異世界に君臨するは 3

 

 王宮に残っていた前衛後衛組は負傷した兵士達を搬送していた。


 支援組も呼んですぐに動けるように治療を行っていた。侵攻が止まらない場合担いで動くとなるとかなりのタイムロスになるからだ。


「重傷者だ! どこに運べばいい?!」

「奥の部屋に運んで!」


 次々に怪我人が運ばれてどこの部屋も人で溢れている。智春も足りない筋力で何とか役に立っている。 

 そんな智春を見かねた長峯が、


「菅田! こっちはいいから王様の所に行ってくれ!」

「え、何で?! 手が足りないんじゃ……」

「今、元の世界に戻る手段を知ってるのは王様達しかいない! 想像以上に苦戦してるから万が一王様達がやられたら帰れなくなる!」


 大義名分だけで命を賭けるのはやはり出来ない。最初に乗り気じゃなかったメンバーはもしもの事を考えて国を出たら別の国に立ち寄って帰る手段を確保する予定だった。その事はクラス全員が了承していた。


 しかし、いきなり魔王が侵攻してきたことにより計画は破綻。頼れるのは王様達だけになってしまったのだ。


「とりあえず小杉と岡崎も一緒だ。頼んだぞ」

「……分かった」


 小杉と岡崎と一緒に大広間に向かう。


「(あっちはいいが、戦闘に向かった方は大丈夫か……?)」



 直後、凄まじい爆音と衝撃波が真横を通過した。



 その衝撃で大きく吹き飛ばされ、壁に激突する。壁に激突したダメージが内臓に直撃し、肺の空気が全て抜けてしまった。呼吸が出来ず反応も判断能力も著しく低下する。眩暈が起こり、意識を保つことで精一杯だ。


「(っ、な、に、が?)」


 徐々に意識が正常に戻っていく。数十秒して、周囲の状況を把握できるまでになった。


 さっきまであったはずの王宮の壁は無く、外の風景が見えていた。床はえぐれて、全て削り取られてしまった。


「嘘、だろ。萩野、長田、長谷川、は?」


 兵士達の治療に当たっていた支援組のメンバーがそこにいた。そしてそこに怪我人を運んでいた同級生達も。


「あ、ああ、あああ」


 いなくなってしまった喪失感と一瞬で奪われたという絶望に涙が出てしまった。ついさっきまで会話していた友達が、クラスメイトが、こんなあっさりと死んでしまうなんて、受け入れたくなかった。


 そこに追い打ちをかけるかのように、ベチャリ、と『ある物』が落ちてきた。



 それは月形のスマホとそれを握る手だった。手首だけで後は、何も無い。



「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

あ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 絶叫が王宮内に響く。どうにもならない感情が溢れ出し、泣き叫んだ。もうその場で泣くしか出来ない。それしか出来ない。そんな袋小路の状況で泣き続けた。


「う、う、あ、なんで、なんでえええ……!」


 絶叫を聞きつけた同級生が駆け寄ってくる。新聞部の幕乃内、サッカー部の川崎、白ギャルの井口だ。


「大丈夫長峯?!」

「何だよこれ、どうなってんだ?」


 長峯の精神状態は既に限界を超え、すぐに立ち直るのは不可能な状態だった。それは素人目でも分かるほどだった。


「とにかくここを離れよう。危険そうだし」



「『全てをアンターディクション禁ずるトゥータル領域レギオン』」



 呪文を唱えたのか、周囲に淡い光が立ち込める。


「やれやれ、赤子の相手など面倒この上無いわ」


 上から年老いたガラガラ声が聞こえてくる。上を向くと、黒いマントの下に白衣の様な物を着た老人がいた。その頭には山羊の様な角が生えていて、真ん中分けの髪と古臭い眼鏡がよく似合っていた。


「お前たちの相手を長々としているつもりはない。ここで死ね」

「!! 『雷撃』!!」

「『水牢』!!」


 危機感を感じた川崎と井口が魔法で迎撃する。だが、


「え、何で魔法が出ないの?!」


 魔法が発動しなかった。それどころか最近感じ取れるようになった魔力すら反応が無い。


「『全てを禁ずる領域』。この中ではお前たちは何も出来んよ、全ての魔法は私が禁じているからな」


 山羊の男は手をかざすと、



「『黒のブラック槍串刺バッシュスピアーナ』」



 その場にいた生徒達は一瞬で地面から突き出された何百本の黒い槍で串刺しになる。そのまま全員がその場で息絶えた。


「転生者なのに歯応えが無さすぎる。こんな老いぼれに負けるとは情けないのお」


 フラフラと空中を飛んでその場を去っていった。

 

