テルモピラーの戦い:Ⅰ


 ホープ大陸 人族領及び魔族領境 テルモピラー


 レオールは魔王からの王命を受け、人族領からの侵攻に備えていた。


 ゴーレム、スケルトン、追加でアンデットを作り、要塞の補強などをして守りを万全にしていく。


 レオールの子供達も慌ただしく動いていた。リョーショーとシィカもアンデット作成に勤しんでいる。


「何で魔王様は大切な事を教えてくれなかったんだろう。急ピッチで用意する身にもなって欲しいよ」

「無用な混乱を避けたかったからじゃない? 規模も時期も全然分かってなかったみたいだし」

「それもそうかもだけど、いざ用意する時に大変なのは時間の無い現場なのになあ……」

「だが何も用意していなかった訳では無い。魔王様の魔造石まぞうせきが役に立っているだろう?」


 作業中のリョーショー達の後ろにレオールが現れた。


「うぎゃあ?! お父様!? いきなり後ろから現れないで下さい!!」

「すまんな。だが愚痴を聞いていたらどうしても口出ししたくなってな」

「むぐぐ……。そりゃあ、魔造石があるおかげで術式を唱えるだけで済んでるけど……」


 レオールの言っている魔造石とは、魔王の魔力を込めて作られた魔石のことだ。これを使う事で魔術や魔法の使用者の魔力を肩代わりしてくれる優れ物だ。リョーショー達も一日100体が限界だった【屍者作成アンデットクリエイト】。それが魔造石を使う事で5000体以上作れている。


「魔王様の魔造石、これだけ使ってもまだ余裕があるなんて……」

「これを一個作るのには相当時間がかかる。魔王様は寝る間も惜しんで作っていたのだろう」

「………………」


 愚痴をこぼしていたリョーショーも流石に文句を言えなくなった。


「レオール様! ちょっとよろしいでしょうか?」

「何だ?」


 レオールは呼ばれた方へ向かっていった。リョーショー達は黙々と作業を続ける。


「……頑張ろ」

「そうだね」



 ・・・・・・


 レオール達が準備を始めて3週間、人族領側では大規模な行軍が行われていた。


 2000人にも及ぶ兵士や関係者が転移者の護衛に付き、魔への谷までやってきた。


 その中に行軍には相応しくない豪華絢爛ごうかけんらんな馬車が3台。あまりにも目立つその外観は機能性など皆無だろうと思わせる物だった。


 その馬車の一台からカーテンを少し開けて外を見た。転移者の一人、『マルガリータ・シュタイナー』である。


「おい。まだ着かないのか?」


 馬車の横にいる護衛の騎兵に話しかけた。


「もう少しで魔への谷に入ります。暫しお待ちを」

「ここまで来るのに半月以上かかっているんだ。退屈でまた撃ってしまいそうだぞ?」

「申し訳ありません……。ですが、あと半日もしないで到着しますので、どうかご辛抱を……」

「ふん、愚図共め」


 そう言ってカーテンを閉めた。護衛の騎兵は鎧の下で冷や汗をかいていた。


「(何だってこんな奴の護衛をしなくちゃいけないんだ……!)」



 彼が心の中で悪態を吐くのも無理はない。彼らがここまで来るのに度々問題を起こしていたからだ。


 マルガリータだけでも酷い物で、偶然見かけた女性に性的暴行をしたり、少し振動させた御者を半殺しにし、振動の原因になった石をどかさなかったと言い掛かりをつけ兵士達をいたぶって楽しんだり、用意した物に難癖をつけて何時間も罵声を浴びさせたりなど思い出すだけでも腹立たしい事ばかりだ。


 他の2人もそうだが、転移する前の世界で貴族として暮らしていたらしく、何でも自分の思い通りになる環境にいたせいで、傲岸不遜な態度振る舞いになっているのだ。


 更に質の悪い事に、転移者として強大な力を持っているため下手に逆らうと力でねじ伏せられてしまうのだ。前に意見した兵士が瀕死の重傷を負わされた事がある。それ以来強く出る者は一切いない。


 この2000人という人数も、あの3人が上層部に『一人1000人付けろ』と無茶苦茶を言って連れて来られたためだ。あまりの酷さにリタイアした兵士や関係者はリタイアした人数は、合計で1000人にもなった。残っているのは、責任感が強い者、転移者にこびへつらう者くらいだ。



