視界がそちらに向く。

 きらきらと輝く笑顔。きっと誰もが振り向き、誰もが元気をもらえる。そんな笑顔だった。

 彼女を見ていると、自分の情けなさを痛感する。リンは、あの笑顔が示すとおり、自分のすべてを解放し、観客を楽しませている。

(それに比べて、わたしは……デュラハンに負け、聖杯の中に閉じ込められ、誰にも見られることなく、考え、聴き、話すことしかできない……。わたしだって、リンみたいに……)

 リンの槍がリモーネの動きを封じた。

 その隙を逃さず、ナタリーが、ルーティが、クレアが、とどめの一撃を叩きこむ。

 観客から今夜一番の大歓声がわき上がる。ドーム中の観客の目が、キャメロットの雄姿にくぎ付けになっていた。


 †

「やっとあたしの出番だ!」

 デュラハンは、闇夜に紛れるためにまとっていた黒い布を剥ぎ、夜空に放り投げる。

「輝け!」

 勇ましく、自分を鼓舞するように、輝化を宣言した。

 黒炭が赤熱したような赤黒い輝化防具を着装し、右手には大剣、左手には盾を携える。

 そして、ヘルムのバイザーを下ろし、キリアに声をかけた。

「ここからは、あたしにすべて任せてもらうぞ! 聖杯の中でおとなしくしていろ!」

「……わかりました。気を付けてください」

 心の中の異物感がなくなる。キリアが聖杯の底へ戻っていったようだ。

「会場のみなさん! 『ザ・インダクション』第五節。勝者は、絶妙な連携攻撃でリモーネを圧倒した、キャメロットです!」

 観客の歓声と拍手の中、インタビュワーが、ナタリーにマイクを向けた。彼女は慣れた様子でインタビューを受けている。

 ナタリーのはずむ声を聞きながら、ステージの真上までゆっくりと空中を歩く。そして、パラノイアスキルを解除。デュラハンは、足から自由落下をはじめた。

 歓声が少しずつ悲鳴に変わっていく。デュラハンの襲撃に気づいたナタリーが、インタビュワーをステージ脇に避難させる。リモーネの三人は、反対側のステージ脇に待機したまま、こちらには気づいていない。

 次の瞬間。どおんっ!、と重い音をとどろかせ、デュラハンが落着する。石造りのステージが割れ砕け、土煙が上がる。会場全体が静まり返った。

 リモーネの方を向き、大剣を一閃。アドミレーションの斬撃が飛んでいく。

 体勢不十分だった彼女たちに、斬撃が直撃する。キャメロットとの戦闘直後だったためか、すぐにイドラ化の初期症状をあらわし、戦闘不能となった。

 それを確認したあと、デュラハンは反対側のステージ脇にいるキャメロットの方を向く。

「黒のアイドルです! 会場のみなさん避難してください!」

 インタビュワーがそう告げると、会場中がパニックになった。頭からつま先まで突き抜けるような悲鳴。観客が蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、非常口に殺到している。

 デュラハンはキャメロットがいる方向に大剣を突き付け、声を張り上げた。

「ステージに上がれっ! キャメロット! そして、あたしと戦えっ!」

 デュラハンの言葉に応じて、キャメロットの四人がステージに上がってくる。少女ながら、責任と覚悟を秘めた、凛々しくて迫力のある表情だった。

「覚えているかっ! デュラハンだ! 一年前の雪辱、果たさせてもらうぞっ!」

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