 ・・・・・・


  

 山羊角の老人が転生者を串刺しにした頃、松岡、佐藤、竹本の三人は別の区画にいた。


 瀕死の重傷者などが多数発生しているため、高い回復能力が必要なメンツが招集された。腕が切り落とされたり、内臓が飛び出してしまった者が該当する。


 この事態を起こした元凶の対応に当たっているのは『狂戦士』と『魔剣グラム』の二つのスキルを持つ岡崎だ。


 松岡の『完全回復』で大半の兵士は治療を終えていた。


「こっちのグループは治療終わったぞ。そっちは?」

「こっちはあと半分くらい。でもまだ時間が掛かりそう」


 佐藤の能力『復元レストア』は、『指定した物体の状態を戻す』能力だ。


 使い方次第では前衛での活躍も期待されたが、本人の戦闘センスが低いため支援組に加わることになった。竹本は城内で使える能力ではないので支援組の手伝いをしている。


「回復して傷が無くなってもすぐには動けないんだね」

「『完全回復』や『復元』でも疲労まではどうしようもできないからな。こればっかりは時間に頼るしかない」

「それにしても、岡崎くんは大丈夫なのかな……?」

「大丈夫だろ。あいつのスピードは音速を超えてるし、まず負けないさ」


 コツ、コツ、と、奥の通路から足音が聞こえる。その音から岡崎では無いことが分かる。緊張しながら、ゆっくりと通路を確認する。



 そこへ現れたのは、褐色で長い耳をした女性だった。



 銀髪のロングテールに琥珀色をした鋭い眼、片手には刀身がやけに細い剣を持ち、露出の多い服装をしている。その立ち姿は美女と呼ぶに相応しかった。



「ここにいる転生者は貴様らだけか?」


 突然の質問に驚き、誰も答えられなかった。


「ではこれは君達の仲間か?」


 腰に付けている物を3人の目の前に放り投げる。



 それはさっきまで一緒にいた岡崎の頭だった。



「うわああああ!!!!??」

「きゃああああああああああ!!!」


 初めて見る生首に叫んでしまった。恐怖で足がすくみ、震え出してしまう。


「当たりか。となると近くにいるのは死にかけの屑共か」


 叫び声を聞いて別室で回復された兵士達が出てくる。


「どうした?!」

「な、あれは、十二魔将!?」

「間違いない。ダークエルフの剣聖、マリーナだ!!」


 兵士達は蒼白となり、その場から一斉に逃げ出した。


「逃げろ! 俺達が敵う相手じゃない!!」

「いざとなれば転生者がどうにかしてくれる!」

「早く逃げるぞ!!」

「……下衆共め」


 居合の態勢に入り、呼吸を一拍整える。



「『瞬ノ剣:蓮華』」



 ピュッ、と風を切る音が聞こえた瞬間、60人以上いた兵士達の首が斬れ落ちた。ボトボトと床に落ちた後、断面から鮮血が噴き出した。噴水の様に血は出続け、体はゆっくりと倒れていく。


