第四章 「因縁」

 ――二年後。

 夜空に、冴えた満月が浮かぶ。派手にライトアップされた夜景で、星はひとつも見えない。

 今まで聞こえていたざわめきがひと際大きくなった。

 デュラハンは、足元を見る。はるか下には、巨大なドームを持つライブ会場があった。

 そのドームが今、翼を開くように左右に割れ、中に押し込められた歓声とアナウンスが外に飛び出してきた。

「みなさま! お待たせいたしました!

 これより、世界中のアイドルが集い、ナンバーワンを競って火花を散らす、最高峰のフェス。ISCI主催『ザ・インダクション』第五節を開催します!」

 下から大きな歓声が湧き上がる。

「本日の対戦は、イタリア代表の四人組ユニット『リモーネ』と、イギリス代表の四人組ユニット『キャメロット』の対戦です!」

(キャメロット……)

 くやしさが込み上げてきた。今すぐにでもステージに乱入したい。

「リモーネは、ここまで一勝三敗。現在、三連敗中で勝利から遠ざかっています。しかし、初出場のフレッシュさを発揮し、ここまで健闘しています!

 一方、キャメロットは、三勝一敗。初戦の日本代表ユニット、『那由多』に敗北を喫しました。しかし、さすがは伝統のあるユニット、その後は、堅実な試合運びで三連勝を果たし、現在、波に乗っています!」

 両ユニットを応援する観客が交互に歓声を上げている。

(早く、キャメロットと戦いたい!)

 逸る気持ちに負け、パラノイアスキルを緩めて、落下を始めようとした。

「待って!」頭の中で女性の声がひびく。

 デュラハンはすぐさま反応し、空中にピタリと静止した。

「今、飛び込んでしまうと、両チームに挟撃されます! 何もできずに敗北してしまいますよ。勝者が決まるまで待ちましょう」

「すまない、キリア。がまんできなくて……止めてくれて助かった」

「目が覚めたら、空にいて、さらに落下し始めているなんて。さすがにびっくりします」

「下のステージでフェスがやっているんだ」

「知っています。あなたの思考と記憶を共有しているんだから。リモーネと……キャメロットね。今、戦いを挑めば、さすがにあなたでも多勢に無勢よ」

「このフェスとはいったいどんなものなんだ?」

「七つの地域で行われる予選で勝ち残ったアイドルユニットが、ホーム&アウェー方式でリーグ戦を行う国際的なフェスです。一年間かけて、各地域の代表である七チームが総当たり戦を行い、勝利数で優勝を争います。

 優勝したアイドルユニットは、ISCIからその年のナンバーワンユニットの称号と、来年の活動費の支給などの副賞を獲得できです。

 当初はアイドルたちの実力確認やモチベーション向上のために行われていたイベントでしたが、いつの間にか興行としても運営されるようになりました。世界中の有名アイドルユニットが集まるので、観戦チケットは即日完売だそうですね」

「おまえは出場したことがあるのか?」

「……三年前。当時のキャメロットのリーダーとして出場したことがあります。今のキャメロットのメンバーは……総入れ替えになっていますね」

「結果は?」

「七戦全勝で、優勝しました」

「おぉ! さすがトップアイドルだ。あたしも強いやつと戦ってみたい」

「茶化さないでください……優勝できたのは『キャメロット』というユニットだったから。それ以外のユニットなら、そのような結果にはなっていません」

 キリアの声に元気がなかった。心配になり、声をかけようとすると、アナウンスの声がした。

「さぁ、リモーネとキャメロットの準備が完了したようです」

 司会者の一言に、ドームの中が一瞬、静まり返る。

 静寂の中、輝化を済ました両ユニットが対峙する。

「それでは! 『ザ・インダクション』第五節。リモーネ対キャメロット!

 ライブ・スタート!」

 一転。ドームの中から観客の熱狂があふれ出る。

 会場の興奮に当てられ、武者震いが止まらない。

「まだですよ」という声。からだの熱を排気するように、ため息をひとつもらす。気をまぎらせるためにキリアと会話することにした。

「キリア、あたしがキャメロットに敗北したときを覚えているか?」

「それは、わたしがあなたとこうやって意思疎通ができるようになる前のことでしょ?

