第3話

 

  『GRAND FANTASY』

 世界総ダウンロード数五年連続一位のMMORPGゲーム。六つのサーバー、六つの大陸に分かれた世界で冒険を自由に楽しめ、その自由度の高さや豊富なやりこみ要素などから発売当初から爆発的な人気を誇るゲームである。約五〇〇〇種類の魔法や武技。人間種・魔族種・異形種など多数の種族から選べるアバター。その膨大なデータ量から世界中から注目を集め続けている。

悠真は、配信初日からプレイしており、プレイヤーランクは世界二七位、アジアサーバーでは二位のかなりの実力者である。

 その『GRAND FANTASY』のアジアサーバーに位置する東の大陸、その大陸で最大の国土を持ち、全大陸でもトップクラスの国力を持つ国、それがアストミア帝国である。悠真は五年間この国のギルドで依頼やイベントをこなしてきた。

 そして今日、八月三一日の大型アップデート後、全サーバーの一体化及び全大陸の往来の実現と『大陸の覇者、魔王の復活』という名のイベントが始まるはずだった。 

『GRAND FANTASY』では、亜州サーバー・欧州サーバー・阿州サーバー・北米サーバー・南米サーバー・大洋州サーバーの六つのサーバーが存在し、それぞれ行動できる範囲が決まっていた。亜州サーバーは、東の大陸。欧州サーバーは、中央大陸。阿州サーバーは、西の大陸。北米サーバーは、北の大陸。南米サーバーは、南の大陸。大洋州サーバーは、列島大陸とそれぞれ行動できる範囲が決まっており、大陸を渡ることは出来なかった。         

そして、それぞれの大陸には魔王が存在しており、プレイヤーの多くは魔王の討伐を最終的な目標としていた。この魔王討伐は、ストーリーの進行には一切関係なく、ストーリー後のやりこみ要素として導入されたイベントであるため、魔王はチート級の能力を保有し、攻略はほぼ不可能なイベントであった。

最初に魔王が討伐されたのは、欧州サーバーの中央大陸で、ゲーム配信から四年後、つまり一年前であった。それを皮切りに、北・南・西・列島大陸と魔王の討伐が行われ、残すは東の大陸だけとなっていた。ゲーム配信から四年間も成功されないイベントもどうかしていると思うが、それでもプレイヤー人口が減らなかったのは、魔王討伐以外にも様々なやりこみ要素があったからだと悠真は思っている。

そして、今年の八月一九日にアジアサーバーでも魔王の討伐が成された。




八月一九日・日本・林道悠真の部屋



中央大陸で初めて討伐が確認されてから約一年。討伐が確認されていないのは東の大陸のみとなっていた。悠真は絶対に魔王を倒すという信念を掲げ、夏休みという名の戦場に赴

いた。五日で高校の宿題をほぼ終わらせ、万全の状態で挑んだ。

しかし、夏休みが始まって二週間たっても魔王のHPゲージが半分を切るのを見ることは出来ず、正直悠真は諦めかけていた。

魔王には、理不尽な超広範囲のスキルバインド攻撃、無慈悲なノーモーション即死攻撃など、所謂詰み攻撃が多数存在していた。しかも、その攻撃を開幕からランダムにバンバン放ってくる。クリア方法はシンプル。魔王の攻撃をすべて読み、攻撃前にその攻撃に対抗できる防御バフを付与、そして攻撃後の硬直に全力で攻撃を叩き込むだけ。