 あまりの凄惨な光景に竹本は失神した。残りの二人は恐怖が身体を支配してただ震えるしかなかった。


「後はお好きにどうぞ、クトゥルー様」

「あら~、わざわざありがとうマリーナちゃん。じゃあ早速頂いちゃうわん」


 オネエ言葉で現れたのは、蛸の頭をした人間だった。


 中世ヨーロッパ男性貴族の様な服装で、蛸の触手をした手が見えていた。モデル歩きで歩いている。


「それじゃあ失礼してえ」


 上着の前を開いて、どう見ても許容量を超えた巨大な触手達が飛び出し一瞬で3人を捕まえる。


「ひっ!」

「はいは~い、ちょっと黙っててねえ」


 思わず声を上げたのですぐに触手を全員の口に突っ込んで黙らせる。


「あら、この男の子『完全回復』のスキルなの? ありきたりねえ」


 松岡の全身を巨大な触手で巻き上げる。



「あなたはいらないから、死ね」



 パン、と風船の様な破裂音がする。触手を一気に締め上げられ松岡は血と肉と骨のミンチになり、その成れの果てが床に垂れ流しになった。


「---------!!! -----------!!!!」


 触手で口を塞がれながらも佐藤は叫んだ。死にたくない一心で暴れだす。


「あらダメよ暴れちゃあ、……ってあなた『復元』能力持ってるじゃない!?」


 クトゥルーは目を輝かせて、


「じゃああなたはお持ち帰り決定!! 魔王様もお喜びになるわ~!」


 そして失神している竹本も引き寄せて体内に入れ始める。


「この子の『飛空戦艦』も珍しいからお持ち帰りね。しばらく体内で遊んであげるから、無駄な抵抗をしちゃダメよ」


 絶望した顔で届かない叫びを上げながら、二人はクトゥルーの体内に飲み込まれていった。


 飲み込んだ後のお腹は大きくなることは無く、元のスリムな体型に戻っていた。


「さて、ラディオンちゃんと合流しましょうか」

「……ところでクトゥルー様、何故貴方がここに? 確か別方向からの侵入だったはずですが」

「あら~それ聞いちゃう? 実は勇者スキルの子がいたから頂いちゃおうと思ったら魔王様と鉢合わせになっちゃって~、そしたら『こっちはいいから向こうの手伝いをして来い』って言われちゃったの~!」

「なるほど、そういう訳か」


 ガラガラ声の山羊角の老人が話しかける。


「あら、アギパン様。もう終わったの?」

「全く骨の無い連中だったわい。それよりクトゥルーよ、そういう事はすぐに連絡を入れなさい。無用な詮索をさせて時間を浪費させてしまうぞ」

「それは察して欲しいわ~、もう五百年近い仲じゃなあい」

「同じ十二魔将とはいえ、以心伝心とは限らん。しっかり言葉で伝えなければニュアンスの差というのがな……」

「アギパン様、説教はそこまでにしてラディオン様と合流しましょう」

「む、そうじゃったな。ワシとした事が、これこそ時間の浪費じゃったわい」

「え~! 私との会話時間の無駄なの~!?」

「そうでは無くてな…………」


 他愛ない会話をしながら、死体を踏み潰して王宮を歩いて行く。まるでそれが常識かの様に。



 ・・・・・



 一方、智春達は王様達がいる大広間に到着した。


「王様無事ですか……!」


 しかし、そこには誰も残っていなかった。


「どういう事だ? 王様はどこに行ったんだ?」

「もしかして逃げた……?」

「でもどうやって?!」


 その時後ろから誰かが息を荒げて走ってくる音が聞こえた。


「だ、誰か、回復できる、人は、いないか!」

「稲葉くん! どうしたんだ……!?」


 稲葉が担いでいたのは太田だった。全身血だらけでピクリとも動かない。


「太田くん!? どうしてこんな……」

「もうダメだ。皆逃げよう! あんなのに勝てるわけない!!」

「落ち着け稲葉、何があったのか説明してくれ」

「王様は嘘を付いてたんだ! 何が勝てる可能性があるだ! あんな化け物どうしろっていうんだ!!」

「落ち着いて稲葉君……」

「落ち着いてられるか! 拙者は逃げる! 国なんぞ知ったことかあ!!」


 稲葉は大広間から飛び出してしまった。


「待ってくれ稲葉くん!!」

「放っておけ、それよりも太田だ」


 豊田の『魔法技術』で覚えた回復魔法で太田の傷が癒えていく。全て塞がったところで太田が目を覚ました。


「太田くん!」

「こ、こは?」

「大広間だ。稲葉が運んでくれた」

「そうか、太田君はどこに……?」

「それが……、自分だけ逃げ出しちゃって……」

「……無理も無い。あれと対峙すれば皆そうなるさ、ましてやステータスを見たら尚更だ」

「あれって、まさか」

「ああ、魔王だよ」


 

 刹那、凄まじい威圧感が襲い掛かった。



 その威圧感は質量を持っているかの様な重さがあり、全身に力を入れていないと潰されてしまう程だった。それは徐々に大きくなる。この場に近付いて来ている証拠だ。そして、




 そして『魔王』は現れた。


 

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