 馬車の中では、マルガリータが優雅に紅茶を飲んでいた。その反対側に付き人の男が座っている。


「おいお前。あの山はアヴェンジ山脈と呼ばれているそうだが、魔族共はアルカトラズ山脈と呼んでいるそうだ」

「そ、それは何故でしょうか?」


 顔に似合わない赤毛のサイドテールを揺らしながら鼻を鳴らす。


「無能なお前に教えてやろう。魔族共は舌足らずで我々人類の言葉を再現できないからだ」

「おお、そうなのですか! 流石勇者様、博識でございますな!」

「そうだろうそうだろう! もっと敬うがいい!」


 こうしてマウントを取っているが、本当は違う。


 スキル『異世界知識』では、人族領で使っている標準語と魔族領で使っている標準語ではスペルも発音も違うため、必然的に違ってしまうとのことだ。


 マルガリータはそれを知った上でこんな事を語っている。わざわざマウントを取って自分の方が上だと示すためにだ。そうやって時間を潰し、愉悦に浸っているのだった。




 変わって、一つ後ろの馬車には2人目の転移者『バベッジ・ラトランド』がいる。


 金髪のオールバックで、澄んだ茶色の眼が特徴的で、着ている服もマルガリータ同様に豪華な物だ。


 彼はマルガリータとは違って罵声を浴びせる事も暴力を振るう事もない。だが、大きな問題がある。


 外にいる護衛に窓を叩いて用事がある事を知らせる。


「いかがなさいましたか?」

「暇だ。一曲歌え」

「じ、自分がですか?」

「そうだ。他に誰がいる」

「失礼しました。では僭越ながら故郷の歌を……」

「平民の凡庸な歌など聞きたくない。そうだな、オペラを聞かせろ」

「オペラですか、どのような曲を……」

「それくらい十八番で持っていないのか?」


 ハッ、と呆れた表情と共に見下すような視線を送った。


「これだから育ちの悪い平民は困る。貴族を喜ばせる事もロクにできないとは」

「も、申し訳ありません」

「もういい。俺の視界から失せろ」


 追い払うようなジェスチャーをして後方に行くよう指示する。それに黙って従い、馬車から離れていった。


 このようにして兵士達をいびるため、心の底から嫌われている。




 3つ目の馬車に乗っている転移者『メリーゴーランド・クイーンズバリー』


 見た目少女だが、銀色の髪に大きな縦ロール、遠出に向いていないフリルだらけのドレスを着ており、幼さは完全にぼやけてしまっている。


「ねえ、あなた。仰いで」

「はいただいま」


 馬車の中で使用人を2人も入れて、次々命令していく。


「髪がはねたわ。といて」

「はいただいま」

「喉が渇いたわ。紅茶を入れなさい」

「少々お待ちを」


 彼女はとにかく我が儘で、自分の指示とは少しでも違う事をしたり、遅れたりすれば容赦なく魔法を打ち込んでくる。そのせいで何百人も重傷を負わされた。


 

 こうして兵士達にとって地獄の行軍は続いていった。



 ・・・・・・


 アルカトラズ山脈 人族領側 魔への谷 


 その入り口では、岩に偽装したゴーレムが常時見張っている。


 侵入してくる者がいれば、顔と魔力量、質、保有スキルなどを調べ、一度テルモピラーに送信する。それを受け取ったテルモピラーの兵士が魔族領のデータベースに照合し、素性を調べる。データベースは『密偵』が調べ上げた物で、顔と魔力波長が分かれば名前から出身地まで、多数の個人情報が分かる。


 偽装ゴーレムは今回も侵入して来ようとしている輩を確認した。



 ゴーレムからテルモピラーにデータが送られた。


 受け取った担当の『コウメ』が会議室にいるレオール達に報告する。


「ゴーレムからの報告来ました! 数およそ2000! 転移者は3! あと3時間で到着見込み!」

「転移者の脅威度は?」

「脅威度は10段階中8から7!! 結構やばいかも!!」

「……そうか」


 レオールは静かに立ち上がり、要塞内全体に声を伝えられる伝声管を開ける。



『テルモピラーに在籍する兵士諸君、我々は後3時間で接敵する。敵の脅威度は非常に高く、今までの様にはいかないだろう』



 レオールの何時にも無い緊張感のある声に、全員が耳を傾ける。



『しかし、今日この日まで我々は戦いに備えてきた。最善は尽くした。後は悔いの無い戦いをするだけだ』



 伝声管を握り、声に力が増す。



『最後に、これだけ命令する。生きて勝つぞ』


 