しかし、魔王の攻撃はランダムで硬直は約一秒。

正直、無理ゲーだった。この二週間での挑戦回数は約二〇〇〇回。そのうち半分以上は開始一分も立たずにやられるという、なかなか酷い内容だった。

——しかし。


「マジか……。勝った。勝っちゃったよ! 倒しちゃったよ!」


魔王討伐を志してから十九日。悠真は、東の大陸の魔王マアラを倒した。

——運がよかった。いや、運が良すぎた。挑戦回数は二五〇〇回を超え、悠真の精神的疲労はピークに達していた。人は極限状態に達すると〝無〟の状態になるらしい。しかし、この〝無〟の状態が奇跡を引き起こしたのだ。悠真の行動と魔王の行動が見事に噛み合い、すべての攻撃を完璧なタイミングの防御バフによって無効化し、そのすきに放った攻撃のほぼ全てがクリティカル判定をもらうという、神がかった状態が二五分も続き、悠真は見事に魔王を倒した。

「これが無の境地か……」

あまりの信じられなさに悠真は、厨二臭いことを口走ってしまったが、この時は、あの宮本武蔵が到達したといわれる無の境地に自分も達してしまったのではないかと本気で思っていた。

後々考えると、やはり運が良すぎただけだったのだろう。

ともあれ、悠真は、魔王を倒したのだ。


悠真が魔王マアラを倒してから五時間後、『GRAND FANTASY』の大型アップデートが発表された。


              ×             ×


 

悠真は、ここがゲームの世界だと確信するために、エミルにいくつかの質問をした。

それで分かったことは、この草原は商業のトゥーンタウンの周りに広がる草原であること。近頃、魔王の復活が予言され、それに伴い魔獣が狂暴化していること。エミルはその調査のため王都から派遣された騎士であり、その道中、魔獣に襲われている悠真を見つけて今に至ること。などなど、この世界が悠真の住んでいた世界とは違う世界であり、『GRAND FANTASY』の世界であることを裏付ける証拠が沢山でてきた。

(魔王の復活か……)

大型アップデートとも内容が一致する。つまりこの世界は、アップデート後の『GRAND FANTASY』の世界であり、悠真は確かにゲームの世界に来てしまったことになる。

(——どうすればいいんだ?)

勿論、今の悠真にはどうすることもできない。それは分かってはいたけれど、改めてゲームの世界、所謂、異世界に自分が来てしまったと思うと恐怖と不安で頭がいっぱいになる。

「——なんか悩んでるみたいだけど、そろそろ場所を変えない? いつまた魔獣が襲ってくるかわからないし」

 エミルの一言で悠真は我に返る。確かに、考えても無駄だった。どんなに悠真が考えても元の世界に帰る方法なんて思いつくはずがない。悠真は、一先ず考えるのをやめ、エミルに言葉を返す。

「うん。そうしよう。——けど、移動ってどこに行くんだ? 四方八方見渡す限りの大草原だぞ。」

 そう。ここは、大草原のど真ん中。周りにはゆっくり話せそうな場所はどこにもない

「——どこって。とりあえず、町まで行こうよ。商業のトゥーンタウンに。

——勿論、歩いてはいかないよ。これに乗るの!」

そう言ってエミルは空を指さした。

つられて悠真は空を仰ぐ。


——沈黙。


「———なんもないですけど……」

 空には何もなかった。雲一つない青空に大きな太陽。それ以外は何もなかったのだ。

悠真は、視線を戻す。

そこには絶望の表情を浮かべたエミルの顔があった。

たちまち悠真は、エミルにどうしたのか問いかける。

「——いないの……。グリフォンが……。いないの!」


 エミルはグリフォンに乗って王都からここまで来たらしい。確かに、悠真が魔獣に襲われている時、周りには誰もいなかった。空にいたとなれば、突然現れたのも頷ける。

しかし、何故か乗ってきたはずのグリフォンがいなくなってしまったらしい。

「どうするの?」

悠真は、今だに絶望の中にいるエミルに問いかける。

「……歩く」

エミルはボソッと何かを言った。悠真はもう一度問いなおす。


「……歩く。歩いて町まで行く」


今度は、はっきり聞き取れた。

悠真は質問を続ける。

「町まであとどれくらいかかるんだ?」

するとエミルは恐る恐る口を開いた。


「……三日」


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