 二年前、あなたがわたしを聖杯侵食して、その一年後、キャメロットに敗北した。

 わたしが目覚めたのは、その直後だったはずです。だから、覚えていることはありません」

「そうだったか? 忘れていた……」

「今のキャメロットは、あなたを退けるくらいに強いのですか?」

「……前回は運が悪かっただけだ。聖杯の調子が悪くならなければ、勝っていた!」

 デュラハンは、今も胸に残る当時のくやしさとともに、一年前を振り返る。

 ――一年前。デュラハンは、キャメロット・メンバーのオーディション最終審査で、キャメロットと対戦した。そこで、あり得ない量のアドミレーションをあやつるアイドルと出会った。

 それがデビュー直後の新人アイドル、リン・トライストだった。

 彼女はキャメロットのメンバーと合流し、デュラハンの前に立ちはだかる。

 マリアの護衛として果敢に戦ったが、キャメロットの絶妙なチームワークに圧倒され、隙を見せてしまう。そのとき、リンが莫大なアドミレーションを込めた必殺技〈アンコールバースト〉を発動した。

 身の丈よりもはるかに大きい、アドミレーションで生成された大きな投げ槍。

 その槍は一直線に進み、マリアが展開した防御膜に突き刺さった。デュラハンはマリアを守るため、無我夢中で、大槍をつかむ。そして、紅黄色のアドミレーションを発現し、大槍を消滅させた。それは自分にとって未知の力だった。

 そのままリンやキャメロットに対して、反撃したかったが、そのあとすぐに聖杯の調子が悪くなり、輝化が安定しなくなった。そのため、撤退せざるを得なかった――

「どうだ? キリア。あたしとキャメロットの因縁、理解できたか?」

「ええ、デュラハンの記憶を共有しました」

「こんな中途半端な決着はいやなんだ。必ず、キャメロット、そしてリンに復讐してやる。

 負けたらやり返さないと……居場所がなくなってしまう!」

 歯を食いしばり、こぶしをにぎり締める。心の中の固い決意が、からだに表れる。

「……居場所って、ノヴム・オルガヌムでの地位のことですか?」

「えっ?」キリアからの質問にあわてたが、答えを見つけた。「あたしが居場所という言葉を使ったときに思い浮かべていたのは……あたしたちの組織、黒のアイドルや神話型イドラたちの存在、そして、マリアのことだ」

 キリアは、もう一つ別のことを尋ねる。

「もし、負けたままだったら、デュラハンの居場所はどうなってしまうのですか?」

 そんなことを考えたことがない。そして、これからも考えたくない。とても不快な気持ちになって、キリアに答える。

「負けたままになんかしない! 必ず勝って、自分の強さを証明してやる!」

「わかっています、デュラハン。もしもの話です。……負けたままにしておくと、強さが証明できないのですね」

「そうなったら、あたしは『そこ』に居つづける資格がなくなる。あたしは『そこ』に居たい。マリアのそばに居たい!」

 キリアに感情をぶつけても、不安な気持ちがおさまらなかった。動悸が続く。デュラハンは、とげとげしい言葉でキリアに言った。

「もう、終わりにしていいか?」

「ええ……あなたを困らせるつもりはなかったの。自分のことを深く話すのは、嫌なことを思い出したり、不安になったりして、気持ちのいいものじゃないですね。ごめんなさい」

 キリアの真摯な言葉に心が動かされる。

「でも……」デュラハンは思わず口を開いていた。「こんなことを話すのは、おまえが初めてだ。嫌な気持ちになるけど、温かい気持ちにもなれる」

「そう、なんだ……」

 今の、キリアのためらうような返事。彼女がどんな気持ちで応えたのかがわからなかった。

(彼女の気持ちが知りたい。あたしが居ても良いのか確かめたい……。キリアもあたしが守りたい居場所のひとつ……)

 ふと、もう一度キリアと会いたいと思ってしまった。しかし、聖杯浸食を行ってしまったため、それが現実世界で叶うことはない。

 デュラハンは、自分の揺れる思いを必死に抑え込み、見ないふりをした。これからはじまる、キャメロットとの戦いに勝利すれば、きっとすべて解決する。そう信じることにしたのだ。

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