 その言葉を胸に、全員改めて気合を入れる。




『全員配置につけ!! 戦闘準備だ!!!』



 ・・・・・・


 転移者を護衛しながら軍は魔への谷を進んでいた。


 無用な振動を起こさないように、先を進む兵士達が石を除けていく。そのため、速度は落ちていきゆっくりと進んでいた。


 マルガリータは紅茶を飲みながらゆっくりしていた。


「もう少しで到着か。随分とかかったものだ」

「申し訳ありません。私の方から厳しく言っておきますので……」

「ふん。後ろの2人もさぞ退屈だったろう。とっととこの力を魔族共にぶつけたいものだ」


 そう言って手から出したのは水の塊だった。手のひらの上を浮いており、綺麗な球体をしている。


「俺の手にした『加護』で奴らを一網打尽にしてやろう!」


 汚い笑みを浮かべ、高らかに笑っていた。



 その時、馬車が大きく揺れた。



「ちっ、あの愚図共。また……」


 外に出て御者をなぶってやろうと思ったが、その振動が立て続けに起きている事に気付いた。


「ひいい!!? 一体何が?!!」

「おい!! 何が起きている!?」


 マルガリータがカーテンを勢い良く開ける。



 そこには、地面から出てきた死体達に引きずり込まれていく兵士達の姿があった。



 地面から這い出てきた無数の死体達は、次々に兵士を引きずり込み、力づくで四肢と皮膚と肉を捥いでいく。兵士達はあまりの激痛に泣き叫び、肉片となりながら死んでいった。


 流石に危機感を感じたマルガリータは、馬車の天井に魔法で穴を開けて飛び出した。転移者として得た力は肉体にも及び、一回のジャンプで外へ出れた。


「お待ちください!! どうか私もお助けください!!」


 一緒に乗っていた男は窓を突き破った死体に掴まれ、引きずり込まれそうになっていた。


「助ける義理などない。そのまま死ね」

「そ、そんな……!!」


 男は何か叫んでいたが、マルガリータはそれを無視して跳躍した。


 前にいた引きずり込まれかけている兵士を踏み台にし、死体の無い安全な場所まで連続跳躍した。他の2人も同様に跳躍し、同じ位置に着地する。


 振り返ると、2000人いた兵士や関係者達がただの肉片になりながら、死体の海に沈んでいった。


「ふん。愚図共にしては最後に役に立ったか」

「所詮は平民。選ばれなかった連中というわけだ」

「持っていなかったのだから仕方ないわ」


 労いの言葉は一切無く。死んで当然とさげすみながらその場を後にした。




 3人が少し歩くと、テルモピラーが見えてきた。


 そしてその前に立ちはだかる仁王立ちをしているレオールの姿もあった。


「……来たか」


 時間通りに来た転移者達を見つけ、ゆっくりと顔を上げる。


「よくぞここまで来た。何の用でここを通る?」


 その質問にマルガリータが答える。


「決まっている。お前ら魔物を滅ぼすためだ」


 バベッジが続く。


「下等な貴様らが蔓延っていい場所なぞあっていいわけがない」

「あなたも野蛮そうだから、命乞いしても絶対殺してあげる」


 相手を見下し、苛立ちを覚える笑みを浮かべていた。



 レオールはここで確信した。

 こいつらはここで殺さなければならないと。



「お前たちの言い分は分かった」


 後ろに背負っていた金棒を手に取り、勢い良く振って3人に向けた。



「ならばここで殺す。容赦はしない」



 レオールの宣言にマルガリータ達は鼻で笑った。


「抜かせ、鬼が。死ぬのは貴様だ」

「下等生物が、イキルのもそこまでだ!!」

「死んじゃえ!! この化け物!!」



 太陽が彼らのてっぺんを差した正午


 テルモピラーの戦いが、始まる。


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